「逃げる」ことが何より重要。自分の命は自分で守るセルフ・ディフェンスを伝えていきたい。危機管理アドバイザーの独立ノウハウ

早川 大/1974年沖縄県生まれ、東京育ち。
武蔵野美術大学在学中にマンガ家・中川いさみ氏の絵本制作とキャラクターグッズのマーチャンダイジングの仕事に携わる。平行して危機管理会社で働きはじめ、2000年に社会の安全神話に疑問を感じ、危機管理会社の起業に参加。2002年から「大人ができる子どもの安全管理」に関心を持ち、研究を始める。2004年から「子どもの目線を学ぶためプレーワーカー(プレーリーダー)を開始。子ども・地域向け「危機管理アドバイザー」として活動中。

――独立DATA――
29歳で独立
【開業資金/ゼロ】

危機管理アドバイザーの仕事は、特に資格も必要なく、危機管理を教える講師活動が中心になるため、身体ひとつあればできる仕事だ。そのため開業資金はゼロ。独立時にかかった費用をしいてあげると名刺代くらいである。

――事業内容――
株式会社kipuka
危機管理アドバイザー・防災士として、防災・防犯に関する助言と提言、防災・防犯の講習、防災・減災イベントなどを手がける。また、自社で考案した防災支援イベント「あそぼうさい」をプロデュースしている。その他、災害や火事などの命に係わるときに使用する機材の販売も行っている。

毎年のように巨大地震が発生し、地震活動期にあるとされる日本列島――。さらには気候変動によって水害や台風が多発……。それはテレビの向こうの他人事ではなく、いつ自分に降りかかってきてもおかしくない“自分事”です。東日本大震災以降、事が起きてから対策をとるのではなく、事前に備えておく防災の重要性がさけばれています。そこで活躍するのが、「危機管理アドバイザー」という職業。防災・防犯のスペシャリストが伝えたいこととは?

防犯カメラなどのハード以上に、危険時の逃げ方や回避法といったソフトが重要。それを伝えたくて独立した

 もともとは画家を目指して武蔵野美術大学に進学したんです。だけど、仲間内が遊びたい盛りで自分も遊んで過ごす傾向が出てきたんですよね。これはいかんと思って環境を変えようと思ったとき、自分が面白いと思える仕事を自分で作ろうと考えたんです。そこで、たまたま縁があったマンガ家の中川いさみさんと組んで絵本を2冊作り、そのキャラクターを使ったグッズのマーチャンダイジングの仕事を学生時代にはじめたんですよ。

 そのうち仕事の方が面白くなって大学は辞めてしまいました。そんなとき友人にアルバイトを誘われたんですよね。それがタレントの警護や危機管理を手がける危機管理会社でした。警護などの対犯罪対策のチームと、ストーカーや盗聴などの犯罪心理を分析するチームに分かれていて、僕は後者のほうのお手伝いをすることになったんです。

 たとえばファンレターの中には、同一人物が名前を変えて何通も同じような手紙を送ってくることがあるんです。怪しい手紙を見つけると、犯罪心理学の観点からその手紙を読み解いていく。いわゆるプロファイリングです。コンサートでタレントに接触を試みる人もいるので、手配書を作って固めのガードにする仕組みを作ったり、事前に対策を考えます。チームに犯罪心理学者の人がいたので、仕事を通して危機管理の知識を学んでいきましたね。

 その後、一緒に働いていた友人が独立して危機管理会社を興すことになって、僕も立ち上げメンバーとして参加することにしました。その翌年に大阪で附属池田小事件(2001年)が起きたんです。事件後、学校側は警備会社に頼んで防犯カメラを設置したのですが、僕はそのときハードではなく、ソフトを重視すべきだと思いました。何かトラブルがあったとき、逃げ方や回避法といったソフトを教えるほうが重要なことだと。

 2020年の東京オリンピックではテロの危険が想定されますが、爆破テロは二度起きるものです。2013年のボストンマラソン爆弾テロ事件でも爆発が2回ありました。何かが起きたときに興味を持って見に行くと、次の爆破に巻き込まれるかもしれない。まず逃げることを重点的に教えないと、みんなスマホで撮影しようと近づいてしまっては非常に危険なんです。

