苔は、奥が深くて飽きない。大学時代から苔を研究し、大手メーカーを経て「苔テラリウム」で独立。苔の専門家が語る独立ノウハウ

園田純寛/1984年千葉県生まれ。
北海道大学大学院(農学博士)卒業。大学ではコケを含む植物の生理生態、微生物との関係の生態化学的研究等を行う。大学院修了後、大手メーカーに入社し、香料などの研究開発に従事。会社員時代から苔の栽培方法を研究し、2016年に「苔むすび」として独立。2018年3月、鎌倉に「苔むすび」の店舗をオープン。

――独立DATA――
32歳で独立
【開業資金/計2万円】

・ホームページ作成ソフト/約2万円
開業時は自宅を作業場にしてネット販売と卸しを中心にしていたので、開業資金はほとんどかかっていない。しいてあげるならホームページ作成ソフトを購入したくらい。ただし、会社員時代に苔の栽培方法を研究していた準備期間が4年ほどあり、そのときの研究開発費に多額のお金を投資しているそうだ。

――事業内容――
苔むすび
苔を用いたインテリア作品「苔テラリウム」の製作・販売を手掛ける。苔の作品作りに必要な素材(苔、土、容器等)、ツール類や苔にまつわる雑貨類も販売している。鎌倉店舗や北鎌倉教室で苔テラリウムのワークショップを定期的に開催。鎌倉の店舗で「苔編みの会」を主催し、苔の育成技術指導と苔の楽しみを伝えている。その他、絶滅危惧環境とも言えるミズゴケ湿原の啓蒙活動から庭園施工まで幅広く苔を扱う。

日本的美意識の“わびさび”を感じさせる「苔」の人気が高まっています。苔を商品化したものでは、苔の盆栽である「苔玉」がメジャーですが、それとは一線を画す苔のインテリア「苔テラリウム」を手がけるのが、鎌倉にある「苔むすび」オーナーの園田さんです。大学院時代から苔を研究し、6年間のサラリーマン時代もずっと苔の栽培方法を研究し続け、ついに苔の専門家として独立。苔の第一人者が語る、苔の奥深い魅力とは?

中学生の頃から漠然と「苔のある景色」に惹かれていた。大学院に入り、本格的に苔を研究しはじめた

 中学生のときに映画の『もののけ姫』を観て、「背景がすごくきれいだな」って惹かれたのが、苔を意識した一番最初だったと思います。苔のある景色は、ただきれいというだけでなく、時の流れを感じさせますよね。そうした時間を感じさせる景色が好きだったみたいですね。

あまり緑がない千葉のベッドタウンで育ったので、子どもの頃から自然への憧れはありました。高校生になるくらいまでは将来パイロットになりたいと思っていたんですけど、途中から植物に興味が移って、北海道大学の農学部に進学したんです。

 本格的に苔の美しさに惹かれるようになったのは、大学生の頃です。登山部で植物を観察しながら山歩きをするようになって、この頃から苔の写真が増えていきましたね(笑)。それから大学院で苔を研究するようになったんです。それは「苔と微生物の関係」というテーマだったんですが、苔の豊富なスウェーデンやフィンランドに行って現地調査をしたりしました。植物の栄養になる窒素を作り出す微生物は、実は苔と関係を結ぶことで生きている。苔というのは生態系の基盤で、環境を修復するためにとても大事な生き物なんです。

 大学院卒業後は香料のメーカーに就職しました。仕事も楽しかったし、同僚にも恵まれて、すごくいい会社でした。だけど、父が経営者だった影響もあってか、もともと一生サラリーマンをやるつもりはなかった。「自分で仕事を持ちたい」という気持ちがずっとあって、何か仕事につながりそうなものはないか?といろいろ探しましたね。

 たとえばフラワーアレンジメントの教室で習ってみたり、オーストラリアの植物に詳しい人と親しくなって話を聞きに行ったり、日陰専門の造園業ができないかと考えたこともありましたね。苔も含めて日陰でも生える植物がいろいろあるので、それに特化したプロの庭師になれないだろうかって(笑)。

