ヒーローショーに怪人を送り込む悪の組織が目指すは、上場による世界征服! 「悪の秘密結社」副社長・笹井浩生インタビュー

株式会社 悪の秘密結社
副社長・笹井浩生
(ささい・こうき)
1989年長崎県生まれ福岡県育ち。高校2年のときに大阪に転居し、ヒーロ―ショーのアルバイトを2年半経験。18歳で福岡に戻り、時計専門店の店長を経験。その後、広告代理店に転職し、営業次長を務めた。2016年3月に株式会社 悪の秘密結社を創業。同年9月にヤバイ仮面が誕生。同時に副社長への謎の降格を遂げる。

日本で唯一、社名に「悪」が付く謎の会社は、悪役によってヒーローショーを盛り立てる「泣いた赤鬼ビジネス」だった

「悪の秘密結社」とは、2016年創業の実在する企業である。もちろん狙うは世界征服……なのだが、その手段が“上場”である。福岡に本拠地を置き、東京に支部を持つこの組織は、いったいどんな事業計画で侵略しようとしているのか? それは、悪の手先である怪人を送り込むというもので、それを迎え撃つのがヒーローである。

 全国各地にご当地ヒーローが300体以上いるという。有名なところでは、秋田の「超神ネイガ―」や沖縄の「琉神マブヤー」がいる。いずれもローカルテレビ局で彼らのヒーロー番組が放映されるほどで、全国的な知名度も高い。そうしたご当地ヒーローの成功例がある一方で、基本的に地元の有志や団体が企画制作しているため、テレビヒーローのような予算も人材もなく、「ヒーローを作ったはいいけれど、どうしていいかわからない……」ということも少なくないようだ。

 そこへ魔の手を伸ばすのが、悪の秘密結社である。ヒーローショーを成立させるには、悪役の存在が必要不可欠。そこで悪の秘密結社が悪役を派遣し、ご当地ヒーローやゆるキャラのイベントをサポートする。つまり悪の秘密結社の事業とは、悪役派遣ならびにキャラクターコンテンツのコンサルティング業なのである。

 悪の秘密結社の組織図を見ると、代表取締役社長が「ヤバイ仮面」となっている。ヤバイ仮面にインタビューするわけにもいかないので、創業者の笹井浩生氏に語っていただいた。

「社名に“悪”と付いているのは、日本で唯一です。悪臭対策といった意味で悪が付いている会社が他に1社だけあるようですけど、本当に“悪い”という意味で使っているのはうちだけです(笑)。社名についてはいろいろ考えたんですけど、退路を断つためにもこの社名にしたところ、結果として対外的にウケた。経営理念にしても、怪人目線でありながら礼節をもって共感してもらえる内容にするなど、メディア戦略を踏まえて考えていきました。悪役を派遣する物騒な隙間産業みたいな感じでネットでバズったりもして、むしろそのイメージを大切にしたいと思っています」

 HPを見ると、悪の組織としてパロディーが徹底されていて面白い。悪だくみをしているように見せながら、実際は危機管理と法令順守を徹底し、キャラクターコンテンツのサポートに徹しているのだ。これほど誠実な悪もないだろう。

「メディア的には悪役派遣を打ち出していますが、実際は弊社が営業をかけて、法人として契約を結び、ご当地ヒーローやゆるキャラをキャスティングして、現場の仕切りもすべて行ってショーを主催しています。マスクで視界が悪いので、アクターがケガをすることもあれば、子供を傷つけてしまったり、施設のものを壊してしまうこともありうるので、あらゆる保険に入って安全保障の面も万全にしています。今は安全面をしっかりしないと、どの商業施設でもショーをやらせてもらえなくなっているんですよね」

 ヒーローショーというと、テレビヒーローのショーが一般的だが、悪の秘密結社のヒーローショーは完全にオリジナルである。ご当地ヒーローやゆるキャラと怪人を戦わせることで、「ヒーローショー×地域活性化・PR」という内容になっているのだ。

