『全員経営―自律分散イノベーション企業 成功の本質』要約まとめ

テクノロジーの進歩により、世の中の動きが指数関数的に速くなっています。こうした時代状況において、トップダウンの経営手法が通用しなくなりつつあるのが現状。実際、かつては安泰だと思われていた日本を代表する大手メーカーが次々と経営危機に陥っています。刻々と変化する市場に対して、一部の経営陣だけの判断ではとても対応しきれない……。この新たな状況を乗り切るために有効とされるのが、フラットな組織づくりです。従業員全員が経営に関わる意識を持ち、自律的に判断・行動する「全員経営」とは?

 市場の変化がますます加速し、複雑化している。これまでの企業の戦い方は、戦力の大きさで競合相手を圧倒する消耗戦だったが、不確実性が増した情報化時代においては、従業員一人ひとりがCEOと同じように自律的に判断・行動する機動戦になっているという。これを実践する企業のあり方を本書では「全員経営」と呼ぶ。

 しかし、企業の多くが依然、ピラミッド型の官僚的な組織構造をとっているのが現状だ。上からの指示に従い、効率的に分業化を進めるには適しているが、機動戦においては不向き。むしろ求められるのは、企業理念やビジョンを共有した上で、全体と部分が相似形を成す「フラクタル」な組織構造だという。

 本書のタイトルの由来になっているのが、「経営の神様」と称された松下幸之助が徹してきたという「衆知を集めた全員経営」である。「衆知」とは「多くの人々の知恵」ということ。松下幸之助は社員の知恵を集めて経営してくとともに、部下に仕事を任せて自主性を生かすようにした。この「全員経営」の仕組みが今なお有効であることを実証してみせた代表例が、経営破たんしたJALの再建を託された稲盛和夫の経営手法である。

 着任早々、稲盛はJALの幹部50人を対象に「リーダー教育」を開始。企業経営には損得以前に「人間として何が正しいかで判断することが大切」だとする自らの「フィロソフィ」を徹底して教えていった。その後、幹部たちは40項目からなる「JALフィロソフィ」を策定し、全社員に配布。これが全社的なサービスの向上につながっていく。

 こうして全社員の意識改革を行なった上で、稲盛は「アメーバ経営」を導入。これは組織を小集団に分け、それぞれ独立採算制で運営する組織体制だ。収支の数字をすべてオープンにして「見える化」したことで、全社あげての経費削減につながったこともあり、JALは1884億円という過去最高益を達成し、見事にV字回復を果たした。

 同様にフラクタルな組織構造の例としてあげられるのがヤマト運輸である。1976年に宅急便を始めた当初から、セールスドライバーの少人数グループ制をとり、自分たちで判断し、行動するように権限移譲を行なってきた。この自律性が現場で顧客の「困りごと」を見つけ、それを解決しようとする発想につながり、高齢者の生活支援サービス「まごころ宅急便」という新たなビジネスモデルが生まれた。現場からイノベーションが起きた好例といえるだろう。

 機動戦において、刻々と変わる現場の状況に応じて先手を打つには、従業員一人ひとりが「実践知」を持った自律分散型のリーダー人材でなければならない。電気自動車メーカーのベンチャー企業・テラモーターズでは、MBA的な市場分析は否定され、現場で得られた直感的な状況判断と情勢判断が重視される。その上で、マクロな視点から新たな展開を構想していくのだ。

 自治津分散型リーダー人材を育成するには、質の高い経験が求められる。テラモーターズでは入社早々の社員を単身海外に派遣するなど、あえて修羅場を体験させることで人材を育成している。同時に創業者自らがアジア各国を飛び回り、社員の手本となっているのだ。「スピードこそ最大の経営資源」と考え、大企業にはできない「知的機動力経営」を実践する。これこそが変化の激しいアジア市場で急成長を遂げた秘訣だ。

 一人ひとりが発揮する「実践知」は本来、マニュアル化できない。そこで経験至上主義を重視して90年代に急成長を遂げたのが、「無印良品」を展開する良品計画だった。各店舗の店長が独自のやり方をするという組織体制だが、時を経るうちにこれが逆に弊害となった。100人店長がいると100通りのやり方が生まれることになり、全体に仕事のやり方が共有されなくなっていたのだ。その結果、2001年には38億円もの赤字を計上し、どん底に陥った。

 新社長に就任した松井忠三は、あえて経験至上主義を排し、すべての店舗業務を仕組み化することで、組織風土の改革を試みた。経験至上主義の弊害に個人に仕事がつくことがある。各現場に生き地引き的な人が多くなり、引き継ぎも人事異動も容易ではなくなっていた。そこで、業務をマニュアル化することで引き継ぎと人事異動をスムーズに行えるようにした。適材適所や人材育成など、全体最適を優先したのだ。その結果、良品計画は見事なV字回復を果たした。

 このほか、現場に人事権を移すことで混成チームの開発プロジェクトを推進し、軽自動車で最高水準の低燃費車の開発に成功したダイハツの事例や、社員の幸せを追求する「いい会社」を作ることを企業理念とし、創業以来48年連続で増収増益を達成した寒天メーカー伊那食品工業の事例など、さまざまな「全員経営」の好例が紹介される。

 これらの企業に共通することは、本書のテーマである全体と個人が相似形を形成するフラクタル構造にある。社員一人ひとりが自律的に判断・行動し、経営側は自社の利益追求以上に社員の自己実現欲求を重視し、結果として利益を得ている。ひと言でいうと「いい会社」ということになるだろう。

 本書で紹介される「全員経営」の成功例は、一見、型破りに見えるが、実はもともと日本に根付いていた経営哲学にも近い。アングロサクソン型経営の限界が露呈しつつある今、むしろ普遍的な意味合いを持つだろう。

『全員経営』3つのポイント

経営の「フィロソフィ(哲学)」を全員が共有する

●それに沿って、従業員一人ひとりが自律的に判断・行動する

●全体と個人が相似形を成す「フラクタルな組織構造」をつくる

文●大寺 明