『恋愛依存症のボクが社畜になって見つけた人生の泳ぎ方』が話題騒然! ITベンチャー界の「エンジェル労働家」須田仁之インタビュー

エンジェル労働家
須田仁之(すだ・きみゆき)

1973年茨城県牛久市生まれ。早稲田大学商学部卒。1996年にイマジニアに入社し、社長秘書を務める。ソフトバンクグループで衛星放送事業(現スカパー、ブロードメディア)、Yahoo!BBの立ち上げに携わった後、友人が経営するアエリア社にジョインし、CFOに就任。2004年に同社が東証JASDAQ市場に上場を果たし、ゲーム会社、IT企業、金融企業のM&A・PMIなどに携わる。現在は複数のベンチャー企業の役員・アドバイザーを務め、エンジェル投資家ならぬ「エンジェル労働家」を名乗っている。
Twitter:@sudax2000

社畜としてガムシャラに働いた理由は、失恋の痛手を忘れるためだった。笑えながらもほろ苦いインターネット黎明期の青春ストーリー

「上場請負人」としてベンチャー界隈では名の知れた人物である須田仁之氏が、このたび30代前半までの半生をつづった自叙伝を上梓した。タイトルは『恋愛依存症のボクが社畜になって見つけた人生の泳ぎ方』(ヨシモトブックス)という長めのもので、恋愛の本なのか、ビジネスノンフィクションなのか、はたまた「人生の泳ぎ方」という自己啓発書なのか……わからなくなりそうだが、ある意味、それら全部の要素が入った濃厚な自叙伝なのだ。

 茨城県牛久市の片田舎で育ったごくフツーの若者が、当時はまだベンチャーだったイマジニアに就職し、2年ほどでソフトバンクグループの会社に転職。鬼上司のもとで社畜のごとき過剰労働を強いられ、さらにはカリスマ経営者・孫正義のもとでYahoo!BB事業の立ち上げに携わることになり、怒涛のようにビジネスの奔流に飲み込まれていく――。インターネット黎明期のカオスが如実に伝わってきて、ビジネスノンフィクションとしても読ませる。

 鬼上司の無茶ぶりや徹夜しても終わらない膨大な仕事など、今だとパワハラやブラック企業と非難されるようなことが、90年代当時はまかりとおっていた。それこそ「社畜」として徹底的に酷使されることが若手社員の宿命だったのだ。当時を知る世代なら、きっと「自分もそうだった」と戦友の話を聞いているように感じられてくるはず。これだけでも十分に読みごたえがあるのだけれど、そこに「恋愛」の要素が入ってくることが、本書の突然変異的な面白さである。

 若き日の須田氏にとって「仕事」と「恋愛」は人生の二大プロジェクトだった。恋人にぞっこんの恋愛依存症ぶりを自虐的な言い回しで笑いを誘いながら、青春期特有のほろ苦さがしみじみ伝わる青春ストーリーとしても味わい深い。過酷な仕事と大失恋の荒波に揉まれ、彼はどんな“泳ぎ方”を体得していったのか

――90年代の純なアナログ感覚と、インターネット黎明期のカオスな雰囲気が伝わってきて、読み終わるのが惜しいくらい面白かったです。ディテールがすごくリアルだったので、てっきり当時書いていたブログを一冊にまとめたものかと思っていたんですが、ほぼ書下ろしだと知って驚きました。本を書くことになった経緯を教えてください。

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「僕はもともとブログも書いてなかったし、書くこと自体、かったるいと思っていた人種なんですが、2012年末に『storys.jp』という自分のストーリーを投稿するサイトが立ち上がったことを知ったんです。IT業界の人間って新しいサービスが出たら、とりあえず触ってみる。とりあえず自分の過去を思い起こして、Yahoo!BBの立ち上げの話やお惣菜屋を潰した話など、4つくらい項目だけ作ってみたんです。その話を読みたい人がいたら、『いいね』みたいのが付くようになっていて、通知が来ていたんですが、書くのも面倒だったので4年くらい放置してました(笑)。そんなとき吉本興業とstorys.jpが提携して『カタリエ』という原作コンテストをやりはじめて、映像化を謳い文句にしていたんです。それが書くきっかけでしたね」

――やっと本腰を入れたわけですね(笑)。

「Yahoo!BBの立ち上げで孫さんと一緒に仕事をしていたことは、いろんな人に話していたんですが、そうすると同じ話を何回もすることになって、けっこう面倒くさい。映像化されれば僕がしゃべる労力も減るし、いいかなと(笑)。それでまずYahoo!BB立ち上げのストーリーを13000字くらい書いたんです。卒業論文すらろくに書いてなかったので、人生最大の長文になりましたね(笑)。それを家入一真さんやけんすうさんが面白がってくれて、5000近くシェアされたんです。その翌年に別のストーリーで『カタリエ』の大賞を取りまして、ひたすら加筆とリライトをして書籍化されたというわけです」

――はからずも20代の頃の自分を棚卸しすることになったわけですけど、あらためて過去の自分を振り返ってみてどう感じました?