「お子さんを集めるにはやっぱりテレビヒーローが最強なんですけど、商業施設や地域の夏祭りで開催したとき、かなり制約があるんです。コンテンツの世界観を壊すことになるので、協賛のショッピングモール名は言えないし、チラシも別枠にしなければいけないし、子どもたちからプレゼントをもらってもいけない。単純にお子さんをたくさん呼びたいならそれでいいですけど、ショーを開催して人を集めるにも目的がありますよね。たとえば地産地消フェアで人を集めたい場合、弊社がご当地ヒーローやゆるキャラをキャスティングして、地域の農産物のことをヒアリングしたうえで設定やセリフに組み込んでいきます」

 地産地消フェアであれば、たとえば怪人が「ハンバーガーこそすべて!」と言って登場する。それに対し、ご当地ヒーローが「地元のものはこんなに美味しいぞ!」と言って戦うのだ。また、田舎町の活性化イベントであれば、怪人が「もっと市内に人を寄せてやる!」と悪態をつき、ヒーローがそれを阻止するというふうにショーを構成していく。

「街の観光PRのイベントでゆるキャラを主役に立てる場合、ゆるキャラは戦えないですよね。そういうときは街の情報を調べまくって、祭りで綱引きをしていることがわかったら、ゆるキャラと怪人が綱引きをして、怪人が負けるわけです。弊社は悪役専門として一応は世界観を持っていますが、設定はイベントの目的に合わせます。悪役はあくまで前振りなので、PRしたいことの逆をやるということが基本です。『泣いた赤鬼ビジネス』とよく言われますね(笑)」

 これまで、ヒーローショーの悪役に特化したサービスはなかった。さらに言うと、ヒーローと悪役さえいればショーが成り立つというものでもなく、音響設備や照明設備も必要になるし、ショーの台本やアクションの殺陣も必要になる。悪の秘密結社はこれらすべてを引き受ける会社なのである。

「全国各地に必ずゆるキャラがいますけど、たとえ着ぐるみがあって、ショーをやろうとしても、ノウハウがなければできないですよね。着ぐるみは前が見えないし、基本的にしゃべらないので、隣に絶対にアテンドが必要なんです。たとえば司会のお兄さんお姉さんがいて、『みんなでバイバイしましょう。せーの!』と言ってゆるキャラが帰っていくというふうにしないといけない。ショーは形式美みたいなところがあるので、そうしたノウハウを弊社が提供しています」

ヒーローショーのアルバイトを始めたところ、2千人の子供たちから注目を浴びる快感を知り、いつしか夢中になっていた

 笹井氏は経営者として事業を執り行う一方で、自らも率先してステージに立ち、さらにはショーのシナリオを書いたり、悪役の笑い声を録音したりといった下準備も行う。そのため一日も休まず仕事をしているそうだ。このユニークな事業を思いついた経緯も興味深いが、そもそもなぜ彼はそこまでヒーローショーに入れ込むようになったのか?

「子供の頃は実はそれほどヒーローに興味がなかったんです。私がヒーローを好きになったのは中2のときで、『仮面ライダー響鬼』にハマりました。普通はヒーローなんてダセえよ……って言ってる年齢ですよね(笑)。母子家庭の少年を仮面ライダー響鬼が見守るというストーリーなんですが、私も母子家庭で父親がいなかったので、響鬼をお父さんのように思って見ていました。お小遣いを全部ライダーグッズに使うというライダーオタクでしたね」

 福岡で少年時代を過ごした笹井氏だったが、母親の再婚のため高校2年生のときに大阪に引っ越すことになった。このときヒーローショーとの決定的な出会いがあったのだ。

「アルバイトをしようと思って求人誌を開いたら、そこに『ヒーローをやってみませんか?』という募集があったんです。いきなりヒーローをやらせてもらえるわけがない、と思ったんですけど、面接で『今週末からブルー役でよろしく』と言われまして、事前に一回だけ練習してステージに立ったんですよね。そのアルバイトは日給6千円で、月水金と3日間の練習があるんですけど、その分のお金は出なくて交通費もゼロ。計算してみると、時給100円以下なんです。好きじゃないとやってられない世界でしたね」

 当時、アクターは笹井氏のようなヒーローオタクはむしろ少数派で、体育会系の縦社会のつながりでやっている人が多かったという。

「私はヒーローが好きだったので必死でやってましたけど、他のアクターはそうでもなかったので、かなり気持ち悪がられましたね(苦笑)。でも、アクションがそんなにできなかったので毎日怒られて、どんどん演じているヒーローが嫌いになっていきました。しまいにはその作品がどうしても見れなくなるほどでした。だけど、ヒーローショー自体は面白い。それでライダーオタクからヒーローショーオタクに切り替わったんです」

 ヒーローショーに出演する醍醐味とは、どんなところにあるのだろう?

