『14歳からの哲学』要約まとめ

世の中のことが何もわからなかった10代の頃、誰しも人生の意味や、宇宙・世界・社会のことを、わからないなりに考えたことがあるはず。もしかしたら、それが哲学の始まりだったのかもしれません。だけど、大人になるにつれ、日々の仕事や生活に追われ、「考える」ことがおざなりになってしまうものです。ときには立ち止まって、10代の頃のようにじっくり考えてみることも大切です。考える――からこそ、自分は自分でありえるんです。

生きていることが素晴らしいかつまらないか、いずれにせよ自分が思っていることだ。どっちが本当なのかを問いはじめたとき、君は「ただ思う」ことから一歩踏み出して、「考える」ということを始めている。でも、本当に正しいことなんて、どうやってわかるのだろう?

「誰にとっても正しいこと」は、「みんなが正しいと思っていること」ではない。世の中の大多数の人は、当たり前のことを当たり前だと思い、わからないことをわからないと思わず、「考える」ことをしていないから、正しくないことを正しいと思っていることがある。たとえ考えるのが、世界中で君ひとりだけだとしても、君は、自分ひとりで考えてゆけばいい。

 世界は、それを見て、考えている自分において存在している。つまり、自分が、世界なのだ。そうすると、他人というものの存在もそうだということになる。世界にはたくさんの他人が存在しているけれども、もし自分が存在しなければ、それらは一切存在しない。世界も他人もすべてが自分として存在するのだ。

「社会」というものも、決して物のように自分の外に存在している何かではない。自分に都合の悪いことは、すべて「社会のせいだ」という人がいるけれど、社会が自分の外にあると思っているのは、他でもないその人だ。社会を変えようとするよりも、自分が変わるべきなのだ。世のすべては人々の観念が作り出しているものだ。その意味では、すべては幻想と言っていい。このことをしっかり自覚できるようになろう。

 同じように法律や規則が必ず正しいなんてことも、あるわけがない。じゃあ、正しさはどこにあるか。善悪を正しく判断する基準は、自分にしかないんだ。人には自分がしたいことをする自由がある。悪いことをする自由もある。でも、それは本当の自由ではない。善悪を自分で判断すること、それこそが本当の自由なんだ。

 仕事をするということ、お金を稼ぐということは、何かをあきらめることだと世のほとんどの大人が思っている。大人が「生活」という言葉を口にすると、その後は決まって「――しなければならないからな」と続くはずだ。では、「なぜ生活しなければならないの」と訊いてみるといい。きっと、「生きなければならないからだ」と答えるだろう。でも、誰もその人に生きることを強制してはいない。生きることはあくまでもその人の自由なんだ。だから本当は、「生きたい」と言うべきだろう。

 人間には命よりも大事なものがある。それが精神だ。命が大事なものであり得るのは、精神がそれを大事なものであると自覚して生きるからだ。生き延びることを求めるだけの生なら動物の生に等しい。それでかまわないと言い切れる者は、自分の生の意味について問うこともないはずだ。でも、おそらくそうはいかない。すべての人間は、精神つまり言葉を所有しているからだ。言葉を所有する限り、人間は「なぜ生きるのだろう」と問わざるを得ない。

 現代も五千年前も、実は何ひとつ変わっていない。生まれて死ぬ限り、必ず人は「何のために生きるのだろう」と問い、考えてきた。賢い人々が考え抜いてきたその知識は、新聞にもネットにも書いてない。それが書いてあるのは、古典だ。時代が移り変わっても、まったく変わることなく残ってきた古典の言葉は、人生にとって最も大事なことは決して変わるものではないということを告げている。

 精神は、考えることで、自分の思い込みから自分を解き放つ。人間の中で一番大きな恐れである死が存在するということも、社会によって自由が保障されるということも、すべてが不自由な思い込みだ。これが思い込みだということは、考えなければ気がつかない。自由になるためには、人は、自分で考えなければならないんだ。

 人生に意味や理由を求めて悩むのは、そこに何か答えがあるはずだと思っているからに他ならない。そう思っていること自体が、ひょっとしたら、間違った思い込みではないだろうか。人は宇宙が存在することに意味や理由があるとは思わない。だとしたら、地球という惑星に存在し、生まれたり死んだりを繰り返している人間の人生にも、意味や理由はないはずだ。

 生きる苦しみや死ぬ怖れに出会うと、人はそこに意味や理由を求める。そう思わなければ、その苦しみを納得できないからだ。でも、宇宙が存在するということに理解も納得もできないからこそ、それは奇跡なのだと言える。そこに自分が、存在する。それ自体が奇跡なんだから、そこで味わう苦しみだって奇跡だ。この驚きの感情を失わなければ、人生が空しいだなんて思うこともなくなるだろう。

「考える」とは、まさに自分の人生、その謎を考えることに他ならない。君は、自分が生きて死ぬということがどういうことなのか、さっぱりわからないということが、はっきりわかるだろうか。わからないとわかるからこそ、考える。それは、答えを求めるということじゃない。考えるということは、答えがないということを知って、人が問いそのものと化すことだ。その謎に答えがあったら、それは謎ではない。

 この本には、いかなる答えも書いていない。そもそも答えなんかないのだから、書くことはできない。もし君が肩すかしをくらったと思ったのなら、それこそが始まりだ。とにかく大事なことは、当たり前に思っていることが本当はどういうことなのかを、君が「知りたい」という気持ちを強く持って「考える」ことなんだ。

『14歳からの哲学』 3つのポイント

●世界は、それを見て、考える自分があるからこそ存在している

●「言葉=精神」を所有する限り、人は人生の意味を問い続ける

●わからないことがわかる。それこそが「考える」ことの始まり

文●大寺 明

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