『「社長」を狙うか、「社畜」で終わるか。』要約まとめ

「社長」を狙うか、「社畜」で終わるか。

「社長」と「社畜」、なんとも両極端な対比だ。不安定な時代のため、安定した正社員であることが重視されるようになった結果、会社に忠誠を誓う姿を演じ、波風を立てず社内に居場所を確保しようとする風潮がある。しかし、それが“安定”と言えるのだろうか? その対極にある「社長」を目指すことこそが、真の“安定”をもたらすと本書は提言する。

残業も休日出勤もいとわず、転勤になっても文句を言わず働く。そんな高度経済成長期の猛烈サラリーマンを人々は「企業戦士」と呼んだ。しかし、ちょっと見方を変えると、滅私奉公に徹する「社畜」と言われても仕方がない生き方だ。ただし、ひと昔前までは、年功序列と終身雇用という見返りが約束されていたため、会社に忠誠を誓う生き方は合理的な選択であった。

本来は批判的な意味合いで使われる言葉だが、近年はサラリーマンの安定志向が強まり、「社畜」であることを開き直るような風潮があると本書は指摘する。長きに渡ってトリンプ・インターナショナル・ジャパンの社長を務めてきた著者からすれば、それは大きな間違いなのだ。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングが発表した「2012年度 新入社員意識調査アンケート」によれば、「出世しなくても好きな仕事を楽しみたい」人の割合は63%だった。そこには、役職に就くことで責任や面倒を抱え込むことを避けたいという気持ちがあるだろう。また、言われたことをきちんとやり、それなりの結果さえ出していれば、安心して社内に居られると信じられているのだ。

しかし、平成の世はリストラや倒産、吸収合併が当たり前となった時代。今いる組織の仕事のやり方に過剰適応しすぎた人は、その組織を離れた途端、無価値になってしまう。社畜的な生き方は一見、安定のように見えて、実は非常に不安定だというのが著者の考えだ。

そもそも資本主義の社会は競争によって成り立っている。サル山のサルを見てもわかるように、今より上を目指すことは、動物としての自然な本能。現代の若者が出世を望まなくなったという調査結果から、若者の本能が壊れつつあるのではないかと著者は危惧するのだ。

では、どんな会社に行っても通用するスキルとは? それが「リーダーシップ」だ。タイトルの「社長」とは、もっともリーダーシップを発揮できる役職を目標とすべきという提言である。全ての人が必ずしも社長になる必要はないが、出世を目指すことで仕事のモチベーションが高まるため、出世欲が強い社員比率が高い会社ほど、生産性が高まり、成長スピードも速くなる。本当の安定を得るには、会社が競争を生き残っていくことが大前提。会社が傾いてしまえば、安定志向どころではなくなるからだ。

本書では、「40歳で社長になる」と決めていた著者が、どのように20代30代を過ごしたかを自らの経験を通してレクチャーしていく。

20代はフォロアーシップを磨く期間とし、上司から課せられたことを確実にやりきるという仕事の基本を身体に叩き込んだ。また、現場で知識や情報を貪欲に吸収すべき期間としている。また、PL(損益計算書)に対して責任を持ち、数字という結果で仕事をアピールするようになってから、著者の仕事の取り組み方は劇的に変わったそうだ。社長になってからも、PLで経営状態を把握し、経営判断をしていくことが必須だという。

30代は中間管理職を経験し、マネジメントを覚える期間としている。単なる調整や管理ではなく、困難と思える課題に対し、組織をうまく動かしながら達成することがマネジメントの本質。著者はただ指示を出すだけでなく、「いつまで」とデッドラインを決めて部下に任せ、必ず結果をチェックしたそうだ。ただこれだけのことで生産性が飛躍的に上がることに気づかされた著者は、副社長・社長となってからもこれを徹底し、19年連続の増収増益をもたらした。

社長になれるか否かは、運もあれば適正もある。しかし、社長を目指し、自分の仕事に対して“厳しく”あれば、自然とビジネスパーソンとしての能力が鍛えられ、いつしか社長の“器”が作られていくものだという。そして、社長に欠かせないのが“倫理観”だと著者は述べる。社長となり大きな権限を手にすると、そのぶん誘惑も多くなる。名経営者とされながら、不正が発覚して人生の晩節を汚してしまっては、元も子もないのだ。

『「社長」を狙うか、「社畜」で終わるか。』の3つのポイント

●安定志向の社畜タイプが、実はもっとも不安定

●出世を目指す社員比率が高い方が、会社は伸びる

●社長を目指すことで、能力が鍛えられ“器”が作られる

文●大寺 明