「ひとつは自分じゃない自分になれるという変身願望です。テレビヒーローのショーでは、テレビシリーズの放映が終わった後、ヒーロー役の俳優さんたちが全国を周るんですよね。本格的な劇場で開催されるヒーローショーなので、2千人くらいの動員力があるんです。たまたま私は大きな代理店に所属していたので、アクションが下手でもそうした大きな舞台に出ることができた。そのときは怪人役だったんですけど、みんなでピンチになったヒーローを応援する場面があって、そのとき生まれて初めて2千人が一斉に『がんばれー!』と叫ぶのを聴いて感動したんです」

 まだ何者でもない10代の若者が、2千人の子供たちから一斉に声援を浴びるなんて、たしかに普通に生きていると得られない経験だ。

「変身願望ともかぶるんですけど、もうひとつは本当の心を感じられることです。たまにヒーロー役をやらせてもらえることがあって、ショーの最中に私を本当のヒーローだと思って熱狂している子を覚えていたりするんですよね。握手会の後、衣装を脱いで帰るとき、その子を見つけるわけですけど、向こうはまったく気づかない。そのギャップがたまらないんです。大人になると、『すごいですね』と言っても本心じゃなかったりするじゃないですか。だけど、子供たちが『すごい!』と言うときは心の底から100%そう思っていて、その瞬間の彼らの100%の気持ちをすべて自分が持っていってる。この快感を味わったがために抜けられない人も多いんです。平日はサラリーマンをやっていて、土日だけOBとして出演される方も多いみたいです」

 しかし、仕事として考えるとやはり労働条件は厳しく、逃げるように辞めていった先輩アクターも多かったという。笹井氏にしても2年半に渡って続けたヒーローショーだったが、高校を卒業して浪人中の身となり、将来を考えざるをえなかった。

「一応は浪人中ということになっていましたけど、ヒーローショーをしていたので勉強もしていなくて、身の振り方をどうにかしないといけないという状況でした。浪人なのに勉強していなかったので当然なんですが……家族との仲が悪くなり、急遽、福岡に一人で戻ることになり、辞める理由ができたんです。辞めることを伝えたときも、リーダーから『オレの家に住んで続けろ』と言われました。本当にうれしかったですし、今でも交友がありますけど、このとき一度辞めて、ヒーローから距離をとれたことが、今の業態を生み出すきっかけになりました」

ご当地ヒーローとゆるキャラは大勢いるけど、悪役専門は誰もやっていないブルーオーシャンかもしれない

 福岡に戻った笹井氏は、大学には進学せず、時計専門店でアルバイトを始めた。全国で250店舗ほども展開する大手チェーン店で、個人売上のトップ10に入ると高額のインセンティブが付くこともあり、笹井氏はがむしゃらに仕事に打ち込み、全国2位になった。そして、二十歳の若さで店長になるのだ。しかし、かつての高校の同級生たちが就職する年齢になり、銀行や大手商社など有名企業に行くのをうらやましく思った笹井氏は、時計専門店を辞め、就職活動を始めた。高卒だったせいか、30社も落ち続けたそうだが、どうにか広告代理店に転職することができた。

「その広告代理店は、行政の広報誌の広告枠を売るベンチャーでした。福岡だけでなく、全国で展開していたのですが、完全にテレアポの会社で、毎日50本電話して、出張には行かず電話だけで契約を取れっていう仕事でしたね。その会社は新卒至上主義みたいなところがあったので、負けたくないと思って仕事をがんばりました。前職で接客業をしていたこともあって、わりと成績は良かったと思います。それで24歳で課長、26歳で営業次長になって、大きな顔もできるようになったんです」

