神社とお寺のお参り記録を共有する『ホトカミ』で、100年後も残る価値を生み出したい。DO THE SAMURAI代表・吉田亮インタビュー

株式会社DO THE SAMURAI
代表取締役:吉田 亮
(よしだ・りょう)
1990年滋賀県生まれ、岐阜県育ち。東京大学理科二類入学後、文学部卒業。武道館を目指してバンド活動の後、「日本の文化や歴史を未来に残していきたい」と志に目覚め、2013年より塾、講演、神社ツアーなどの活動を開始。2016年に法人化。2017年4月に神社・お寺のお参り記録共有サイト『ホトカミ』をリリース。自らも取材を行い、世界遺産・仁和寺の瀬川門跡のインタビューや四国遍路の体験など延べ20万文字以上を執筆している。

『ホトカミ』に投稿することで、二度、お参りした気持ちになる。ネットで参拝記録を共有する新たな神社・お寺の楽しみ方とは?

 神社仏閣めぐりを趣味にしている人は意外と多い。筆者も旅行で日本各地の神社やお寺を訪ねるうちに、どんどんその奥深さに魅了され、いつしか旅先では必ずGoogleマップで神社仏閣を検索して訪ねてみるようになった。なにしろ神社とお寺は合わせて全国に16万2000寺社もある。いったん神社仏閣めぐりに目覚めると、日本がワンダーランドに見えてくるのだ。

 必ずしも信仰心が強いわけでなくても、歴史が刻まれた建造物を眺めることは知的好奇心をくすぐるし、神社やお寺はたいがいその地域の一番いい場所に建てられているため、景色がよかったり、空気の抜けがよかったり、実に気持ちのいい場所であることが多い。お参りした後は、我ながらちょっと俗っぽいと感じながら、記録も兼ねてスマホで写真をパシャリ。これがとても味わい深い写真だったりする。

 しかし、興味のない人には、古びた建物としか映らないし、静謐な雰囲気にしても退屈だと思われるだけかもしれない。でも、そういう人でも初詣には毎年、神社仏閣に足を運んでいたりする。最初に「意外と多い」と言ったのも、共通の興味を持った人にしか語らないため、一見そうとはわからないが、実は神社やお寺が好きな人は思ったよりも多い、という印象だ。

 そうした人にぜひオススメしたいのが、神社とお寺のお参り記録共有サイト『ホトカミ』である。『ホトカミ』を運営する株式会社DO THE SAMURAI創業者の吉田亮氏は、現在29歳。メンバーも20代が中心で、高齢化が進む神社やお寺の世界を、若い感性で再定義しているようにも感じられる。

「会社のメンバーは、半分は実家が神社やお寺で、もう半分は僕のように一般の家庭で育ちました。大切にしていることは、神社お寺への愛とリスペクト。連綿と続いてきた歴史に敬意を示すことです。例えば、神社やお寺を『パワースポット』『スピリチュアル』などの安易な言葉で表現しません。簡単な言葉でブームを作るのではなく、神社やお寺の方も納得できる表現にこだわっています。もちろん、一般の人に神社お寺の魅力が伝わらなければ意味がないので、“中2でもわかる言葉”を合言葉に記事を書いています。常用漢字を習った中学2年生くらいの子にもわかる表現ということなんですが、逆に言うと、僕らがちゃんと理解していなければ、わかりやすく伝えることもできないと考えています。昨年は、ネット上の岩波文庫を作ろうと気合いを入れて計20万文字以上の記事を執筆しました」

 神社やお寺には必ず入り口付近に歴史や由緒が書かれているものだが、一応は読んで理解したつもりでも、見慣れない漢字や嘉禄○年といった表記が難しく、読んだそばから忘れてしまったりする。また、神社やお寺のホームページにしても難解な言葉が多くて敷居が高く感じられてしまう。こうした表現の部分に関しては、神社やお寺の内部の人にはわかりづらいものだという。

「幼い頃からお経に慣れ親しんできたお坊さんは、それが一般の人にとって難しい言葉や漢字であるという自覚がなかったりするんです。たとえば、『座禅』という言葉にしても、お坊さんは常用漢字ではない『坐』をよく使います。なぜなら昔の書物に『坐禅』と書かれていたからです。だけど、今の人からすると難しい漢字かもしれないですよね。だから僕らは、もともと『坐』という漢字が使われていたことを伝えながらも、常用漢字に統一することを述べた上で記事を書くようにして、古き良きものを現代の人たちに伝えるためのバランスをとっています」

 一般の人にも伝わりやすい表現に換言していくことは、民間の事業者だからこそできることでもある。ユーザーの投稿も同様に、一般の人が神社やお寺について個人的感想を書くからこそ、その魅力が伝わる。実際に『ホトカミ』はどんな使われ方をしているだろう?