「イタい人だなぁ……と感じましたね。特に恋愛の話はイタいですよね(笑)」

――普通はイタい部分は隠したがるものですけど、それを赤裸々に書いてしまうところが、潔いというか、すごく共感できる感じでした。

「隠してもしょうがないので、もう全部出しちゃおうと思いましたね。でも、最初は恋愛のことを書く予定じゃなかったんですよ。Yahoo!BB立ち上げの話とお惣菜屋を潰した話をくっつけて本にするつもりだったんですけど、編集会議で『なんでそんなに無理して働いてるんですか? 普通なら辞めてますよ』と突っ込まれて、『失恋して仕事しかやることがなかったから、心をなくして仕事してました』と答えたんです。じゃあ恋愛のことも書いてみてくださいとなって、書き始めたら6万字くらいになっちゃったんです。Yahoo!BBとお惣菜屋の話は足しても3万字くらいだったのに(笑)。それを見せたら、仕事の話は淡々と書かれているのに、恋愛の話はすごく気持ちが入ってるって、みんなに驚かれましたね」

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――まず仕事の話からお聞きしたいんですが、須田さんが就職された1996年当時は就職氷河期まっただ中で、転職が世間で認められはじめた最初の世代だと思うんです。一方で「ベンチャー」という言葉が広まったのもこの頃でした。なぜベンチャーに就職しようと思ったんですか?

「同期はみんな大企業に就職していたので、僕はちょっと特殊だったと思いますね。マスコミ就活が全滅して就職浪人するつもりだったんですけど、いろんな会社を見てみようと思って説明会に行ってみたら、どこもつまんなさそうだった。唯一、面白そうな人がいたのがイマジニアでした。当時は40人くらいのベンチャーだったんですが、社長や役員も今の僕と同じ40代で、他の金融や商社の部長と比べると、すごく活き活きしていて、ここは楽しそうだなって。それで入社を決めた感じでしたね」

――そして今は、数々のベンチャーに関わる仕事をされているわけですけど、人生ってファーストステップでけっこう決まってくるものですよね。

「そうですね。最初の就職はけっこう決まりますよね。自分の人生もあそこで決まってきたような気がしますね。もしマスコミに受かってたら、今は絶対こんなことしてないですね」

5年間想い続けた彼女との失恋がきっかけで転職――。失恋の痛手はやわらいだものの、孫正義社長のもとで働く日々は、「戦場」のようだった

 須田氏にとって恋愛は人生のターニングポイントだった。なにしろ5年付きあった彼女との失恋が最初の転職のきっかけであり、社畜としてガムシャラに働いたのも失恋の痛手を忘れるため。須田氏の人生における悩みや葛藤はことごとく恋愛から生じ、同時に人生の喜びや意味もそこにあったのだ。続いて「恋愛依存症」について聞いてみた。

――恋愛のイタい話は、男なら誰しも感じたことがあるような話も多くて、わかるなーという感じでした。誰しも恋愛依存症の要素を持っているように思うんですが、須田さんは恋愛依存症をどんなふうに定義してますか?

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「その頃の僕にとっては恋愛が一番重要だったわけです。一日の98%くらいは彼女のことを考えてましたから、今思うと、気持ち悪いな……みたいな(笑)。定義は難しいけど、この本に出てくるボクという男は、一人の女性に固執して周りが見えなくなっている。女の子全般が好きというのではなく、一人の女性だけを神格化するくらい好きなんですよね。恋愛が一番重要、かつ一神教みたいな傾向が強かったと思いますね」

――ひと昔前なら「一途」という言い方もできますよね(笑)。

「今だとストーカーになっちゃいますからね(笑)。生物学的には男性は2年くらいで飽きてくるものらしいんですけど、僕は5年間ずーっと好きでしたから。名刺入れに彼女の写真を入れていて、トイレでよく写真を眺めたりしてました。あとは彼女が留守だと知りながら、留守電の声が聞きたいがために電話したりしてましたね。彼女と週3回会ってるのに、そんなことしてるんです。怖いですよね(苦笑)」

――それだけ想い続けた彼女に唐突にフラれるわけですよね。それは誰しもショックですよ。

「何人か付き合ったことがあれば、痛くもかゆくもなかったんでしょうけど、最初の恋愛が長かったですからね。フラれるイメージがまったくなくて、あのときは精神的に追い詰められましたね。それで環境を変えないとマズイと思って転職したわけです」

――環境を変えて、仕事には打ち込めましたか?

