トップ営業マンの切り札は、心のこもった手みやげ!? 『100億円を引きよせる手みやげ』著者・越石一彦インタビュー

3万軒の飛び込み営業をする中で“心の壁”をなくしてくれる“手みやげ”の大切さに気づかされた

 営業や商談に伺う際、「手みやげ」を持参するのが社会人のマナーだが、直接ビジネスに関係するわけでもないと考え、おろそかにしてはいないだろうか。通り道や駅構内にあるチェーン店で手軽に買える「手みやげ」で済ませ、社交辞令的に“ただ渡すだけ”という人も少なくないだろう。これではせっかくの「手みやげ」の意味がない。実は「手みやげ」ほどビジネスを円滑にしてくれるものはないと提唱するのが、『100億円を引きよせる手みやげ』の著者・越石一彦氏だ。

 インターネットが普及する以前は、直接会って話すか、電話で話す必要があったため、自然とビジネスパーソンのコミュニケーション力が培われてきた。しかし、近年はメールだけで済ます風潮もあり、コミュニケーションが苦手という人が増えている。結果、伝え方や会話術に関するビジネス書が売れ筋となった。250社以上の経営コンサルティングおよび累計受講者数3万人を超える社員研修を行ってきた越石氏は、こうした時代にあえて「手みやげ」というアナログ的な行為の重要性を打ち出し、話題を集めている。

100_sab2「隣に居る人ともメールで会話をする時代になってきていますよね。もちろんコンピュータは便利だし、発展も素晴らしいことです。しかし、本当の人間同士のつながりはコンピュータでは作れません。人間の心の満足感には、ITやパソコンでは補えないものがある。ITの進歩は頭打ちになってきていると思うんです。そうなると人間は原点回帰し、手みやげを渡すといった“気づかい”がより大切になってくる。メールで『ご自愛ください』と書くよりも、一品の手みやげを持っていった方が、何倍も人間関係を深める効果があるものですよ」

 越石氏が「手みやげ」の大切さに気づかされたのは、山一証券の営業マン時代のこと。高校生の頃から野球一筋だった越石氏は、大学時代はキャプテンを務め、社会人野球からスカウトが来るほどだった。一時は社会人野球からプロを目指す道も考えたが、監督に相談したところ、「チームをまとめる力をビジネスの世界で活かした方がいい」と諭され、山一証券に入社。しかし、400人ほどいた同期は、みな高学歴で知識量やクレバーさでは勝てそうにない。そこで、越石氏は毎日100軒の飛び込み営業を自らに課したのだ。

「体力なら同期の中で誰よりもあるだろうという自負があったので、支店長に1年間だけ自由に回らせてくださいとお願いをしたんです。みんなは中小企業リストを見てきちんとアポイントをとって営業する形をとっていましたが、私は飛び込みで毎日100軒回ることにしました。寮に帰ってきて、ちょっと休憩するつもりが、スーツ姿のまま寝てしまうような日々でしたね。月25日稼働で2500軒、1年間で3万軒です。さすがにそれくらい回れば、どういうシチュエーションであれば話を聞いてもらえるか、ダメなときと契約がとれるときがわかってくる。証券会社のお客様の傾向をつかむことができたんです」

 得をすることもあれば損をすることもある証券というリスク商品を扱っているため、証券会社の営業マンは、まず“人間性”を見られるという。

「新人の頃は、とにかくお客様に対して“気づかい”をしろと先輩や上司に教えられました。銀行と違って、証券会社はお客様から預かったお金の運用で成果が出せないこともある。証券マンが約束できるのは“時間”だけなのだから、アポイントは命がけで守れと厳しく言われていたんです。実際、お客様からすれば、大きなお金を預けるわけですから、まず信用できる人間かどうかを見ます。特に富裕層の方は、何よりも人間性を重視しているものなんです」

 どんなに流暢にセールストークをしたところで、初対面の人や、付き合って間もない人に対して、人は警戒心を抱く。「“心の壁”を取り払ってから商品の提案をしないと意味がない」と若き日の越石氏は気づかされた。そこで“気づかい”を伝える方法として“手みやげ”という昔ながらの方法が、もっとも効果的なことを再発見するに至ったのだ。

「手みやげを貰って嫌な人はいないものです。なぜこの手みやげを選んで、どういった店で買ってきたかというストーリーや薀蓄を話しているだけでも5分10分すぐに経ってしまう。商談は当然、対峙時間が長ければ長いほどよいものです。手みやげを渡すことによって、まずコミュニケーションをとる時間がいただける。そうすると、心の壁がどんどん下がってくるんです。自分の熱意やセールストークを話すだけでは通り一辺倒になりがちですが、手みやげが一緒にしゃべってくれて、後押ししてくれているような感覚でした。それからは自分の想いを理解していただくための“名脇役”として手みやげを捉えるようになったんです」