「あくまで参拝記録として、気軽に御朱印と鳥居の画像などを投稿している方もいれば、ここの神社はぜひ知ってほしいということで、一生懸命、魅力を書いている方もいます。また、あるユーザーさんは、明治時代からの村社という各地の村で大切にされていた神社をひたすら巡っていて、もともとGoogleマップに投稿していたそうなんですが、ほとんど人が行かないような神社なので、Googleが全部情報を消してしまったそうです。それで『ホトカミ』なら残るということで、こちらに投稿してくれるようになりました。『ホトカミ』に投稿すると、何回お参りしたか、どの神社・お寺にお参りしたか記録として残るので、気づいたらたくさんお参りしていたという声もよく聞きます。また、いろんなユーザーさんがコメントをくれたり、逆に自分からもコメントできるので、交流があって楽しいという声も聞きますね」

 まず「記録する」というのが基本的な使い方だが、そこで「書く」という行為によって、より深い楽しみが得られるという。

「なるほど!と思ったんですけど、『ホトカミ』に投稿することで、“二度お参りしたような気持ちになる”とユーザーさんがおっしゃられていました。まず普通にお参りするのが一回目で、家に帰る途中や帰宅してから、お参りの記憶を思い出しながら投稿すると、もう一度、お参りしたような気持ちになるというわけです。だけど、いざ投稿しようと思ったら、思ったより書けなかったりするものです。そうすると、次からもう少し書けることを探そうという視点で神社やお寺に行くようになり、狛犬にもいろんな種類があることに気づいたり、歴史について考えてみたり、投稿というアウトプットがあることでいろんな発見があって、また楽しみが増えると思うんです」

『ホトカミ』では、ユーザーが投稿するだけでなく、神社やお寺が公式アカウントを持って、情報発信できるようになっている。観光地でもない神社やお寺は、一般の人には入りにくかったりするものだが、情報発信されていれば“ウエルカム”な姿勢が伝わってくる。今の時代、こうして間口を広げていくことが求められてきそうだ。

「2019年4月から公式アカウントを始めたんですが、ホームページがなかったような神社やお寺でも情報発信できるようになったというメリットがあり、実際に参拝者がかなり増えています。たとえば、神奈川県の神社では、それまで参拝者が十数人の地元の高齢者だけだったんですけど、『ホトカミ』を活用することで1日40人の参拝者がいらっしゃったそうです。他にも茨城県の神社でも新しい参拝者が0から100人になったという例もありますし、お寺の方もこれまで檀家さんしかお参りしなかったところが、新しい方がお参りに来るようになって驚かれていますね。公式アカウントの情報がきっかけでお参りされる方がいると、その投稿を見てまた他の人が来てくれるという好循環が生まれています」

16万2000寺社のうち、20年後には6万寺社が消滅……。武道館を目指していたバンド青年が、いつしか、この社会課題と向き合うように

 16万2000寺社のうち、20年後には、なんと6万もの寺社が消滅すると予測されている。1000年以上も昔から連綿と続いてきた文化が、ここへ来て急速に失われつつあるのだ。これを少しでもくい止めたいという想いが、『ホトカミ』には込められている。

