『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』要約まとめ

本や雑誌のライバルというと、テレビやインターネットが真っ先に思い浮かびます。しかし、「ちょっと時間を潰したい」というとき、SNSやスマホゲームなど実は様々なコンテンツが競合になっている。ベストセラー『イノベーションのジレンマ』の著者が提唱する「ジョブ理論」では、そうした人の目的を“ジョブ”と呼び、それを解決するために雑誌やゲームを「雇用」しているというわけです。目からウロコのイノベーション思考とは?

 世界中の企業にとってイノベーションは常に最優先課題であり、同時に最大の悩みの種にもなっている。多くの企業がビッグデータを分析し、イノベーションの取り組みを体系化しようとしているが、いまだ運まかせというのが現状だ。

「この顧客はあの顧客と類似性が高い」「顧客の68%が商品Bより商品Aを好む」といったデータを企業は果てしなく蓄積しているものの、こうしたデータは顧客が「なぜ」それを選択したかについては何も教えてくれない。そこで著者は視点を変え、「どんな“ジョブ(用事、仕事)”を片づけたくて、あなたはそのプロダクトを“雇用”するのか?」を問うべきだと考えた。

 著者はファストフード・チェーンのプロジェクトで「どうすればミルクシェイクがもっと売れるか」を研究したことがある。すでにチェーン店は数カ月かけて詳細な調査をしていた。「どんな点を改善すれば、もっと買いたくなるか?」を顧客に質問し、その回答をフィードバックして味の濃さや量を改善するイノベーションを何度も試したが、その結果、売上に何の変化もなかった。

 そこで著者はジョブ理論の観点から、どんな「ジョブ」がミルクシェイクを「雇用」させたかを考えることにした。調査チームが店頭に18時間立って調査したところ、午前9時前にミルクシェイクを購入する一人客が驚くほど多かった。

 早朝の顧客は誰もが同じジョブを抱えていた。「仕事先までの長く退屈な運転中に気を紛らわせるものがほしい」というジョブである。同時に小腹を満たすというジョブも含まれていた。このジョブを片付けられるライバルは他にもたくさんあるが、バナナではすぐに食べ終わってしまうし、ドーナツはクズが落ちるし手が油でべとべとになる。これに対し、ミルクシェイクならば間食に適した量であり、ストローで吸えば長時間持つし、手も汚れない。こうしてミルクシェイクは多くのライバルを蹴落としてトップに輝いていたのだ。

 しかし、答えはそう単純ではない。朝の通勤時間以外にもミルクシェイクは大量に売れているからだ。夕方であれば、当然、求められるジョブも変わってくる。たとえば夕飯前に子どもにスナック菓子を買い与えるのはよくないが、「ミルクシェイクくらいならいいだろう」と考えて父親が買うのだ。ジョブがわかればイノベーションの予測が可能になる。たとえば朝の通勤者向けにはセルフで購入できるようにするのもいいだろうし、夕方の場合は子ども用にハーフサイズを売り出すという手も考えられるだろう。

 ジョブ理論が示す「ジョブ」は、従来のマーケティングで使われる「ニーズ」とは大きく異なる。食や健康、貯蓄といったニーズは常に存在しているが、その満たし方はぼんやりした方向性しか示されない。顧客がそのプロダクトやサービスを選んだ理由を正確に定義するには足りないのだ。一方、ジョブははるかに複雑な事情を考慮しなければならないが、顧客がその選択をとった理由を理解することが可能だ。

 ジョブをデータに落とし込むことは容易ではない。顧客を性別、勤務先、年齢層といったバイナリーデータにして分析しようとする段階で、ジョブの意味は破壊されてしまう。なぜなら「ジョブ」は数字ではなく「ストーリー」だからだ。ジョブ理論が重点を置くのは、「誰が」でも「何を」でもなく、「なぜ」なのである。

 考え方としては、まずその人が生活に引き入れようとしている「進歩」は何かを考える。次にそのために苦心していることや、それを阻んでいる障害物は何かを考える。不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていることもあるだろう。そうしたジョブを理解した上で、その人にとってよりよい解決策をもたらすものを考えていくのだ。

 その際大切なことは、消費者が進歩しようとするとき、何をもっとも気にかけるかを理解すること。どのメリットが不可欠で、どれがよけいかを細かく評価していくのだ。さらにジョブを雇用する理由として、何かをすることだけではなく、「何をしたくないか」も重要だ。

 たとえばアメリカの小規模企業で長年使われてきた「クイッケン」というパーソナル版会計ソフトがある。あくまで簡易なもので、はるかに高性能の会計ソフトを他社が出しているというのに、彼らはクイッケンを使い続けていた。彼らにとって公認会計基準の複雑な仕組みを理解することは「したくない」ことであり、入出金さえ楽にできればよかったのである。つまりこのプロダクトが改善すべき点は、高性能化ではなく、さらにシンプルにして簡単にすることだったのだ。

 できれば避けたいジョブを本書では「ネガティブジョブ」と呼ぶ。これは進んでやりたいことと同じくらい多くあり、イノベーションの優れた機会であることが多い。たとえば医者に行くと半日潰れてしまうため、できれば行きたくない。そこで誕生したのが、アメリカの「ミニッツ・クリニック」だ。これは予約なしで上級ナースが患者を診察し、日常的な疾患に対してすぐに薬を処方できるというもので、アメリカでは1000店舗以上を展開している。

「人は刃の直径が4分の1インチのドリルがほしいのではない。4分の1インチの穴がほしいのだ」というハーバード大学教授が語った有名な言葉がある。企業と顧客の間には深い断絶があり、企業は種類を増やしたり、多機能化や高性能化といった間違った行動を取りがちだ。それは顧客が解決しようとしているジョブとは関係がない場合がしばしばある。イノベーションを成功させるには、乱雑な現実に身を浸し、ストーリーを通じてジョブを明らかにするしかないのだ

『ジョブ理論』3つのポイント

●人が「進歩」させたいと考えるものを「ジョブ」と定義する

●「ジョブ」を片づけるために、顧客は商品やサービスを「雇用」する

●データの「数字」より、顧客がジョブを雇用した「ストーリー」が重要

文●大寺 明