『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』要約まとめ

大東亜戦争で日本は惨敗を喫しました。戦後の研究では、国力に大差があり、最初から勝てる見込みがなかったことが明らかになりましたが、それなりの戦い方があったはず。しかし実際は、同じ失敗が繰り返され、組織的な欠陥が露呈するばかり……。これを現代の企業の反面教師として活かそうというのが本書の試み。1991年に出版されながら、いまだにビジネス書ランキングの上位に入る本書から、日本的組織の問題点を考えてみます。

 本書は日本軍の失敗例として6つのケースを分析することで、現代の組織における教訓や反面教師として活用しようとする。まず「ノモンハン事件」では、大兵力、大火力、大物量主義をとるソ連軍に対し、日本軍は敵情の測定を誤り、いたずらに兵力を使用した。また、中央と現地とのコミュニケーションが機能せず、意見が対立すると、常に意気の荒い積極策が慎重論を押し切り、上司もそれを許した。こうした日本軍の組織的欠陥が、その後の大東亜戦争でも繰り返されたのだ。

「ミッドウェー作戦」では、日本海軍が兵力量と練度において米太平洋艦隊を上回りながら、その優位性を発揮できなかった。米空母軍の誘出撃滅という作戦目的が共有されず、矛盾した艦隊編成をとったばかりか、ミッドウェー付近に米空母が存在しないという先入観にとらわれ、奇襲のタイミングを失した。不測の事態が生じたとき、日本軍は瞬時に適切な対応をとることができなかったのだ。

「ガダルカナル作戦」でも、あいかわらず情報の貧困や兵力の逐次投入といった問題があったばかりか、米軍が水陸両用作戦を開発したのに対し、日本軍はまったくそれを予測できず、水陸両用作戦についてほとんど研究していなかった。作戦司令部は情報力や科学的思考方法を軽視し、机上のプランを練るばかりだった。それでも戦闘部隊の練達した戦闘力によって、かなりの程度まで命令が遂行された。もし、このときの戦闘経験が次の作戦に反映されるシステムがあれば、次の対応策がとられただろう。しかし、大本営のエリートは作戦変更を拒否し、そのため全軍突撃という戦術だけが墨守された。

「インパール作戦」では不必要な作戦を敢行した。戦局が悪化したことによるビルマ防衛のための作戦だったが、日本はすでに敗色が濃厚になり、衰えつつある国力から見て、戦局全体にとって必要かつ可能な作戦だったとは思えない。この杜撰な作戦計画が承認された背景には、人間関係を過度に重視する情緒主義や、強烈な使命感を抱く個人の突出を許すシステムが存在した。

「レイテ海戦」では戦力面で日本軍の劣勢が明白であったことから、起死回生を狙った精緻な作戦が練られた。しかし、作戦の立案者と遂行者の間に戦略目的の認識において不一致があった。戦艦部隊はその任務を十分に把握しないまま作戦に突入し、統一指揮不在のまま作戦は失敗に帰した。そして、最後の主要作戦となった「沖縄戦」でもあいかわらず作戦計画は曖昧だった。米軍の本土上陸を引き延ばすための戦略的持久か航空決戦かの間を揺れ動いたのだ。

 軍隊という大規模な組織は、明確な方向性を欠いたまま指揮すれば必ず失敗する。日本軍には戦争全体をできるだけ有利なうちに終結させるといったグランド・デザインが欠如し、長期的展望もないまま戦争に突入していたのだ。その結果、短期決戦志向の戦略となり、防衛、情報、諜報は軽視され、兵力の補充や補給は後回しとなった。

 戦略作成については、日本軍は帰納的、米軍は演繹的と特徴づけることができる。ただし、事実から法則を分析するといった本来の帰納法ではなく、現実の状況に対して場当たり的に対応するといった思考方法だった。戦闘結果に対するフィードバックが頻繁に行われていれば、不確実な状況下において有効な思考方法だったが、実際は組織のなかに論理的な議論ができる制度と風土はなかった。作戦パターンが進化することもなく、必勝の信念のもと猛訓練による兵員の練度が追求されるばかりだった。

 組織構造としては、対人関係をもっとも重視する「日本的集団主義」とでもいった組織構造が失敗の要因となった。合理的な選択よりも組織メンバー間の「間柄」に対する配慮が重んじられたのだ。そのため意思決定が遅れ、不利な事態を招いた。しかも日本軍は結果よりもリーダーの意図ややる気を評価した。この評価の曖昧さが組織学習を阻害し、論理よりも声の大きな者が突出する事態を許容したのだ。

 いわば日本軍は、自らの戦略と組織を環境にマッチさせることに失敗した。逆説的にいうと、「日本軍は環境に適応しすぎて失敗した」ともいえる。継続的に環境に適応していくためには、自己革新組織(セルフ・オーガニゼーション)である必要がある。そのためには組織内にたえず変異、緊張、危機感を発生させ、不均衡な状態にしておかなければならない。しかし、硬直化した官僚制はあらゆる異端や偶然の要素を徹底的に排除してしまったのだ。

 こうした失敗の要因に対し、米軍はほぼすべての面で日本軍とは正反対だったといえるだろう。この違いは戦後の企業にも表れている。論理的・演繹的な米国企業の戦略策定に対し、日本は帰納的戦略策定を得意とする。これはゆるやかに変化している状況では、ひとつのアイデアを洗練させていくのに適しているが、急激な構造変化への適応は難しく、大きなブレイク・スルーを生み出すには適さないのだ。高度情報化や生産拠点のグローバル化といった予測のつかない構造変化が起きている今日、これまでの成長期に適応してきた戦略や組織は、変革される必要があるだろう。

『失敗の本質』3つのポイント

●長期的展望を持って戦略を明確にし、現場と共有する

●現場の経験をフィードバックして、論理的に次の戦略をたてる

●不均衡な「自己革新組織」を作ることで、環境の変化に対応する

文●大寺 明