 苔は、社会人になって間もなく育てはじめました。大学時代にも苔を育てようとしたことがあったんですけど、苔の栽培ってすごく難しくて、なかなか上手くいかなかったんです。大学の研究では苔を瓶に入れて栽培するという方法をやっていたので、大学時代の知識を応用して苔のテラリウムを作るようになったんです。

会社勤めをしながら苔の栽培方法を研究。「苔テラリウム」に予想以上の反響があり、独立のメドが立った

苔を瓶に入れて栽培する方法は、湿度が保たれるので、初心者向けのわりと手軽な方法です。だけど、やはり自然とは違う環境なので、苔が変な成長をしたり、カビが生えたり、やってみるといろんな問題が出てきます。苔はけっこう簡単に枯れてしまう植物なので、私も最初は枯らしました(苦笑)。でも、やっていくうちに枯らさない方法がだんだんわかってきた。

 最初はあくまでも趣味で、それを商売にすることを考えていなかったんですが、社会人3年目のときに苔テラリウムをフリマやクラフト展に出品してみたのがきっかけでした。予想以上に反響があり、その後、「Creema」(※ハンドメイドクラフトのマーケットプレイス)に出品を始めました。

 苔の需要が実感できたこともあって、会社を辞める2年前くらいから独立に向けて動きはじめました。とにかく苔テラリウムを作ってはネット販売をして、問題点を見つけていきましたね。たとえば宅急便で送るにしても、苔が潰れないように内側に梱包材を入れる工夫をしないと、乱暴に扱われて崩れた状態で届いてしまったりするんです。実際にやっていかないとわからないことがけっこうあるので、一つひとつ対処していった感じです。

 2016年に独立したんですが、今の時代はパソコン1台あればネットで売れる時代なので、最初はやはりネット販売から入りました。だけど、ネット販売に特化するつもりはなくて、お店にも卸すつもりで商品のセッティングをしていたので、雑貨の展示会に出展しました。そこから取引先が一気に増えていったんです。

 花だとすぐにしおれてダメになってしまいますが、苔の場合は1カ月くらい水やりもせずに置いておいても大丈夫なので、わりとモノみたいな扱いができるんです。雑貨屋の一角に2週間から1カ月くらい「苔むすび」の特設コーナーを設けてうちの商品を置いてもらい、売れ残った商品は撤収するという依頼がけっこうありました。そうするとそれなりに売れますし、戻ってきた苔は整えてまた別の場所で販売することができるので、無駄にならないんですよね。

 開業して間もなく月1でワークショップもやるようになりました。最初はマニアックな世界だから人が集まりにくいのではないか……と危惧していたんですが、想像以上にごく普通の人がたくさん集まってくれて、みんな実は苔が好きだってことを実感しましたね(笑)。これまで苔玉程度しか受け皿がなかったために、表に需要がでていなかったように思います。

苔の栽培は、難しいからこそ面白い。育て方によって、それぞれ違う姿かたちに育つことが、魅力です

 苔がなぜ難しいかというと、とにかく環境が重要になるからです。普通の植物の場合、土や肥料をどうするかが大事になりますが、苔の場合、その辺のことはあまり重要ではなくて、植えた時点でのシステムで8割方決まります。外からとってきた苔をただ土に巻いたり貼ったりするだけの苔玉や苔鉢では、なかなかうまく育たないんですよね。

 苔にもいろんな種類があって、乾燥気味のほうがいいもの、水が大好きなもの、お日様が大好きという種類もあれば、かなり暗いところでも育つ種類もあります。同じ苔を育てるにしてもいろんな育て方があって、水をたっぷり与える方法もあれば、乾燥気味で育てる方法もあって、それぞれ違う姿かたちに育ちます。瓶の蓋をするかしないかでも、まったく成長の仕方が変わってくるんですよね。

 苔の栽培方法の本もありますが、田舎の環境のいいところで育てることを前提に書かれていたり、実は短期的にしか楽しめない方法だったりして、あまり参考にならない。いくら本のとおりにやっても都市部ではうまく育たないんです。私の場合、誰かに教えてもらったわけではなく、すべて独学で勉強しました。どうすればうまく育つかを会社員時代からずっと試行錯誤して研究してきたし、今も日々実験しています。苔のどんなところに魅了されたかというと、そうした“難しさ”かもしれないですね(笑)。