「高齢化や人口減少、都市化が進んだことなど、原因はたくさん考えられます。一例に過ぎませんが、都市部のマンション住まいになると、実家とお寺のつながりがどんどんなくなっていきますよね。20~40代の副住職さんと話すと、この先どうしようか迷っているという方もいます。時代とともに檀家制度や氏子制度も崩れてきて、親世代は来るけど、同世代の人は来ない……。先の見えない不安はあると思います。『ホトカミ』で神社お寺が減ることをくい止めることは正直できないと思っています。ですけど、さっきの村社を巡って投稿される方のように、そこにかつて存在していたという歴史は『ホトカミ』に残っていきますし、何よりも、神社・お寺を守っていこうという想いを持った方には、どんどん『ホトカミ』を利用して情報発信していただきたい。神社・お寺と一般の参拝者とのご縁を繋ぐことで、少しでも減少をくい止めたいと思っています。その根底には、社会課題を解決したいというような崇高な考えではなく、単純に日本の文化や歴史が好きで、好きなもののために貢献したいという気持ちがあります。好きだからこそ共感し、使命感を持って取り組んでいます」

 今でこそ、神社・お寺の伝統を守る一助になりたいという使命感を持つ吉田氏だが、もともと起業など考えたことがなく、武道館を目指してバンド活動に打ち込んでいたそうだ。それがどうして神社・お寺への情熱に変わっていったのか? 起業に至るまでの経緯を聞いた。

「母がSMAPのファンで、物心ついたときから『SMAP×SMAP』を見ていたんですが、7歳のときにナゴヤドームでSMAPのコンサートを観たんです。もともと歌うのが好きだったこともあって、僕もいつかこういう所で歌いたい!と思ったのが、歌手を目指す一番のきっかけでした。中学生からバンドをやり始めて、僕はボーカルと作詞作曲をしていました。僕は今29歳なんですが、今頃はZepp Tokyoでライブをやっていて、30歳で武道館、40歳でナゴヤドームというふうに中学生のときに未来絵図を描いて、将来は絶対にアーティストになるものだと信じていました」

 吉田氏は岐阜県多治見市の育ちだが、地元では大学進学で東京に出るより、名古屋に出るのが一般的だった。しかし、中学生の頃から「バンドで成功するには東京に行くしかない」と心に決めていた吉田氏は、親に上京を認めてもらうために東京大学に進学する。バンド活動をするために東大に行くなんて、ちょっと聞いたことがない話だ。

「勉強はもともとできるほうで、中学校ではずっと一番でした。一方で、子供の頃から野球をやっていて、小学校のときの野球チームの監督が『甲子園に行くより東大に行くほうが簡単だ』ってよく言っていました。東大受験は答えがあるから、やれば誰でもできる。だけど、甲子園に行くには運が必要だというわけです。そして運も実力うち。その考え方でいくと、『ミュージックステーション』に出演できる人は毎年100人くらいだとして、東大は毎年3000人は入学しますよね。僕が目指している世界からすると、東大のほうが30倍は簡単だという謎の理論を信じていて、絶対に受かるはずだと思っていました」

 そして実際に東大に合格するのだから、やはり吉田氏はただ者ではない。こうして未来絵図どおり東京でバンド活動を始めた吉田氏だったが、なかなか方向性が定まらず、迷走し続けていたという。

「バンドをやったり、僕とギターのユニットでやったり、ソロでやったりしていたんですが、どれも違うとなって毎年のように変わってましたね。今でこそ、ユーザーさんが何を求めているかだけを考えて『ホトカミ』を運営していますが、その頃の僕は、自分が歌いたいことだけを歌っていて、GLAYとミスチルを足して2で割ったような楽曲で、特徴もなく、ふわっとした感じでした。当時は自分なりに一生懸命やってるつもりでしたけど、今思えば、本当はもっとできたんじゃないかって……。人気のバンドでもなくヒマだったこともあり、散歩と読書と家庭教師という明治の文豪みたいな大学生活を送ってましたから。大学3年まではそんな感じで音楽活動をしていたんですが、このままでは突破点を見つけられないまま卒業してしまう……と思って、大学4年のときに、本気でバンド活動をやるために1年間休学することにしたんです」

 休学後は、人気ライブハウス・渋谷ラママに出演したりと一見順調に見えたが、「これが本当に歌いたいことなんだろうか?」という迷いは晴れなかったという。自分のわがままで休学したこともあり、親からの仕送りを絶っていたため、生活費を借金に頼ることになった。なんとかアルバイトで返済し、普通のフリーター生活を送れるようになったが、先が見えない日々が続いた。

