『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』要約まとめ

嫌われる勇気

フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称されるアルフレッド・アドラーの思想(心理学)が再評価されている。それは、トラウマに象徴される“原因論”の心理学とは一線を画す、“目的論”を唱えたものだ。過去も世界も変えることはできないが、「自分は変わることができる」とするコペルニクス的転回の心理学を知ることで、対人関係の悩みも解消されるかも。

アドラーの思想(心理学)を、青年と哲人の対話という形式でまとめた本書では、「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに迫っている。「人は変われる」「世界はシンプルである」とする哲人に対し、青年は懐疑的だ。なぜなら青年は学歴や容姿の劣等感があり、過剰に人の視線が気になってしまう悩みを抱えているため、哲人の主張が絵空事に聞こえてしまうのだ。しかし、世界を複雑にしているのは青年自身の主観なのだと哲人は言う。

過去に「トラウマ」という「原因」を見つけて物語的に分析するのがフロイト的な心理学だが、アドラー心理学はトラウマ(過去)を明確に否定し、「いま」の「目的」で考えることを基本としている。

たとえば、何年もひきこもっている人が「両親に虐待を受けたから社会に適合できない」と主張していたとしたら、親は子育てが間違っていたのかと思い悩み、腫れ物に触るように子どもを丁重に扱うようになる。これは、自らのトラウマを武器に相手(親)の注目を集め、支配しようとする働きかけなのだ。ただし、家にひきこもっている限り自尊心は守られるが、一歩外に出ると誰からも注目されない凡庸な「私」になってしまう。ひきこもりの状態に不満もあれば不幸も感じているが、自尊心を傷つけられることはもっと嫌なこと。これを避けようとする「目的」が、過去のトラウマに理由付けしているのだ。

過去の経験が人格形成に及ぼす影響がゼロだというわけではない。ただし、過去の経験が必ずしも人格を決定するわけでもないのだ。経験をいかに解釈するかが自らを決定する、というのがアドラー心理学の考え方だ。過去を変えることはできない。しかし、経験に対する意味づけや解釈は更新することができる。これが「人は変われる」とするアドラー心理学の前提となっている。

青年はひねくれた性格であることや自意識過剰という短所ばかりが目につき、自分のことを好きになれない。これに対し、哲人は「他者との関係のなかで傷つかないこと」が「目的」となっているため、対人関係に踏み込まない理由付けとして、自分の短所ばかりに目を向けていると言うのだ。

孤独や劣等感を感じるのも他者あってこそのものであり、「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」とアドラーは断言した。そして、対人関係の軸に「競争」がある限り、人は悩みから逃れることはできないとする。「競争」で考えると、他者が敵のように映り、世界が危険な場所のように感じられてくるからだ。「競争」から解放されることができれば、他者が「仲間」だと感じられるようになり、世界の見え方は安心できる居場所へと変わってくるのだという。

また、両親や上司に「認めてほしい」といった承認欲求を求めることもアドラーは否定している。「自分には価値がある」と実感したいがために、人は他者からの承認を求める。しかし、その一方で対人関係のしがらみを感じたり、プレッシャーになるなど、心の自由は奪われてしまう。そもそも人は「他者の期待を満たすために生きているのではない」というのがアドラー心理学の立場だ。ただし、身勝手な個人主義を薦めているわけではない。

そこで重要となってくるのが「課題の分離」という考え方だ。相手が自分のことを好いてくれようが嫌っていようが、それは、相手に評価を下すという「他者の課題」であって、自分にはどうにもできない。自分にできることは、「自分の信じる最善の道を選ぶこと」のみ。仕事で言えば、上司に理不尽な嫌われ方をされようが、それは自分にはどうにもできないことであるから、自分はいい仕事をするために最善を尽くすのみ。こうして「課題」を明確に線引きすることで、対人関係の悩みを一変させることも可能だとしている。

対人関係の悩みから解放され、自由を得るためのコストは、「他者から嫌われること」だと哲人は論じる。他者から嫌われることは苦しい。できれば承認欲求を満たして生きていたい。しかし、全ての人に嫌われないように立ち回る生き方は不自由きわまりない生き方であり、不可能でもある。幸せになるには、「課題の分離」をして、「嫌われる勇気」を持つことが大切なのだ。

では、承認欲求とは違うかたちで自分の価値を実感するには? 「私は誰かの役に立っている」と感じられる「共同体感覚」を持つことだと哲人は答える。そこで求められるのが「他者貢献」であり、仕事の本質もそこにあるのだ。

アドラー心理学では過去・未来で人生を捉えない。「いま」という刹那の連続として人生を捉えるのだ。ダンスや旅行はそれ自体が楽しみであり、目的である。「いま、ここ」というかけがえのない刹那を「ダンスするように生きる」ことができれば、深刻になるようなことは何もないとしている。それに気づけたなら、人はいま、この瞬間から幸せになることができるのだ。

『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』の3つのポイント

●過去は変えられないが、「解釈」は変えることができる

●承認欲求を求めず、「嫌われる勇気」を持つ

●過去・未来ではなく、「いま」の連続として人生を捉える

文●大寺 明