 苔は1週間や1カ月では判断できなくて、長期的に見ないとわからないことがほとんどです。結果が出るのは何カ月も先だし、それが売上げに結びつくかもわからない……気の長い話です。でも、もともと研究開発の人間なので、実験は楽しい(笑)。

 個人レベルで苔の魅力を伝えて普及させていくことを目標にしていますが、ゆくゆくは専門性を活かしてアカデミックな領域にもアプローチしていきたい。たとえばミズゴケという苔は地球上で一番重要な植物のひとつなんです。森の植物は二酸化炭素を吸収してくれますが、朽ちるときに同程度の量の二酸化炭素を放出するので、長期的に見るとプラスマイナスはゼロに近くなる。ところがミズゴケの湿原は、温室効果ガスを吸収し続け、ほとんど放出しないため、温室効果ガスの巨大な貯蔵庫になっています。環境修復の面でも苔を研究していきたいですね。

苔は奥が深くて、本当に飽きない。鎌倉の店舗でワークショップと教室を開催し、多くの人に苔の魅力を伝えていきたい

 苔は手入れをしないでいると、伸び放題になったり枯れてしまって、どうしていいかわからない……ということがけっこうあるんです。以前はネット販売と卸しが中心で売りっぱなしになっていたので、お客さんが苔を買った後に相談に来れる場所が必要だと思っていました。ワークショップや苔編み教室の生徒さんが集まる場所としても、いずれは店舗を持とうと考えていましたね。

 妻の仕事の勤務地が鎌倉だったこともあって、会社員時代から家族で鎌倉に住んでいました。苔を楽しむ環境としてもいいから鎌倉に住んでいるというのもあります(笑)。鎌倉で物件を探したところ、古民家ふうの物件が見つかりました。鎌倉にしては賃料も手ごろだったし、広さも申し分ないんですけど、そのぶん観光客が通りかかることがない路地裏という立地でした。

 表通りでどんどん商品を売っていくという方法もありますけど、そうすると家賃もはね上がりますし、接客のために人も置かなくてはいけなくなる。ワークショップの場所として考えたとき、人の出入りが激しいとバタバタして落ち着かないですよね。ミズゴケの庭園を作りたかったこともあって、この物件に決めたのですが、やりたいことを全て叶えようとすると、立地は諦めざるをえないですよね。だけど、幸いなことに苔の場合、求めている人は狙ってお店に来てくれるんです。狙って来てくれたお客さんのほとんどは商品を購入してくれるんですよね。

 ワークショップは20~50代の女性が中心になっています。「苔テラリウム」というこれまでの苔とはちょっと違うスタイルなので、若い世代が興味を持ってくれることがうれしいですよね。苔をカジュアルなインテリアにして若い世代に興味を持ってもらうことは、当初から意図していたことでもあって、苔の裾野を広げていくことを個人的なミッションにしています。

 苔は本当に飽きないですよね。普通の植物だと、花が咲いてうれしいという感じだと思うんですけど、苔の場合は、育て方によっていろんな表情をしてくれる。奥が深いものだとわかってもらえると、ますます面白味が出てくると思います。

 触るとしっとりした感触があってみずみずしいという魅力もあるし、ルーペで覗くと、こんなに小さくてもちゃんと茎と葉っぱがあって、潤っているとキラキラ輝いて本当にきれいなんですよね。そうした繊細さが苔の魅力で、小宇宙のような世界観がある。私からすると、こんなに魅力的な植物なのに、なぜ苔に魅了された人が珍しいんだろう?と思ってしまいます。仕事で一日中、苔を見ているのに、夜になるとまた苔をじっと眺めたりしていますからね(笑)。

苔の専門店 独立ノウハウ集

独立前

DIY精神を育むべし

もともと園田さんは、衣食住に関わることから家の改造まで、DIY精神でなんでも自分でやってみることに喜びを感じるタイプだった。自営業になると、商品開発からネット販売、営業から経理まですべて自分一人でやることになり、多くの人はそれを苦労と感じるものだが、園田さんはむしろ楽しんでいるのだ。苔の専門店という特殊な職業にしても、すでに世の中に成り立っている職業をやるより、手探りで切り拓いていくことに面白みを感じるタイプである。こうした生き方をしてきたことが、一番役に立っていると振り返った。