「打ち込めてはなかったと思うんですけど、前職に比べると仕事がハードだったので、あまりクヨクヨ悩む暇がありませんでした。それでも週末一人になると経験したことのない喪失感が襲ってきて、土曜日の朝、歯を磨いているときに『うががぁぁーー‼』と絶望に満ちた大声を出した記憶があります。人は無意識下で絶叫してしまうものなのですね。壊れかけていたんだと思います」

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――その後、Yahoo!BBの立ち上げメンバーになって、いよいよ孫正義社長と一緒に仕事をするようになるわけですが、やっぱり強烈でした?

「孫さんはちょっと別格でしたね。生き物の中でも別格で、定義できないというか、普通の人間とは比較できない感じです。なにしろ言うこともやることも、とにかく無茶苦茶なので……」

――本を読むと、当時のソフトバンクは昭和の町工場みたいですよね。どんな日々でしたか?

「とにかくやることが多すぎて時間がない。毎日がベトナム戦争みたいな感じで、戦場でひたすら戦ってるだけなので、考えてる余裕がほとんどなかったですね」

――朝起きて、これから戦場に行くと思うと逃げたくなりませんか?

「自分から行くというより、連れてかれる感じでしたね。もはや戦場に放たれてしまっているわけだから、逃げようにも逃げられない。あとは倒れるか、持つか、だけですよね。実際、急に出社しなくなって倒れた人もいましたから。僕は大丈夫でしたけど」

――なぜ須田さんは大丈夫だったんですか?

「普通の人に比べて、前職で二人の鬼上司に鍛えられていたというのが多少あるでしょうね。受け流す力というか」

――実際の仕事はどんな感じだったんですか?

「毎日、朝8時から深夜2時までぶっ通しで会議があるんですよ。会議室から出られないので、朝昼晩と同じような弁当ばかり食べてましたね。お客さんが入れ代わり立ち代わり変わって、孫さんもずっと会議に出てるんですけど、栄養剤みたいなのを飲んでドーピングしてましたね」

――孫社長がいきなりモデムを「100万台発注する」と言い出した下りには驚きました。

「常識人と非常識人の戦いをずっとやってる感じでしたね」

――そして非常識人が勝つ(笑)。「社畜」として過酷な労働を強いられていたとき、どんな心境で仕事をしていたんですか?

「ずっと厳しい鬼上司が上にいて毎日ピリピリした雰囲気で、まぁ奴隷みたいな感じでしたよね。僕だけじゃなく、みんな辛かったですからね。その中でどうやって生き延びるかっていう感じだったので、いろいろ切り抜け方は考えましたよね。たとえば部下を巻き込んで替わりに鬼上司の被害者になってもらったり」

――過酷な仕事を経験してきたことで、強くなったような感覚はありますか?

「まぁ鍛えられたことはたしかですね。その後、僕が元々いたクラビット(ソフトバンク子会社)に戻って上場準備をしてから、友人が創業したアエリアという会社に転職したわけですけど、それまで鬼上司にずっと詰められてきていたので、違う会社に行ったら、みんなゆるいな、と思いましたね。前職で『精神と時の部屋』で鍛えられて、他の動きが余裕で見えるぜ、みたいな(笑)」

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――徹夜しても終わらない膨大な仕事をこなす秘訣は?

「時代に反したことだから、炎上しちゃいそうで下手なことが言えないですね(笑)。まずひとつは、頭で考えずに手を早く動かすことですね。僕の場合は、パソコンのショートカットを使って、マウスを使わずにとにかく素早く仕事をするようにしてました。結局、現代の職業ってみんなパソコンを使って仕事をするわけだから、パソコン職人として腕を磨く感じですよね。あとは人の手を借りることですよね。大量にやることがあって物理的に厳しい状況だと、自分の手を早くするか、誰かに手伝ってもらうか、この二つしかないですよね。そして最後は、『謝る』ですかね。できなくて怒られる際、どう対応するかっていう」

お惣菜屋が失敗し、3千万円の借金を抱えるどん底を経験……。流され続けるうちに、いつしか「エンジェル労働家」となる

「いつまでも社畜のままではいられない」と感じた須田氏は、友人が創業した会社にジョインすることにした。あるとき友人の社長と居酒屋で飲んでいたとき、「ITではなくリアルなビジネスをやろう」という話になり、お惣菜屋の新事業を始めることになるのだ。こうして須田氏は有限会社スダックスの代表となり、自らも千葉県市原市の店舗で働くようになる。しかし、そこには地獄が待ち受けていた……。