「今思えば、燃え尽き症候群だったのかもしれないですね。頑張りたいんだけど、次、何をどう頑張っていいのかわからない。それでいったん音楽活動を休止して、もう一度、考えてみようと思ったんです。答えが見つからない日々を悶々と過ごすなか、幕末の本を読んでいたら、吉田松陰先生の言葉で『志とは世のため人のため』と書かれてあって、僕は今まで人生で一度も志なんて考えたことがなかったって気づきました。自分の夢を追いかけていただけだったと反省しまして、じゃあ何をすれば人の役に立てるだろう?っていろいろ考えましたね。そして、『幼い頃から大好きな日本の文化や歴史を現代に活かし、未来に受け継いでいこう』というのが僕の志となりました」

 こうして行き着いたのが、「プロのサムライ」というユニークな活動だった。ミュージシャンとして培った表現力を駆使してオリジナル武士ソングを歌い、日本文化や歴史の啓蒙活動(?)をしようと考えたのである。

「当時の僕はちょっと短絡的なところがあって、自分に何ができるかを考えたとき、歌うしかないとなったんです。2013年にはまだ最先端だったEDMに和楽器を取り入れた『かたじけなっしんぐ!』という現代風盆ダンスの曲を作ったんですが、これがJOYSOUNDのカラオケにも入ったり、Twitterでトレンド入りしたり、にわかに評判になって、そのまま続けていれば、もしかしたらMステに出られたかもしれない(笑)。たしかに自分でやっていても楽しいし、まわりからも好評だったんですけど、一方で、これが本当に人の役に立っているんだろうか? 自分はどこに向かっているんだ?って葛藤してましたね」

 やがて曲の合間のMCで話していた歴史の話をもっと聞きたいと依頼が来るようになり、吉田氏は歴史の講演活動や神社ツアーを開催するようになった。音楽よりも歴史の話のほうが求められていることがわかり、やり甲斐も感じていたし、プロのサムライとしては食べていけるようになったそうだ。しかし、それで良しとするわけにはいかない。吉田氏は「さらに人の役に立つことは何だろう?」と問い続ける。

「神社ツアーでは30~40代の参加者も多かったのですが、年齢が増すほど、僕より歴史に詳しい方がいっぱいいらっしゃって、ツアーの後、そういった方がとお話していると、仕事が大変だと漏らしていたんですよね。たまたま僕は好きな歴史や日本文化の仕事ができているけど、自分だけがその幸運を得るのではなく、文化や歴史が好きな人が活躍できるような仕事をもっと生み出さなければいけないと思いました。自分の好きなことで人の役に立てる仕事を広げていくには、一人ではなく、仲間を増やさなければいけない。そう考えて法人化することにしたんです」

日本文化に関わる事業アイデアを300個考えた。決めあぐねていたとき、福井のお寺に宿泊したことが転機に

 2016年の株式会社DO THE SAMURAI設立後は、講演や神社ツアーの仕事だけでなく、お寺のホームページを制作したり、武将グッズを制作したりと仕事の幅も広がり、売上も伸びていった。しかし、実際は個人事業主の延長線上にすぎなかったという。あるとき、新卒の学生が就職を希望してきたが、そのときはまだ人を雇えるほどの余裕もなく、断らざるをえなかった。これがきっかけで吉田氏は再び悶々と葛藤しはじめるのだ。

「起業したのは、そもそも僕と同じように好きなことをして働ける人を増やすことが目的だったはずなのに、ぜんぜん増やせないという矛盾に気づいてしまって……。良くも悪くも忙しかったので、目の前の仕事をこなすことに精一杯になっていて、事業を考える余裕がありませんでした。僕がやりたいことは日本文化や歴史に関わることで、そこは間違いなくブレない。だけど、具体的に何をやればいいのかがわからない。それで、いったんこれまでの仕事を全部やめて、もう一回考え直してみることにしました」

 大学を休学したときもバンド活動を休止したときもそうだったが、吉田氏は何か行動を起こす前にいったん退路を断つ傾向があるようだ。そこで考えに考え抜いて、自分が本当にやりたいことを見つめ直すのだ。日本文化や歴史に関わる事業アイデアを300個も考えたという。