 実はこのときもまだヒーローショーへの思いがくすぶり続けていたという。

「時計専門店では段ボールでウォッチマンというのを作って、店長の権限で勝手にやってました。お子さん連れが多い大型商業施設だったので、『ウォッチマンに電池交換してもらおう』みたいな感じで、けっこう反響は良かったです。広告代理店のときも営業次長になって部下が80人くらいいたので、忘年会や結婚式で新卒社員に殺陣のアクションを教えてヒーローショーをやっていたんですよ。たとえばエビ料理が出る店だったら、エビマンというのを作ったりして(笑)。キツくて辞めたはずのヒーローショーでしたけど、結局、自分はヒーローショーが好きなんだなって思いましたね」

 会社は業績を伸ばし、上場も目前だった。しかし、笹井氏は管理職になってから、どこか物足りなさを感じていたという。

「風呂に入るとき、ふと50歳になっても『オレはヒーローショー好きやもんね』と言ってる自分を想像してしまったんです。50歳にもなると、そんなに動けないだろうし、ずっと好き好き言ってるけど、結局やってない自分は、すごいダサいなって……。よく学校や親って『やりたいことを見つけましょう』と言いますよね。この言葉を自分なりに入れ替えたら、『やりたい〇〇をやってない自分の人生に価値はない』でした。そして、その〇〇はヒーローショーでした。そう考えた次の日には、会社に退職の意向を伝えていました」

 このときは漠然と「ヒーローショーをやりたい」という思いがあっただけで、悪役に特化するつもりもなかった。悪役に目を向けたきっかけとは?

「あるときご当地ヒーローとゆるキャラのマトリックスを作っていたんです。ネイガ―キタキュウマンといった人気のあるヒーローは、造形の完成度が高くてカッコイイという分類で、ふなっしーは奇声を発するタブー型等、自分なりの分類を構成してマトリックスを埋めていたんです。その紙を見ながら、自分はどうすべきかを悩みながら、ぱっと紙を裏返したんです。表にはびっしり正義が書かれ、裏、つまり正義の反対側は真っ白で誰もいないマトリックスがありました。これはブルーオーシャンだ!ってそこで気づきました(笑)」

 こうして笹井氏は、ヒーローショーに悪役を派遣する事業を思いつき、日本政策金融公庫から500万円の融資を受けて起業する。かなり特殊でユニークな事業計画だから、さぞかし苦戦しただろうと思って聞いてみたところ、ヒーローショーの経験があることと、前職で店長と営業次長を務めていたことが功を奏し、わりとすんなり融資が受けられたようだ。

「融資のお金は運転資金として考えていました。自分で衣装を作れば、それほどお金もかからないので、最初は自分で粘土造形をしてヤバイ仮面の前身となる衣装を作ったんです。起業後、半年くらいは意味不明なことばかりしていて、体を鍛え直そうと思って走ったりしていましたね。意欲だけが空回りしていて、どこに向かっていいかわからないから、とりあえず走ってたっていう(苦笑)。でも、そんなことをしている場合じゃなかった……。そのときの自分はアクターをやろうとしていて、経営のことは何も考えていなかった。私が本当にやらなければいけないことは、コンテンツを作って成長させることだったんです」

 このことに気づいた笹井氏は、日本政策金融公庫から追加融資を受け、老舗の造形会社に頼んで本格的にヤバイ仮面の衣装を作ることにした。ようやく商材ができたことで営業をかけるようになったが、創業1年目はほぼ仕事がゼロだったという。

「初年度の終わりに通帳残高が70万円を切って、来月で終わりか……と思いかけたとき、ヤバイ仮面がネットで話題になりはじめたんです。商業施設とスポンサーになってくれそうな企業に営業を回って、2期目からヒーローショーの仕事が入るようになりました。今では年間200本以上の仕事になり、私を入れて社員6名と、アクターが40人くらいいます。ようやく体制が整ってきて、ヤバイ仮面も4体になり、それぞれ別班で動けるようにしています」

