『論語と算盤』要約まとめ

王子製紙、東京海上火災、日本郵船、東京電力、東京ガス、サッポロビール、JR……名だたる大企業ばかりですが、実はこれらすべての設立に関わったのが、「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一なんです。もともと尊王攘夷派の武士でしたが、明治維新後は大蔵省に勤め、30代前半で実業家に転身――。そんな彼の経営の規範となったのが道徳を説いた『論語』です。経営の神様といわれるドラッカーにも影響を与えた渋沢栄一の経営哲学とは?

「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一は、生涯で約470社もの会社設立に関わり、まさに日本のインフラを作り上げた偉大な実業家である。しかし、彼の偉大さはその功績だけではなく、今から百年以上も前に「資本主義」が内包する問題点を見抜いたことにある。

「資本主義」は自分の利益を増やしたいという欲望をエンジンにして進むものだが、しばしば暴走してバブルや金融危機を引き起こす。これに歯止めをかけるために、渋沢栄一はシステムの中に『論語』を織り込もうとした。これは紀元前5~6世紀に活躍した中国の思想家・孔子とその弟子たちの言行録であり、江戸時代には武士の規範となった思想書である。

 この書物に渋沢栄一は「ソロバン」という不釣り合いなものを掛け合わせ、「ソロバンは『論語』によってできている」と述べた。逆もまた然りである。一見、相反するものに見える実業と道徳のバランスがとれてこそ、国は富を築くことができると説いたのである。

「吾、十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る」という孔子の有名な一説がある。渋沢栄一の場合、農家の生まれでありながら17歳のときに武士になって国政に参加するという大望を抱いた。故郷を離れ、十数年にわたって流浪の生活を送った後、大蔵省の役人となって活躍していたが、30代前半になって実業家として身を立てようと志した。

 国を動かしているのは政界や軍部ばかりではない。当時の欧米諸国が強さを誇ったのは、商工業が発達していたからであり、日本が肩を並べるには、実業界がもっと力を持つべきだと渋沢栄一は考え、自らそれをけん引する役割を果たそうとしたのだ。

 実業とは、商売や工場生産が利潤を上げていくことに他ならない。しかし、だからといってみなが「自分の利益さえ上がれば、他はどうなってもいい」と考えていると、「国は危うくなる」と孟子は言った。これを受け、社会のためになる道徳に基づかなければ、本当の経済活動は長く続くものではないと渋沢栄一は論じるのだ。

 だからといって「利益を少なくして、欲望を去る」ということではない。利益を欲して働くのが世間一般の当たり前の姿であり、道徳だけでも国は少しずつ衰えていくものなのだ。あくまで大切なことは、現実に立脚した道徳であり、両者がバランスよく並び立ってこそ、国家も健全に成長するというのが渋沢栄一の持論である。

 人は往々にして自分の利害に関係ないことには全力で取り組もうとしないものである。自分が儲かると思うから、人は事業を発展させようとする。欲望が社会の原動力であることはたしかだが、その欲望を実践していくために道理を持って欲しいと渋沢栄一は再三繰り返す。道理と欲望が合わさっていないと、人から奪いとることでしか満足できない不幸を繰り返すことになってしまうからだ。

『論語』の中に孔子のこんな一説がある。
「人間であるからには、誰でも富や地位のある生活を手に入れたいと思う。だが、まっとうな生き方をして手に入れたものでないなら、しがみつくべきではない。逆に貧賤な生活は、誰しも嫌うところだ。だが、まっとうな生き方をして落ち込んだものでないなら、無理に這い上がろうとしてはならない」

 孔子が「富と地位を嫌っていた」と解釈されがちだが、それは間違いだと渋沢栄一は指摘する。それがまっとうな生き方であれば、どんな賤しい仕事に就いても金儲けをせよということであり、逆にまっとうでない生き方をするくらいなら、むしろ貧賤でいるべきだという意味だと解釈した。ここで重要なのは「まっとう(=正しい方法)」ということなのだ。

「金持ちがいるから、貧しい人々が生まれてしまうのだ」という考え方がある。しかし、程度の差こそあれ、貧富の格差はいかなる時代にも存在するものだと渋沢栄一は考える。個人が豊かになろうと日々努力した結果、貧富の差が生まれるのだから、それは自然の成り行きなのだ。この競争をなくしてしまったら、むしろ国は発展できなくなってしまうだろう。

「競争」は勉強や進歩の母だが、「競争」にも善意と悪意の2種類があるという。知恵と勉強で他人に打ち克とうとするのはよい競争だが、他人の成功を真似して成果を奪い取ろうとするのは悪い競争に他ならない。悪い競争によって利益が転がり込んでくることもあるが、やがては自分の損失につながってくる。輸出業で考えると、外国人から「日本の商人は困ったものだ」と軽蔑されると、国家の評判を落とし、それが自分の商売にも返ってくるのだ。悪意の競争を避けるには、お互いが商業道徳を尊重する意志を持ち、自己開発に努めることだ。

 渋沢栄一は「一個人の利益になる仕事よりも、多くの人や社会全体の利益になる仕事をすべきだ」という志を40年にわたって貫いた。結果として「実業界の父」と呼ばれるほどの成功を収めたわけだが、人を評価するとき、単に成功や失敗を基準にするのは誤りだとしている。それは、心を込めて努力した人の身体に残るカスのようなものであり、正しい道筋にそって行動し続けるなら、成功や失敗などとはレベルの違う価値ある生涯を送ることができるはずだ。

『論語と算盤』3つのポイント

●実業(ソロバン)と「道徳(論語)」が一致していなければ、富は永続できない

●横取りする競争ではなく、「自己開発」に努める競争をすべし

●一個人の利益よりも、社会全体の利益になる仕事をすべし

文●大寺 明