「和ズニーランド(日本文化のテーマパーク)、和ニクロ(和服のファストファッション)、和ソビュー(日本文化の体験予約サイト)というふうに、目に入るものすべてを和ものに転換してアイデアを考えていったんですけど、気合い入れてアイデアを出しすぎて、なかなか絞りきれない感じでしたね。たとえば和ニクロのアイデアでいうと、僕は和服を着るのがすごく好きなんですけど、他の人に和服を着させたいという気持ちはない。自分が本当にそれをやりたいかというと違うし、これ以上、アイデアが出てくるかもわからない……」

 そんなとき、友人のお坊さんの誘いで福井のお寺で1泊することにした。アイデアを考えることに疲れ、少し頭を休めるくらいのつもりだったが、これが吉田氏にとって転機となる。

「2016年8月14日、子どもの頃から大ファンだったSMAPの解散が報道されて、当時は26歳の大人だったので、そんなに辛くないと思っていたんですよね。その後、8月末に福井のお寺に行くことになって、その2日間は、アイデアも考えないし、調べたりもしない、スマホも閉じて何もしない時間を過ごさせてもらったんです。そしたら、自分はSMAPの解散がものすごく辛かったんだと気づいて涙が出てきて……。自分の辛いという気持ちを素直に自覚できたことが、僕にとってすごく大きかった。リフレッシュもできたし、東京に戻って頑張ろうと思っていたところ、帰りの新幹線で友人のお坊さんから『Googleのレビューを書いてもらえないだろうか』というメッセージがあったんです。さっそくレビューを書くことにしたんですが、自分の心を救ってくれたお寺に対して、星5とか付けて評価するのは違うんじゃないかって。そう思ったとき、300個のアイデアの中に『テラログ』があったことを思い出したんです」

 これは『食べログ』のお寺版といったもので、『ホトカミ』の原点になるアイデアだった。しかし、アイデアはあっても当時の吉田氏はITサービスについてはホームページが作れる程度で、何をすべきなのかまったく検討もつかなかったという。

「はじめは投稿サイトという考え方がまったくなくて、自分たちで記事をたくさん書けばいいと思っていたんです。だけど、先輩の起業家の方に相談したところ、そうしたメディアのゴールは、何年かやってPV数が増えたところで大手に売却するしかないと言われました。そういうメディアを作りたいの?と聞かれて、違います、と答えました。神社やお寺は1000年以上の歴史があり、この先もずっと続いていくものなので、数年でどうこうではなく、僕は100年後でも価値が残るものを作りたかったんです」

 こうしてデータベースの仕組みを作ることに切り替え、気の遠くなるような地道な作業を経て、16万2000寺社の90%にあたる14万5000寺社を網羅し、2017年4月に『ホトカミ』を正式にリリースした。当初は吉田氏と知人しか見ている人がいないくらいの状況だったが、みんなで8888投稿を目指そうと呼びかけた『ご縁ポスト』というキャンペーンを行ったところ、1年目にして月10万PVを達成できた。しかし、事業を続けるための収益化の目処は立っていなかった。

「正式リリース時はまだ運営の人数も少なく、最悪お金がなくなれば個人事業主のときのように稼いで、ホトカミを続ければいいと思っていました。しかし次第にサイトの規模が大きくなるにつれて、僕がホトカミから離れるのが難しくなってきました。そして、2018年に『ソーシャルエンジェル出資』で8888万円の資金調達をしました。これは、上場や事業売却などの義務もなければ収益の配分もなく、返済する必要もないという日本初の共感型の出資です。法人化する前から相談に乗っていただいた方から出資していただいたんですが、実際に『ホトカミ』をリリースして、ユーザーさんも順調に増えていることを見て、僕が途中で投げ出さない人間だと信頼してもらえたのだと思います。その期待に応えるためにも、『ホトカミ』は長期的な視点を持ったまま、ずっと続いていくサービスにしたいですね」

 そして今では月間210万PVを達成するなど、順調に伸びている『ホトカミ』だが、無料WEBサービスの宿命ともいえる収益化が今後の課題だという。これについてはいくつかアイデアがあるが、まず直近の2019年中に月間1000万PV、月間1万投稿と公式アカウントの神社お寺1000件を目指し、『ホトカミ』を日本全国に浸透させていくことを最優先にしている。

