『たった一人の熱狂 仕事と人生に効く51の言葉』要約まとめ

1993年創業の後発の出版社でありながら、ヒット作を連発する幻冬舎。創業者の見城徹氏は、出版界きっての名編集者として知られ、経営者としても並外れた手腕を発揮。その秘訣は「圧倒的努力」のみ。言い訳は一切せず、「憂鬱でなければ仕事じゃない」とまで言い切ります。本書はSNSアプリ『755』で見城氏が正面から答えたメッセージをもとに、仕事の考え方や人生哲学を51項目に渡って炙り出していきます。その熱量たるや!

 幻冬舎の創業者・見城徹氏は、タイトルどおり編集という仕事に熱狂的に打ち込んできた。まさしく彼にとって編集者は「天職」ともいえるものだが、「そもそも編集者の仕事しか逃げ場がなかった」という。

 少年時代は感受性が人一倍強く、絶望的な孤独を抱えていた。本だけが唯一の友だちだったという。高校時代になって人と関われるようになってからも五味川純平の『人間の条件』や高橋和巳の左翼的な文学、吉本隆明の詩集を読みふけり、「見城徹」という人格が形成されていった。見城氏にとって読書は人生そのものであり、編集者という仕事は人生を捧げるに相応しい仕事だったのだ。

 大学卒業後は廣済堂出版に入り、入社1年目で『公文式算数の秘密』が30万部超えの大ヒットとなる。その後、角川書店(現KADOKAWA)に入り、『野生時代』の編集者として石原慎太郎、中上健次、村上龍、つかこうへいといった名だたる作家の原稿をバンバン取っていった。いずれも角川書店と縁がなかった作家だったが、無謀を承知で熱意をもって口説き落としたのだ。自分にしかできないことに取り組み、結果を出す。そうすることで仕事は自然と面白くなっていくものだという。

「ベストセラーの裏に見城あり」と言われるまでになったわけだが、無論これだけの結果を出すには、朝から晩まで仕事について考え抜き、人知れず圧倒的努力を積み重ねてきた。そして、この世には二種類の人間しかいないという。圧倒的努力を続ける人と、途中で努力を放棄する人だ。

 仕事に関しては「成功」という結果が出ない努力に意味はないと言い切る。出版業界には「たとえ売れなくても、後世に残る良い本を作る」という精神論を振りかざすきらいがある。しかし、見城氏は若い頃からそうした言い訳を一切やらないと決めてきた。株の本であろうがヘアヌード写真集であろうが、売れる本は無条件で尊敬すべきだというのだ。大衆が抱える無意識の欲求や欲望をつかみ取った本だからこそ、多くの読者に支持されたと考えるのである。

 たとえ芥川賞や直木賞を受賞しても、本が売れなければ賞に意味などないとまで言う。この世界で生きるからには、いくら利益を上げたかという結果を曖昧にしてはいけない。けして大衆は愚かではない。愚かなのは数字を曖昧にして自分の敗北を認めない表現者や出版社だという。

 出版界には「10万部の壁」というものがある。この壁を超えるヒットを1回でも出せた編集者は、それから何度でも10万部の本を作れるものだという。ひとたび成功体験を得ると、壁を突破するための方程式が見え、それが肉体化するのだ。「職場でやりたい仕事を担当させてもらえない」と不満を抱えている人がいたら、まず今任されている仕事で圧倒的な結果を出すべき。そうすれば自ずとやりたい仕事が向こうから舞い込んでくるはずだ。

 見城氏が角川書店を退職した理由は、師と仰ぐ角川春樹がコカイン疑惑により社長を追われたため。筋を通すために会社を辞め、1993年に幻冬舎を設立。翌年には五木寛之、村上龍、吉本ばなな、篠山紀信、北方謙三といったビックネームの単行本を一挙に6冊、初版合計33万5000部を出版。それに合わせて朝日新聞に「文芸元年。歴史はここから始まる――。」という1億円近い全面広告を出した。

 そして1997年には62作品、初版350万部で幻冬舎文庫を立ち上げ、1998年には郷ひろみの告白本『ダディ』を異例の初版50万部で刊行。はた目には幻冬舎の快進撃といった印象だが、いずれも一発で会社が倒産しかねない大博打である。オーソドックスな無難な勝負をしても、無難な結果しか得られない。無知で無謀だったからこそ、不可能を可能にできたのだと振り返る。

 しかし、実のところ眠れない日々が続いた。一見、剛腕経営者といったイメージの見城氏だが、人一倍繊細な感性を持ち、誰よりも責任感が強い人物だ。幻冬舎を立ち上げてからずっと鉄板の上で火あぶりにされるようなジリジリした緊張にさらされ続けてきたという。サラリーマン編集者であれば、自分が担当した本が売れなかったとしても、失うものは出世くらい。経営者が感じている特殊なプレッシャーが解るわけもない。だからこそ、圧倒的努力と破産する覚悟を持てない者は起業すべきではないと釘を刺す。

 極論を言うと、起業家に理念など必要ないとまでいう。ビジネスの成功と失敗の分かれ目を測る基準は数字しかない。数字だけはごまかしがきかないのだ。ビジネスという戦場で結果を出してから、初めて理念を口にすべきだという。

「苦しくなければ努力じゃない」「憂鬱でなければ仕事じゃない」と見城氏は口を酸っぱくして言い続けてきた。苦しさと憂鬱に耐え抜き、精進を重ねて仕事をまっとうする。たとえ結果を出せたとしても、休むことなくすぐに新たな苦難に飛び込んでゆく。なぜここまで仕事に熱狂できるのか。その背後にはいつも虚しさが漂っている。見城氏にとって熱狂と虚しさは表裏の関係にあるだろう。

 人は誰もが生から死への一方通行を歩んでいる。どんなに成功や名声を手に入れたとしても、ゴールには必ず死が待つ。幼い頃から見城氏にはこうした死生観があった。この孤独と虚しさを紛らわせてくれるのが、見城氏にとっては自分にしかできない仕事だ。だからこそスリリングでエキサイティングな仕事を求め、独り熱狂するのだ。

『たった一人の熱狂』3つのポイント

●人知れず圧倒的努力を積み重ねた者だけが、成功を手にする

●ビジネスの成功と失敗を測る基準は「数字」しかない

●憂鬱でなければ仕事じゃない

文●大寺 明