『物欲なき世界』要約まとめ

モノが溢れている。マスメディアが消費行動をうながそうと宣伝しても、「もう持っているからいらない」というのが正直なところ。新たに欲しいモノが見つかったとしても、ネットで安くていいモノを見つけたほうが納得もできる。これまでは高価なモノを持つことが社会的ステータスだったわけだが、そうした価値観が根本的に変わりはじめているのかもしれない。

 カルチャー誌『コンポジット』の元編集長として知られる著者は、編集者という職業がら多方面の業界人と会う機会が多く、その際決まって「今の若い人はモノを買わない」という話になるそうだ。それは日本の若者だけの特殊な傾向なのか、それとも世界的な潮流なのか。この疑問から本書はスタートした。

「物欲レス」は先進国の都市で一様に起きている現象かもしれず、世界的不況や消費疲れといったネガティブな面だけでなく、次なる社会や体制に脱皮するためのサインかもしれない。この仮説のもと著者は様々な業界を多角的に取材し、消費をめぐる時代精神を浮き彫りにしていく。

 これまでの時代は消費と幸福が密接に結びついていた。電化製品、ラグジュアリーなファッション、車、マイホーム等々の物欲を満たすために私たちはより稼げる仕事を求めてきたわけだが、多くの人が「欲しいモノがそれほどない」と感じているとしたら、私たちは何を目標にすべきなのか。

 そのヒントになるのが、近年のキーワードでもある「ライフスタイル」という言葉だ。雑誌をはじめとするメディアは、これまで消費行動をうながす情報がメインだったわけだが、アメリカの雑誌『キンフォーク』を典型に食や暮らしにまつわるライフスタイル雑誌が支持を集めるようになった。人々が多くの時間をコンピュータとともに過ごすようになったことで、逆にコンピュータから離れた人間的な暮らしへの評価が高まったのだ。

 インテリアや生活雑貨の小売業もカフェを併設したり、オーガニックな食のイベントを主催するといったライフスタイル・ショップが急増している。モノが溢れる時代において一つのモノを所有する喜びは希薄になった。そのためモノを手に入れることで、どんなハッピーな生活が送れるかを提案したり、コミュニティーを提供するといったアプローチが求められるようになった。

 特に若い世代はラグジュアリーなファッションで他者と差別化しようとするより、ノームコア(究極の普通)というファッションが流行するなど価値観自体が変わりはじめている。ソーシャルメディアによって個々の人格が可視化され、見栄を張ることや浪費的な消費に対して懐疑心を持つようになったのだ。かつては高価なモノを持つことがステータスを示す有効な手段だったわけだが、今ではネットを使って効率的によいものを購入することや、空間やモノを人と共有するシェアリング・エコノミーへの関心が高まっている。

 こうしたポスト消費主義的な傾向がもっとも早く表れたのが、消費主義の先鋒だったアメリカだった。かつては買い物依存症に陥る人が多かったが、今ではゆっくりとしたペースで低消費な生き方を実践しようとする中流階級の人が増加。一方で、ひと足遅れで消費主義が過熱しているのが中国であり、巨大な二つの船がそれぞれ違う方向に舵をきろうとしている。

 現在のグローバル資本主義が行なっていることは、富める者はより富み、持たざる者はより持てなくなるという極端なまでの格差の拡大である。経済学者ピケティが示唆したように、資本主義が変容したわけではなく、むしろそれこそが資本主義の本質。少数の大資本家が主導する資本主義に対し、最大多数の最大幸福を目指す民主主義の平等主義は、実はまったく相いれないものである。対立するこの二つの考えが奇跡的に共存できたのも、経済が成長し続けると信じられてきたからなのだ。

 しかし今では先進国の経済成長が止まり、失業率の高さや格差の拡大によって民主主義の理念が崩れていることが露呈している。これまでは社会全体が豊かになることによって中間層が潤い消費が活発になってきたわけだが、現在は中間層が没落し、消費欲が失われてしまった。世界的な物欲レスの進行は、資本主義の賞味期限が近づいていることを意味しているのだ。

 そもそもなぜ人が働くかというと、お金さえ稼げば幸せになれると信じられてきたからだ。消費主義に基づく価値観だが、元来、働くことはお金のためだけではないし、お金が幸福につながるとも限らない。むしろお金持ちや物欲が強い人ほど、心が満たされることがなく幸福度も低いというデータもあるほど。たくさん働いて、たくさんお金を稼ぎ、たくさんモノを買うことが幸せという資本主義の信条が信じられなくなり、消費ともお金とも結びつかない幸福のかたちが模索されはじめている。

 新しい、見た目がいい、機能が多い、高級といった購買動機は、本来自ら欲していたわけではなく、半ば恣意的に買わされてきたことに私たちはようやく気づきはじめた。買い物リストを埋めることが意味を持たなくなり、より個人的かつ他者と共有できることへと価値観が変わりつつあるのだ。

「何をもって幸せとするか」をめぐる価値観の対立は今まで以上に激しくなるだろうと著者は未来を占う。そうなったとき、人々は「果たして自分は何が欲しいんだろう?」と今以上に自問することになるだろう。それに対する回答を経済の言葉以外に持っている人が、「物欲なき世界」を謳歌できるはずだと著者は次なる時代の価値観を予見するのだ。

『物欲なき世界』3つのポイント

●「物欲を満たす=幸福」という価値観からの転換

●大量生産・大量消費を謳う資本主義の賞味期限が近づいている

●本当に欲しいものは? この回答を経済の言葉以外に持つ

文●大寺 明