「今のところ『ホトカミ』は順調にユーザー数も増えているし、何よりちゃんと公式神社お寺の参拝者が増えているので、良いことを継続していけば、なんとかなるはずだという謎の自信があります(笑)。月間1000万PVくらいになれば、たとえ神社やお寺が好きという人じゃなくても、神社お寺と言えば『ホトカミ』となると思うんです。長く続けていくということが一番大事だと思っているので、どんどん参拝者と神社やお寺をつないでいけるようにしたいですね」

 もともと収益化が目的なのではなく、吉田氏の真の目的は、『ホトカミ』を末永く続けていくことにある。そこにはどんなビジョンが描かれているだろう?

「近代化の過程で人々は、目に見える、数字で表せる価値ばかりに重きを置くようになりました。しかし、幸せは目に見えません。感じるものです。そして神社やお寺は、目に見えないものを五感で感じることができる場所です。モノは満たされているのに、心が満たされない現代だからこそ、神社やお寺は、感性を取り戻す場所として必要とされていくと思います。また日本には、不登校、格差、伝統の継承、少子化など様々な社会課題があります。その根本的な原因のひとつは人と人との繋がりの希薄化によるものと言われています。しかし、日本では少なくとも1300年以上、神社やお寺が人々の繋がりを生み出す役割を担ってきました。『ホトカミ』をきっかけに、神社お寺と人々に新たな繋がりが生み出し、本来の役割を取り戻す手助けをしていきたいです」

吉田 亮氏を知る3つのポイント

座右の書/『一番になる人』つんく/著

「タイトルの『一番になる人』とは、天才のことです。つんくさんはシャ乱Q時代に、同時期にデビューしたミスチルの桜井和寿さんに勝てなかった。桜井さんが天才だとしたら、自分は4番目くらいの凡人だと。だけど、凡人だからこそ自分だけの道を見つけて、努力して、未来をつくっていくんだということが書かれた本です。この本の教えを僕に置き換えると、天才じゃない僕には世界的なプラットフォームを作るという事業はできないけど、自分が愛しリスペクトしている神社やお寺の世界に、自分たちなりのやり方で貢献することはできるはず。『一隅を照らす、これ則ち国宝なり』という天台宗の開祖・最澄さんの言葉があるんですけど、僕の中では、つんくさんの言葉も最澄さんの言葉も同じ解釈。自分だからこそ出会えた、見つけた、気づけた目に見えない縁、言い換えると、もともと特別なオンリーワンを大切にしながら、使命を全うしたいです」

リフレッシュ法/ハロプロを聴くこと

「昔からずっと聴いているんですが、今までなんとも思っていなかった歌詞がふいに心に響く瞬間があるんです。つんくさんの歌詞はちょっとクセがあるんですよね。たとえば、『寝不足は寝るしかない』という人間らしい歌詞もあれば、地球や自然、世界の未来のことまで歌われていて、すごく視野が広い。大きな理想、地球や自然の話だけしていても上っ面になりますし、お腹が空いたという身近な話だけでもワクワクしない。やっぱり、理想と現実、両方大事だと思います。ハロプロの曲を聴くと、悩んでいた頃の自分を思い出したり、元気をもらったりして、もっとがんばろうと思えるんですよね」

尊敬する武将/前田利家

「徳川家康が詠んだとされる『鳴かぬなら鳴くまで待とうほととぎす』とは、何を待っていたかわかりますか? 実は前田利家の死を待っていたんです。前田利家の加賀藩は100万石で、徳川家康は250万石で2.5倍くらい力の差がありますが、利家がいざ戦うとなれば、150万石くらい味方につく武将がいて、互角なので家康も手を出せなかった。ということは、利家は天下を獲ろうと思えば獲れたかもしれない。だけど利家は、私欲を出さずにみんなの平和を願ったんです。戦の時代は終わりだとして、人々の暮らしを豊かにする文化にお金を使い、その結果、金沢を文化の街へと発展させていった。僕が歴史好きになった原点といえる人が、前田利家なんですよね」

取材・文●大寺 明  写真●松隈 健

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