『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのか』の要約まとめ

利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのか

利潤の最大化を求める「手段」を追求するあまり破綻したのが、2008年のリーマン・ショックだった。資本主義の問題点が露呈したこの現象の後、同時多発的に「ソーシャル・アントレプレナー」や「社会的起業家」と呼ばれるビジネスパーソンが世界中で現れはじめた。「手段の時代」から社会的な「目的の時代」へとビジネスの世界は移り変わろうとしている。

20世紀はさまざまな理論やモデルを実践する「手段の時代」だった。しかし、手段にとらわれすぎると、本質は見失われてしまうもの。かのアイン・シュタインは、「手段はすべてそろっているが、目的は混乱している」と現代の特徴を述べた。その典型となったのが2008年のリーマン・ショックだ。それは、企業が利潤の最大化ばかりを追求した無残な結果であり、21世紀は「目的(パーパス)の時代」になるべきだと本書は提言する。

市場の拡大、競争、効率を追求すること自体は悪くない。しかし、これを「目的」とすることで、結果的に経済の停滞やイノベーションを阻害するといった思わぬ副作用を引き起こしてしまった。この状況に対し、経営戦略の大家であるマイケル・ポーターは「社会的な課題を解決することによって、社会と企業の双方に利益をもたらすビジネスを創造すべきである」と提唱している。

実際、明確に社会的「目的」を掲げているアップルやグーグル、ザッポスといった企業が世界的な成功をおさめている。こうした企業の社会的な「目的」の重要性を半世紀以上も前に訴えていたのが、近年再評価されているピーター・ドラッカーである。彼の考えでは、企業は「社会の一部」であり、企業の「目的」は社外になければいけないのだ。

「目的」を考える際に混同しがちなのが「目標」だ。売上げを増やしたり、コストを削減して利益率を上げることは数値を基準とした「目標」であり、本来的な「目的」ではない。この「数値目標」に評価を置きすぎるあまり、上から指示された「目標」に従って粛々と仕事をこなすだけの組織となり、個々人の「働く目的」は見失われ、イノベーションが起きなくなってしまった。

この状況に対し、「目的」に目覚めた「ソーシャル・アントレプレナー」や「社会的起業家」と呼ばれるビジネスパーソンが世界中で現われ、革新的なアイデアを実践しはじめている。たとえば、ノーベル平和賞を受賞したムハマッド・ユヌスの「目的」は、貧困層を経済的に支援することによる一人ひとりの生活の向上であり、それを実現するために「マイクロ・クレジット(少額融資)」のシステムを発明し、グラミン銀行を立ち上げた。社会的な共通善に基づく「目的」は人々の協力が得られやすく、コラボレーションによるイノベーションが起きやすいという利点もある。

時代の節目には、こうした人々がシンクロニシティ(共時性)のように生まれてくるのだという。日本の場合、明治維新前後と戦後から高度成長期にかけて多くの「産業界のヒーロー」が生み出された。「経営の神様」こと松下電器産業(現パナソニック)の松下幸之助や、ソニーの井深大といった経営者だ。他にも本書ではNASAのアポロ計画や東京・大阪間の新幹線開通計画など、国家的プロジェクトの「目的」にも言及している。

本書の考えでは、企業の目的には「大目的」と「小目的」があり、メガヒット漫画『ONE PIECE』を例にとると、「海賊王に俺はなる!」という主人公ルフィの決め台詞は「小目的」であり、自分が海賊王になることで、「誰もが自由である世界をつくる」ことが「大目的」となる。これを企業に置き換えると、ナンバーワンの市場シェアを獲得するという野心が「小目的」であり、一番になることで、社会にどう貢献したいかが「大目的」となる。

現場で仕事をする個々人にも、「幸せになりたい」「技術を活かしたい」といった「目的」がある。これらも「小目的(個目的)」とでもいったもので、それを組織力として発揮させるためには、個々人の「目的」を引き出し、「大目的」にまとめあげていくことが求められる。本書が掲げる「目的工学」とは、次なる資本主義のテーマ「目的の追究」のためのマネジメント手法であり、イノベーションを創造するための方法論なのだ。

3つのポイント

●利潤の最大化を「目的」にしてはならない

●「目的」と「目標」を混同してはならない

●社会的な共通善に基づいた「目的」を持つ

文●大寺 明