“研究者魂”で第一人者になるべし

苔は栽培がとても難しいため、安定的に育てる技術を持った人は非常に数少ない。それが可能になったのも、大学時代からメーカー勤務時代まで培ってきた“研究者魂”あってこそ。苔のさまざまな栽培方法を試すことは、まさに実験であり、研究者時代のノウハウがベースになっている。独立前の準備期間では多額の研究開発費と、膨大な時間と労力をかけてきた。こうした基盤があるから苔の第一人者になることができたのだ。

新しいアプローチで、新たな客層を開拓すべし

園田さんが作る苔テラリウムの特徴は、フィギュアと組み合わせることで苔を風景に見立てていること。最初は苔だけ販売していたが、「人形を入れてみたい」というお客さんの要望を聞き、フィギュアと組み合わせることを思いついたそうだ。苔だけだとお年寄りの趣味というイメージになりかねないが、フィギュアと組み合わせることでカジュアルなインテリアになり、幻想的な世界観が生まれる。この新しいアプローチが若い世代に評判になった。園田さんのワークショップが人気なのも、フィギュアによって自分だけの世界観を創りだせるからなのだ。

独立後

店舗兼ワークショップのスペースにすべし

以前は月1ペースでワークショップを開催していたが、店舗を持ってから週末は必ずワークショップか苔編み教室を開催している。苔テラリウムのワークショップは1回だけのものだが、苔編み教室は何回も通って技術を向上させる教室になるので、店舗という自分のスペースがあったほうがやりやすい。苔テラリウムの製作・販売と、ワークショップ・教室の2本柱で収益を出しているわけだが、今では後者の割合が増えてメインになってきているそうだ。

オンリーワンを目指すべし

ワークショップや教室で人に教える立場にある園田さんだが、もともとは研究者タイプで、教えることがあまり得意ではないそうだ。しかし、苔の専門家として「オンリーワンになれたことが大きい」と園田さんは言う。すでに成熟した業界だと、教えるのが上手い先生であったり、プロモーションなどで多くの競合と差別化しなければいけないが、オンリーワンの存在はそうした部分で競う必要がない。接客やプロモーションが苦手なら、目指すはオンリーワンである。

“自然”を見て学ぶべし

根っからの苔好きの園田さんは、プライベートでも苔のある景色を鑑賞しに行くという。最近も箱根に苔を見に行ったり、京都の苔寺を見て回ったそうだ。自然に育成している苔を見ることが、苔テラリウムの製作に活かされるという。たとえば苔の種類によっては、寝かせた状態で植えたほうがいい苔があり、実際に自然の中でも寝た状態で育っているのだ。自然を見て学ぶことはとても多いそうだ。

取材・写真・文●大寺 明

苔のインテリアの製作と教室――苔について広く扱う専門店
苔むすび

「小さな緑との暮らしが見つかる場所」を目指し、
苔テラリウムや苔の素材などを販売しています。
苔編み教室、テラリウム体験、苔庭の作庭、インテリア等を提案しています。
世界初の技術で施工したミズゴケ湿原庭園もご覧ください。

●苔テラリウムのワークショップ
オリジナルの苔テラリウムを製作していただくワークショップを
鎌倉店と北鎌倉教室で定期的に開催しています。
東京、横浜地区等でも不定期で開催しています。
素敵な苔テラリウムを作るには“コツ”が必要です。
一人一人にしっかり伝えられるよう、少人数制で実施しています。

●苔編みの会
お部屋で苔を楽しむ手法として、「苔編み」という技法を指導します。
テラリウムとは異なり、長期の講座になります。
店舗で受講可能日を設けますので、週一回でも月一回でも、来れる時に来て、
自分なりのペースで進め、練習しながら徐々にステップアップしていきます。
時間と手間のかかるものですが、苔編みに慣れれば
さまざまな形で苔を楽しむことができます。

※詳しくはホームページをご覧ください。

■苔むすび
神奈川県鎌倉市由比ヶ浜2丁目4−22
JR「鎌倉駅」より徒歩6分/江ノ電「和田塚駅」より徒歩3分
【営業時間】11:00~16:30 【定休日】月曜日、金曜日(祝日を除く)