『組織サバイバルの教科書 韓非子』要約まとめ

理想の「リーダー論」や「チーム論」が盛んに議論される昨今ですが、紀元前の古代中国でも「組織作り」は国が生き残るための最重要課題でした。なにしろ当時の中国は「春秋戦国時代」という数百年続いた戦乱の世。敵国に攻め入られる脅威だけでなく、家臣の裏切りや派閥争いが国の崩壊を招くことが当たり前のようにあった時代です。この過酷な状況をサバイバルしていくために、どういった組織作りをしていけばいいのか? そこで示された解決策が『論語』と『韓非子』という二つの対照的な方法論でした。

 日本は儒教の影響を強く受けてきた。家族を大切にし、目上の人を敬うという教え自体はいいものの、これが組織の体制になると、上からの命令が絶対的なものになり、合理性を欠いた精神論に陥りがちだ。普段それほど意識していなくとも、孔子の『論語』をベースとした価値観が無意識レベルで刷り込まれていると著者はいう。

 なぜ、孔子は人と人との信頼関係に重きを置いたのか。孔子が活躍した約2500年前は長きに渡って戦乱が続いたことで、上下の信頼関係は失われ、敵対関係がむき出しになっていた。まず「信頼」を優先しないと組織が存続できないと考えた孔子は、「よき家庭」をひな形とした組織を理想とした。

 家族のような固い絆で結ばれた組織を作るために、孔子は上に立つ人間の「徳」を説いた。為政者が尊敬に値する人格者であれば、法や賞罰に頼らずとも周囲の人が感化され、自然と「仁(愛を広げること)」を重んじる組織になると考えたのだ。

 こうした孔子の思想は大きな長所を持つ一方で、ぬぐいがたい短所を抱え込んでいた。それは冒頭に挙げた組織の問題点とも重なり合う。経営者の親族や派閥のボスが大きな権力を持ち、部下は何も言わずにそれに従うといった体制になりがちなのだ。しかも、そもそも「徳」は個人の資質によるもので後に続くとは限らない。

 これら『論語』的な組織の問題は、実は同時代にすでに意識されていた。それが本書のテーマとなる『韓非子』である。『論語』が人を信用することをベースにした「性善説」的な人間観だったのに対し、『韓非子』の人間観は「人は信用できないから、人を裏切らせない仕組みを作らないと、機能する組織など作れない」というもの。一見「生悪説」のようだが、「人は置かれた状況によって良くも悪くもなる」といった考え方であり、人の本性は「弱さ」にあるとする「性弱説」ともいうべきものだった。

『論語』と『韓非子』は見事なまでに対照的だ。孔子が「徳」や「信頼」といった精神論を説いたのに対し、韓非はルールや決まり事といった「法」を重視した。これを守らせるためには、違反したときに「厳罰」を与える必要がある。その際、どんなに偉い立場の人間も例外なく罰する公平性が大切だとした。

 もちろん「罰則」だけで人は動かない。韓非は人は利害で動くものだとして、「恩賞」と「名誉」を与えることも重視した。いわば部下を意のままに動かすためには、アメとムチが必要だということ。韓非のやろうとしたことを会社にたとえると、派閥争いに明け暮れ、赤字体質が染みついて倒産寸前まで至った会社を立て直すことにある。韓非の考えの前提は「信用できるのは結果だけ」であり、年功序列の日本型経営システムが行き詰まり、「成果主義」を導入しようとした経緯によく似ている。

 孔子の人を信頼して「成長」させていこうという考えは、人や組織の長い成長を考えたとき、必須のものだと著者は考えている。高度成長期以降の日本メーカーの技術的な優位性を支えたのは、まぎれもなく長期的な技術育成によるものだからだ。しかし、それが年功序列型の賃金体系になると、「仕事ができないのに高給取りの社員」や「みなし管理職」が増える結果を招いてしまう。これに対し、結果主義は一見シビアに見えるが、組織内部の上下の流動性を高め、出自や人種や性別など差別されてきた人材を救い上げる人にやさしい面もあるのだ。

 そして韓非は「法」を浸透させるためには、「勢」と「術」の二つが必要だと説いた。「勢」とは「軍事力、裁判権、財力、人事権、情報の有無、信賞必罰」といった相手を従わせるための権力の源泉を意味する。君主が気をつけなければいけないことは、この権限を部下に貸し与えてしまうこと。往々にして家臣たちは君主の「お気に入り」になることで権力を得ようとする。権力者と仲がいいというだけでも、周囲が顔色を伺ったり、取り入ろうとするようになり、それだけでも権力の源泉になりうるのだ。

 一方の「術」とは、君主の「好悪」に迎合して「お気に入り」になろうとする家臣の思惑をシャットアウトすることが基本。「好悪」だけでなく、「賢さ」や「知恵」といった手の内を隠し、あえて何を考えているかわからない人になり、その一方で自分は相手をしっかり観察して評価しようとするノウハウだ。

 ただし、『韓非子』が説く「法治」にも欠点はある。「信賞必罰」を原理としているため、物理的な限界を迎えやすいのだ。戦乱によって大勢の人が亡くなると、土地が余り、「賞」で人を操る仕組みも機能しやすい。しかし、平和がある程度続くと土地の余りがなくなり、「賞」が与えることが難しくなる。

 つまりパイが拡大しているときに有効な方法であり、日本の企業が成果主義の導入に失敗したのは、そもそもの目的が年功序列型賃金で高騰した人件費の削減にあり、最初から「賞」の余裕などなかったからだ。『韓非子』にも『論語』にも長所と短所があり、組織の段階によってうまく使い分けていくべきだろう。

『韓非子』に書かれていることは、権力者が人を意のままに操るためのノウハウだが、これを知ることで理不尽な権力から身を守り、組織のなかで自由のかけらを手に入れる手段にしてほしい。

『組織サバイバルの教科書 韓非子』3つのポイント

●人を信頼するより、人を裏切らせないための法(ルール)を作る

●「罰則」だけで人は動かない。「恩賞」と「名誉」を与えること

●派閥争いをやめ、結果重視で「機能する組織」を作る

文●大寺 明