――株の暴落で貯金をほとんど失って、お惣菜屋が潰れて3千万円の借金を抱えることになったエピソードは壮絶でした。失踪してもおかしくない状況ですよね。

「仕事がキツイうんぬんよりも、あのときが一番キツかったですね。それこそ『人生オワタ』と思って、当時はまだ結婚もしてないのに、頭の中に奥さんと子どもが写った家族写真が浮かんで、それが粉々に砕け散っていく映像が見えたんですよね。お惣菜屋を閉める作業をしていたときも、木の梁を見上げながら、『愛という名のもとに』(1992年の野島伸司脚本ドラマ)のチョロを思い出したり……。あんまり重い話になってもあれなので、チョロの回想を入れて緩和してますけど、自律神経失調症みたいな感じになったりもして、あの頃は普通じゃなかったですよね」

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――どうやってリカバリーしたんですか?

「リカバリーしてなかったと思いますね。ただひとつ良かったのは、環境を変えたことですね。市原の店舗を撤収して、また東京の会社(アエリア)に戻ったことで、ジメジメした感情を断ち切れたのがよかったかな。だけど、完全に断ち切れたわけでもなくて、ずっと頭の中でヤバイヤバイ……と思ってました。会社の人も僕の顔を見てヤバイというのがわかるので、やさしく接してくれていたかもしれない(笑)。とりあえず新しい環境で人と話していたことが良かったんでしょうね。あのまま引きこっちゃったりしたら本当にヤバかったかもしれない。だから、本当にキツイ状況だったら、一回、環境を変えてみるといいと思いますね」

――その後、5年付きあった二人目の彼女とまたもや大失恋をして、「お惣菜屋失敗や株式トレードの失敗よりも、大きなダメージ」と書かれていますが、ふたつの恋愛と失恋を通して得た教訓みたいなものはありますか?

「恋愛はリーグ戦じゃなくてトーナメント戦だということですね。いくら勝ち上がっても、一回でも負けたら消えてなくなっちゃう、みたいな。『ずっと一緒にいたい』って言ってたのはウソじゃねえか!っていう(苦笑)。それが2回続いたので、3回目の恋愛のときは、早くハンコを押して契約しないといけないと思って、今の奥さんと結婚したわけです(笑)」

――あらためて本の感想として、社畜時代の話やお惣菜屋を潰した話など、普通に書くと、ただただキツイ体験談になってしまうところが、須田さん特有の自虐的なユーモアでネタ化することによって、救われる感覚がありますよね。

「昔、明石家さんまさんがテレビで離婚会見してて、自分の不幸(離婚)をネタにしてたのに衝撃を受けた記憶があります。1992年なのでちょうど大学1年の頃ですね。学生時代から生き延びる術としてこの『さんまメソッド』を使ってきたのかもしれません。今回の本でネタに出来たので無事成仏したかも(笑)」

――現在についてお聞きしたいんですが、前職で上場準備をやっていくうちに、いつしか上場の専門家のようになって「エンジェル労働家」という今があると思うんですが、自ら「これがやりたい」というより、いろんなことに巻き込まれていくうちに、意図せずして須田さん独自のキャリアが形成されていったような印象です。それがタイトルにもある『人生の泳ぎ方』なのかなと。

「たしかに流されキャラですね(笑)。本のタイトルも最初は『流されキャラの〇〇』みたいな感じで、流されキャラのキャリア本にするつもりだったんですよ。普通は流れに逆らおうとしてしまうものですけど、僕の場合、うまく力に逆らわないようにして仕事をやってきた。だけど、恋愛は違うんですよね」

――仕事は「のし泳法」で、恋愛はガムシャラに泳いでますよね。

「実はこの本の最後の方でも匂わせてますが、30代になってからもっと激流のほうに流されちゃったんです(笑)。アエリアが上場して上場企業のCFOをずっと務めていたんですが、M&Aや投資事業をやることになって、投資界隈には魑魅魍魎な怪しい人がたくさんいて、『夜道には気をつけろ』とか『お前だけは一生許さない』とか恫喝されたり、一緒に仕事をしていた同僚が白髪だらけになっちゃったり、あ、彼は最近連絡取れなくなっちゃったなぁ……。『このままだと東京湾に沈められますね』ってシャレにならない冗談を言い合ってましたけど、いくら流されるといっても、海の底までは流されたくない(苦笑)」

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――それはぜひ次の本で書いてください(笑)。

「この本が売れないと書かないでしょうね(笑)。Ⅱは反社会勢力との戦いで、池井戸潤さんの企業小説みたいな感じにした方が今風で売れそうですね。で、Ⅲは家庭の話ですかね。20代の頃の恋愛とは違う難易度のある、柴門ふみさんの東京ラブストーリー続編みたいなテイストで(笑)」

――上場企業CFOの経験を経て、今は「ベンチャー労働家」ですけど、どういった変化があったんでしょう?

