『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』要約まとめ

ブッダの教えとは、実は最新の心理学や哲学にも通じる極めて合理的な思考法だった。将来の不安や人間関係のストレスなど、2500年以上も前から悩みを解消するメソッドを教えていたのだ。それは、自身の心を理解することから始まる。悩みが生じるプロセスもその解決法も古代から何も変わってないのかもしれない。現代人にこそ必要なヒントがあふれている。

 将来の不安や人間関係のストレス……。生きていると悩みはつきないものだが、あらゆる悩みは「心の反応」から始まっているものだという。そこで、“ムダな反応をしない”ことが悩みの根本的な解消になるというのが本書のテーマだ。

 この考えは著者が考案したものではなく、2500年以上も前にブッダが説いた悩み解消法である。

 ブッダの教えの基本は、「悩み」を「理解する」ことから始まる。まず悩みの正体(原因)は何だろう?と考えてみよう。たとえば職場や家族など周りの人にイラッとすることが増えてストレスが溜まっているとしよう。それは、周囲の人に不満や物足りなさを感じているからではないだろうか?

 そこからさらに遡って真の理由を考えてみたとき、ブッダは次のように言う。
「苦しみをもたらしているものは、快(喜び)を求めてやまない〝求める心〟なのだ」と。

 この“求める心”には、「生存欲・睡眠欲・食欲・性欲・怠惰欲・感楽欲(音や視覚による快楽)・承認欲」といった7つの欲がある。これが満たされれば人は“快”を感じ、満たされなければ不満が生じる。基本的に人の心は「快/不快」の二者択一なのだ。人間の心とは際限なく「求め続けるもの」であり、これにいちいち反応することが、本書のいう“ムダな反応”である。

 特に現代人にとって切実なテーマになるのが「承認欲」だ。人に認められたいという欲求から、他者の目ばかり意識するようになり、嫉妬や劣等感に苛まれてしまう。こうした悩みに対しては「認めてほしい」という欲が自分にあることを理解してみよう。そもそも、あの人(家族や世間)に認められたから一体何だというのだ?と超クールに考えることもできるはずだ。

 心の状態を見る具体的な方法としては、「言葉で確認する」といい。「疲れを感じているな」「イライラしているな」と言葉にすることで、心の状態にラベルを貼って理解してしまうのだ。その際、目をつむって確認するとより心が落ちつくそうだ。人がなぜいつまでも悩みから抜け出せないかというと、自分の心が見えないから。まずはニュートラルな目で自分の心を理解するように努めよう。

 悩みの元に主観的な「判断」がある場合がある。物事の良し悪しや正誤を判断すると、わかった気になって気分がいい。しかし、裏を返すとそれは、「決めつけ、思い込み、一方的な期待・欲求」であったりする。仏教的にはそれも一種の「執着」なのだ。

 世間に溢れる情報から、「こうでなければいけない」と判断していたとしても、結局それは自分の頭の中にしかないことで、つまりは「妄想」にすぎない。逆説的に言うと、仏教が目指す「正しい理解」とは、「正しいと判断しない」理解である。そのためにもまず自分が判断していることに気づき、「人は人、自分は自分」と明確な境界線を引くことがブッダの教えのポイントになる。

 では、相手が怒りの感情をぶつけてきた場合はどうだろう?そこでカッとなって言い返すと、自分も同じ反応をすることになる。こうしたとき、ブッダは「正しさ」とは人それぞれ違うものだと理解した。相手の言い分を否定するわけでもなければ、自分のほうが正しいと相手を説得するわけでもない。「あなたにとってはそれが正しいのですね」と理解するのみ。「反応しないことが最高の勝利」という合理的態度をとったのだ。

 相手の感情に反応しないためのコツとして、「心の半分を前に、もう半分を後ろに使う」ことをイメージするといい。「前」は相手を理解することに向け、「後ろ」は自分の心の反応を見るように意識する。何かに接すれば、心が動き続けるのは当然のこと。その動き続ける心を見張ることで、それ以上の反応を止めるように働きかけるのだ。

 困った相手との関わり方としては、過去を引きずらないことが大切。過去をいつまでも覚えていると、「またか」という反応になって新しい怒りを誘発しかねない。しかし、自分を振り返ってみても明らかだが、人間は常に何かを考え、ころころ考えが変わっていくもの。それは他の人も同じだ。過去の出来事から相手を判断しようとすることは、自分の記憶に反応しているということであり、それも一種の「妄想」で際限がない。それよりも「相手と理解し合う」ことを最終ゴールにしよう。

 宗教をはじめとする精神世界と、仏教(ブディズム)の最大の違いは、「妄想に意味を見るか」だという。仏教を前世や死後の世界を説くものと誤解している人も多いが、ブッダは一切そんなことは説かなかった。その理由として、「確かめようのないこと」を追いかけても意味はなく、苦しみを解くのに役に立たないと述べている。

 ブッダの教えとは、辛い現実を変えることでもなければ闘うことでもない。せめて苦しみを増やさず、「納得できる」生き方をしようとする合理的な思考法を説いた。この「納得」も主観的なものだから、自分で「よし」と思えればそれでいい。人に翻弄されがちな競争社会の時代だからこそ、いにしえの賢者の教えに耳を傾け、自身の心と静かに向き合ってみてはいかがだろう。

『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』
 3つのポイント

●あらゆる悩みは“心の反応”から始まっている

●“求める心”が満たされなさを生み、悩みの元になる

●「人は人、自分は自分」と考える

文●大寺 明