『「学力」の経済学』要約まとめ

「教育格差」が問題視されている。実際に東大の学生の親は平均年収が1千万円だという。遺伝的要素や環境で子どもの学力はほぼ説明がついてしまうのだ。これをなんとかできるのが「教育」。しかし、「ほめ育て」や「平等教育」など、日本の教育は何かと精神論になりがち。はたして本当に効果と根拠はあるのか? 気鋭の教育経済学者が教育の誤った思い込みを解く!

「教育経済学者」の著者は、子育てに悩む親から相談を受けることが多いそうだ。自分の経験をもとに発言する教育評論家とは違って、経済学の理論や手法を用いて教育を分析するのが教育経済学の特徴。そうすると、世の中で信じられている教育法の多くが、実は科学的根拠がないことが見えてくるという。

「子どもを勉強させるために、ご褒美で釣ってはいけないの?」
「子どもはほめて育てるべきなの?」

 きっと教育評論家ならいずれも「〇」と答えるだろう。しかし、教育経済学の分析ではいずれも「×」となる。

 まず「ご褒美」については、けっして悪いことではないという。今ちゃんと勉強しておくことが、子どもの将来になることはたしかなのだが、人間には遠い将来のことより、目先の利益のほうが大きく見えてしまう性質がある。「目の前ににんじん」をぶらさげて勉強するように仕向けることは、この性質を利用したものなのだ。

 ただし、ご褒美にも効果的なものとそうでないものがある。アメリカで約3万6000人の子どもを対象に「テストでよい点をとればご褒美=アウトプット」と「本を読んだらご褒美=インプット」ではどちらがより効果的か?という実験を行ったところ、学力テストの結果がよくなったのは後者だった。

 前者の「アウトプット」は何をすべきか具体的でないため、子どもたちはどう努力していいかがわからなかったが、後者の「インプット」は何をすればいいのかが明確。つまりご褒美を与える場合は、「本を読む」「宿題をする」といったインプットに対して与えるといい。

 次の「ほめ育て」は、子どもの自尊心を高める育児法として多くの人から支持されている。自尊心の高い子どもは学習意欲が高く、反社会的行為におよぶことも少ないと信じられているからだ。本当だろうか。学力の高い子どもだから自尊心が高くなっている可能性もあるはず。むしろ無暗に子どもをほめることは逆効果だと著者は指摘する。悪い成績を取った学生に自尊心を高めるような介入を行うと、反省する機会を奪い、根拠のない自信を持ったナルシストに育ててしまいかねないという。

 これらは、ほめてはいけないということではなく、ほめ方の問題。米コロンビア大学の実験では、もともとの能力(=頭のよさ)をほめると、子どもは意欲を失って成績が低下し、一方のグループに対しては努力したことをほめたところ、成績が伸びた。後者のほうが粘り強く、難しいことにも挑戦しようとする子どもに育つことが明らかになっているのだ。

 親が子どもに勉強してほしいと願うのは将来の収入を考えてのこと。事実、高卒と大卒では生涯収入に1億円もの差がある。これを経済学的に捉えると、教育は株や債券を買う以上に収益率の高い「投資」として解釈できる。

 そのために親が負担する教育費は、幼稚園から大学まですべて国公立の場合で約1000万円、すべて私立の場合は2300万円にもなる。一般的に年齢が上がるほど教育にお金と時間をかけるべきだと考えられているが、投資の視点で考えた場合、もっとも収益率が高いのは、実は幼児教育なのだという。

 手厚い幼児教育を行い、長期間にわたってその後の人生を追ったペリー幼稚園プログラムの実験結果では、小学校入学時点のIQが高かっただけでなく、その後の学歴も高く、経済的にも安定し、反社会的な行為に及ぶ確率も低いことがわかった。

 この幼児教育で改善されたのは、「非認知能力」と呼ばれるもの。IQや学力テストで計測されるのが「認知能力」で、「非認知能力」は「自制心」や「やり抜く力」など人間の気質や性格的な特徴を指す。目に見えづらいものだが、将来の収入や学歴に大きく影響するのは、この「非認知能力」のほうなのだ。そう考えたとき、学校とは単に勉強する場所ではなく、「非認知能力」を培う場所として再定義することもできる。

 実験データをもとに費用対効果で考えるのが教育経済学の視点。これが日本の教育制度に欠けている視点でもある。たとえば少人数学級が学力向上によいとされているが、実は他の政策と比較すると費用対効果は低い。それよりも教員の「質」を高めたほうが費用対効果は高い。

 そうすると教員の給与を上げたり、教員研修ということになりがちだが、もっとシンプルな方法がある。もともと能力の高い人を採用することだ。これを阻んでいるのが教員免許制度。この参入障壁をなくし、他の職業で活躍してきた人が教員に転職できるようにすべきだと著者は提言する。

 アメリカでは教育経済学の知見が教育政策に活かされ、その貢献がさらなる期待やニーズを生み、教育経済学が発展するという好循環を生んでいる。これに対し日本の教育政策は、少人数学級や学力テスト、子ども手当など、根拠のない期待や思い込みで財政支出を行ってばかり。巨額の財政赤字を抱える日本にそんな余裕はないはず。限りあるお金をどのように使うかが重要であり、そのとき教育経済学の知見がもっと活かされるべきだろう。

『「学力」の経済学』

●子どもをほめるときは「努力」に対してほめる

●もっとも収益率が高い教育投資は「幼児教育」

●根拠のない思い込みではなく、根拠が明らかな教育政策を

文●大寺 明