「34歳で結婚して、子どもができてから意識が変わっていったかもですね。もはや自分一人の体じゃないんだから、リスク取りまくってガムシャラにやってたらダメでしょ、みたいな(苦笑)。2002~2005年の間にたまたま3社の上場に携わったことで、『どうやったら会社上場できるんですか?』みたいな相談を、ベンチャー企業の社長や幹部の人からもらうようになり、自分の苦しい経験が生かせるお手伝いをしてみようかなと。そんな感じで外部アドバイザーで手伝ってた『弁護士ドットコム社』と『クラウドワークス社』がたまたま2014年に無事上場しまして。そこからまた相談が増えて今に至るという感じです」

――複数のITベンチャーに関わっているそうですが、現在はどんな仕事内容になりますか?

「社外役員・アドバイザーとしていろんな会社の役員会議に出ています。定例会議に出てるのは20社くらいかな。それ以外にもメッセンジャー等で関与先から随時相談が来ますね。今は直属の怖い上司もいないし、追い詰められることは減ったのですが、それでもベンチャー企業の経営という観点ではハードなことばかりで、役員同士や経営陣投資家間の揉め事とか、日々トラブルが起きるんですよ。社外役員という立場は、そこで緩衝材になることも求められていて、1社の社畜時代よりも多くの人間関係の渦に巻き込まれているので、ある意味、昔よりも大変かもです(苦笑)。あー、仕事って辛いことばかりですね。一人で本を書いている方がマシだったかもです」

須田仁之氏を知る3つのポイント

リフレッシュ法/黙考スポット巡り

「『DANRO』というサイトで『黙考スポット』というコラムを書いてるんですが、寺とか神社とか、都会の中のほっとできるスポットに行くことが、ここ2年くらいマイブームになってますね。仕事ばかりしていると日々毒されてしまうので、誰も知り合いがいない環境の中でひとりぼっちになりたいっていう思いが強くなってきましたね」

「ヤリタイコト」がない生き方

「本にも書いてますが、昔から仕事で“ヤリタイコト”がなくて、今もまったくないんですよね。仕事が本当に楽しいと思ったことなんて一度もないし、達成感も大学合格以来、一度もない。大学の場合は受かった後、遊べますけど、仕事はずっと続きますからね。どう考えても遊んでるときとか寝てるときのほうが楽しくないですか? 仕事に関しては、自分から何かやろうとは思わなくて、今も受け身なのは間違いない。普通は上場して、やったー!となるのかもしれないけど、上場後はもっと忙しくなることがわかっているので、達成感もなく、次はどんな試練が来るんだろう?みたいな感じですよ。40代は〝不惑〟とされてますけど、ぜんぜん不惑じゃなくて、よけい惑ってますからね(笑)」

悩める社畜へのメッセージ

「正直なところ、あまり人には勧められない生き方ですよね(笑)。自分の子どもにはこんな辛い目に合わせずに温室育ちにしてあげたいですし、誰に勧めるものでもないんですけど、できればこの本を読んで、『オレの方がマシだな』と思ってもらえるとうれしいですね。そう思えば、少しは楽になると思うので」

取材・写真・文●大寺 明

原作開発プロジェクト「第2回カタリエ大賞」受賞作
『恋愛依存症のボクが社畜になって見つけた人生の泳ぎ方』

『恋愛依存症のボクが社畜になって見つけた人生の泳ぎ方』

発行:ヨシモトブックス 発売:ワニブックス 定価:1300円+税

世の中にあふれる「行動せよ」という言葉にうんざりしていた。
偉人ではないこの人の話なら聞きたいと思えた。
――村上健志(お笑い芸人/フルーツポンチ)

同じ茨城県牛久市出身者として共感多い。
但し、全く共感できない部分も多い(笑)。
――守安功(株式会社ディー・エヌ・エー 代表取締役社長兼CEO)

裏街道を歩んできたIT界の変態かつ天才が
ついにこの本でバレてしまう!
――小澤隆生(ヤフー株式会社 常務執行役員)

各界から反響続々!
黎明期のソフトバンクで孫正義社長の洗礼を受け、
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