『HARD THINGS』要約まとめ

グーグルやフェイスブックといったベンチャー神話の一方で、数えきれないほどのスタートアップが倒産しているという現実があります。経営やマネジメントの自己啓発書が溢れているけれど、それは安定した企業の成功例をもとにしたものが大半で、テクノロジー業界の予測不可能な経営ではあまり役に立たないかもしれません。むしろ参考にすべきは苦境に立たされたときの体験談。「ビジネス書大賞2016」と「ベスト経営書1位」の2冠を達成した本書から教訓を学んでみてはいかが。

 著者のベン・ホロウィッツは、世界初のウェブブラウザ「モザイク」を開発したマーク・アンドリーセンと共に1999年にラウドクラウド社を設立。世界初のクラウド・コンピューティングのサービス企業として急成長を遂げるが、2000年にドットコム・バブルが破裂した。資金調達が困難になった絶望的な状況で、著者は「上場」という思いもよらぬ方法で危機を脱した。

 しかし、依然として綱渡り状態が続いた。ついには最大の顧客を失う経営危機に陥り、クラウドサービス事業を売却。データセンターの管理ソフトウェアを提供する新会社として生まれ変わり、最終的には16億ドル超(1700億円超)で売却することに成功する。

 著者のCEO人生はまさに「HARD THINGS」の連続だった。事業が好調かと思いきや、ライバル社の新製品やドットコム・バブルによって経営危機に直面し、まったく先が読めない。その都度、資金調達に奔走したり、製品開発に注力するなどして、なんとか事業を維持しようとしたが、3度にわたる社員のレイオフや事業の売却など、幾度となく苦渋の決断を迫られてきた。安らかな眠りについた日は一日もなかったという。

 そんな著者にとって、経営やマネジメントの自己啓発書は違和感しかない。それは安定した会社の経営をもとにしたマニュアルであって、トラブルや経営危機といった非常に複雑で流動的な問題には、そもそも決まった対処法などないからだ。本書は成功マニュアルとは趣を異にし、徹頭徹尾、著者の実体験がベースになっている。多岐にわたる教訓が子細に記されているのだが、その中からいくつかを紹介したい。

 まず創業者・CEOとして経営上もっとも重要な教訓として、著者の最大の改善は「前向きになりすぎるのをやめたとき」に実現したという。CEOの経験が浅かった頃の著者は、社員に頼られ、何千万ドルもの他人の資金に責任をもつプレッシャーに苛まれ、失敗を極端なほどに深刻に受け止めていた。そのため悪いニュースには触れず、プラスを強調することで社員の士気を高めようとしていた。しかし実際は、悪いニュースはすぐに広まるものであり、それを隠すことは社員の信頼を失うことになる。

 会社が大きくなるにつれて、コミュニケーションが最大の課題になるという。そこで重要になるのが信頼だ。健全な企業文化をつくるには、物事をありのままに伝え、悪いニュースを共有すること。問題を自由に語れる会社は、迅速に解決できる会社だからだ。問題を報告した社員が罰せられるようだと誰もが問題を隠すようになり、より事態は悪化する。問題があることを知らせた人には報酬が与えられる文化をつくるべきだ。

 著者が胸に刻んでいる言葉が「人、製品、利益を大切にする。この順番に」というもの。この3つの中でも頭抜けて難しいのが「人を大切にする」ことだという。それは会社を働きやすい場所にするという意味だ。これができなければあとの二つは意味を持たない。ところがほとんどの職場は良い場所とはかけ離れていると著者は指摘する。

 組織が大きくなるにつれ、大切な仕事は見過ごされるようになり、熱心に仕事をする人々は、秀でた政治家たちに追い越されていき、官僚的プロセスは創造性の芽を摘み、あらゆる仕事の楽しみを奪う。経営面であらゆることが悪い方向に進んでいたとしても、会社が働きやすい場所なら、光明を見つける時間は十分にあると著者はいう。良い会社でいることは、それ自体が目的なのだ。

 CEOが頭を悩ませるものに人事と採用がある。特にスタートアップがスケールアップする際に取締役会から求められるのが、経験のある幹部を招き入れること。しかし、大会社と小さな会社の幹部の仕事はまったく違うものであり、これをわきまえないとミスマッチに直面する。特にスタートアップは頭の良さだけで幹部の採用を決めがちだが、そうした人々は「間違った野心」を持っていることが多々ある。チームの成功よりも自分のキャリアを優先する野心だ。そうしたボスの部下はモチベーションが低下することになる。

 この他、人を正しく解雇する方法や部下の教育、社内政治の抑え方や会社の売却など、CEOが直面するあらゆる事態について教訓が記されている。CEOの仕事は「意思決定」だというが、毎週いく百もの意思決定を迫られ、情報を吟味している時間もない。この過酷な状況のなか、著者は無我夢中で働き続けてきたのだ。

 そこには著者が共同創業して間もない頃の苦い記憶があった。ベンチャーキャピタルから「きみらはいつ本物のCEOを雇うのだ?」と尋ねられ、創業者である自分にCEOの能力がないことを暗に指摘されたのだ。このときの悔しさを糧に、著者はみんなが期待するようなCEOになろうと必死で努めてきた。

 CEOの本当の困難は、どうしても答えが見つからず、しかも自分の弱みを見せずには助けを求められないこと。そのため著者はさまざまな辛酸を舐めてきた。この経験をもとに著者はテクノロジー系創業者の支援を専門とするベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロウィッツ」を創設し、第二の人生をスタートさせた。

 今ではフェイスブック、ツイッター、グルーポン、インスタグラムなど名だたるテクノロジー企業の投資で成功をおさめ、シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタルとなった。日々、起業家と接する著者が一番伝えたい言葉が「苦闘を愛せ」というものだ。スティーブ・ジョブズもマーク・ザッカーバーグも苦闘に取り組み、困難を乗り越えてきた。「苦闘」は偉大さが生まれる場所でもあるのだ。

『HARD THINGS』3つのポイント

●「人、製品、利益」の順番で大切にする

●良い会社でいることは、それ自体が目的

●あらゆる起業家・CEOは苦闘を経験する。苦闘を愛せ!

文●大寺 明