 地元の福岡が大半を占めるが、大阪や名古屋、神奈川など全国各地でショーを行うようになった。全国的な知名度となったきっかけとして、2018年1月に放映された『ガイアの夜明け』で紹介されたことが大きかったようだ。放映の翌日にはスクウェア・エニックスのプロデューサーから連絡があり、ヤバイ仮面がゲームに登場することが決まった。放映後は仕事の依頼も2倍以上に増えたという。これも「悪の秘密結社」というメディア戦略の賜物だろう。

「自分がヒーローショーをやりたいから起業したわけですけど、法人としてやっている以上、一番やらなければいけないことは、利益を生み出すことです。それがスタッフに還元されて、少しでも地域のためになるはずだと思っています。そのためにもお金が厳しいときから業界でもっとも高い水準のギャラをアクターの方にお渡ししていましたし、労災も降りるようにしています。また、コンテンツ名と社名が同じであることが弊社の一番ユニークな点で、会社が利益を出せば出すほど、コンテンツである怪人たちが有名になることになる。面白い軸なので、今後もどんどん混同させていきたいですね。いつか悪の秘密結社が上場して、怪人たちが上場セレモニーの鐘をめちゃくちゃ本気でブン殴るのを見たくて仕方がないです(笑)」

笹井浩生氏を知る3つのポイント

座右の銘「狼は狼、羊は羊」

「私は根がマジメなので、ヒーローショーのアルバイトのときに1回目から全部レポートを取っていました。あるとき一番えらい先輩に指導を仰ぎにいったら、『狼と羊がいるけど、オレは生まれたときから狼だったから上手いんだ。おまえは羊だから狼には一生なれない』と言われたんです。要は才能だというわけですよね。その言葉を受けて、最初はめちゃくちゃへこみました……。でも、ショーは好きだからどうしてもやりたい。ヒーローショーをやっている人はメルヘンという女の子向けのキャラクターショーをバカにする方が多かったんですけど、私はアクションができないなら、羊として自分ができることに全力を尽くそうと思って、ショーの台詞をすべて覚えて芝居でがんばり、自分の立場を作ることができました。悪役専門にしているのも同じ理由で、『人がやらず、自分にできること』を探すようにしています」

ヒーロー役より悪役が好き

「以前に人が足りなくてヒーロー役を頼まれたことがあるんです。しかもセンターに立つことになって、ガタガタ震えましたね(笑)。ヒーローは完璧じゃないといけないので、自分には荷が重すぎる。なぜならヒーローは減点法で悪役は加点法だからです。ヒーローがこけると『ヒーローなのに……』と言われますけど、悪役がこけても『間抜けだな』で済んでしまう。しかもヒーローより悪役の方が出番が多いですから。ヌハハハハという怪人の笑い声からショーが始まって、怪人が自己紹介をして世界観を説明する。そこへヒーローが登場してアクションがあり、怪人が捨て台詞を残して一旦はける。再び怪人が作戦会議をしてヒーローに挑む――というふうに最初から最後までほとんど怪人が出ているんですよね。悪役がいないと、ヒーローも自分の活動理念を話せない。やっぱり自分は悪役に徹するのが好きです」

ヒーローとは?

「会社の理念として『誰でも誰かのヒーローである』を掲げています。私はお父さんがいませんでしたけど、子供にとってはお父さんがヒーローであるべきだし、仕事でミスをしたときに助けてくれた同僚や上司がヒーローかもしれない。そんなふうに絶対に誰でも誰かのヒーローなんですよね。それを体現するのがヒーローショーだと思っていて、日常生活で実感しづらいものを我々は提供していくべきだと考えています。社長のヤバイ仮面も同じことをおっしゃってます(笑)」

取材・写真・文●大寺 明


株式会社 悪の秘密結社

株式会社
悪の秘密結社

悪の秘密結社と名付けてしまった以上、
マジの悪いことができません。
弁護士・税理士・社会保険労務士と顧問経営チームを結成し、
徹底した危機管理・法令順守を目指しております。

目標はヤバイ仮面社長曰く、上場(マザーズでいい)。
人間スタッフはそれ以上の未来と、目の前のお客様と、
キャラクターのサポートを目指し邁進しております。

悪の秘密結社が戦いを挑むヒーローショーの開催や
エリアヒーロー・ゆるキャラのイベント運営・プロモーションなど、
キャラクターショーのプロフェッショナルである弊社がサポートします。