 危機管理においては防犯カメラなどのハード以上に、ソフト(防犯・防災の知識や心がまえ)が大切なんですが、会社は利益を出すことが目的ですし、一般の人もなかなか危機管理を理解してくれない。収益を出しづらいこともあって、会社としては一般の方向けの事業には手を出さない方針でした。だけど僕はソフト面の仕事がしたかった。それでフリーランスの危機管理アドバイザーとして独立することにしたわけです。

災害が起きてから対策をとるのではなく、「自分の命は自分で守る」という心がまえを教えることが大切

 危機管理アドバイザーの仕事は、講師活動が中心になります。最初は子ども向けの危機管理を中心に活動していたので、子どもの目線を学ぶために「こどものあそびば」で仕事をしました。週末だけ子どもと遊ぶ、遊びのプロといった仕事です。そこでお母さん方と知り合いになって子どもの危機管理について話しているうちに、行政や自治会に話が伝わって講演依頼が来るようになったんです。

 どんなことを教えるかというと、防災、防犯でいろいろありますが、防犯だけで見ると付属池田小事件が典型的ですけど、まずは的にされないことが一番重要なんです。たとえば隣の教室で男が大声をだして暴れているというとき、見に行かずにすぐに教室から逃げる。避難するときは走って足音を立てないとか、背中を見せずに左右どちらかに移動して視界から逃げるとか、いろんな逃げ方があります。教室から逃げられない状況であれば、教室に鍵をかけて死角に隠れる。とにかく相手の視界に入らないようにすることを教える必要があるんです。

 だけど、こうした防犯の危機管理は世の中の関心が薄くて、ビジネス的にはなかなか難しいんですよね。講演依頼が少なくて収入的にギリギリだったので、1、2年はアルバイトを続けていましたね。完全に使命感だけで活動していたと思います。

 日本は防犯への関心が薄い反面、災害対策については非常に関心が高くなっています。2011年の東日本大震災以降は防災の仕事がすごく増えていて、今も子どもの危機管理の活動を続けていますが、災害対応の講演依頼が9割近くを占めています。

 東日本大震災の前にも新潟県中越沖地震や岩手・宮城内陸地震など日本では頻繁に地震が発生しているわけですが、これまでの災害対策は事が起きてから対応するというもので、危機管理の観点からすると非常によくない状態でした。それが2011年以降から事前に準備しておくことが重要だという流れに変わってきたんですよね。

「釜石の奇跡」の話がありますが、各自が走って高台に逃げたことで全員が助かったわけですよね。もしみんなで何とかしようとしてその場に留まっていたら、津波に飲まれていたかもしれません。やはり事前に心の準備をして、何かあったときに自分の命は自分で守るんだということを考えておくべきなんです。セルフ・ディフェンスは危機管理の基本的な考え方なのですが、そうした防災意識が少しずつ浸透してきたように思いますね。

災害支援のボランティア活動がライフワーク。被災地で学んだことを自分の講演に取り入れるように意識している

 危機管理アドバイザーの仕事とは別にボランティアで災害支援の活動もしています。2007年の新潟中越沖地震のときは新潟に行きましたし、2015年の鬼怒川決壊のときは宮城に行きました。2016年の熊本地震のときは益城町に行って、半年間ずっと行き来していましたね。災害が起きると支援活動に行くので、講演の仕事ができなくなって収入が一気に落ちることが悩ましいところですね。

 だけど最近は被災地で学んだことをフィードバックして、自分の講演に取り入れることを考えるようになりました。災害ボランティアセンターの運営業務で現地に入っているので、立場上、いろんな人の声が自然と入ります。

 たとえば「同行避難」と「同居避難」という言葉があるんですが、その違いを杓子定規に説明するのではなく、実際に被災地であったエピソードを例にして説明しています。たとえば熊本地震のときに避難所にペットの犬と逃げてきた方がいました。「同行避難」は避難所に同行してもいいという意味ですが、避難所に一斉に人が押し寄せたことで、寝るスペースに犬もいるという「同居避難」になってしまった。そうすると毛の問題や匂いの問題が出てきます。結局、犬用にテントを用意して対応したわけですけど、ペットの中には猫もいれば、亀や蛇を飼っている人もいます。避難訓練ではそうした様々なパターンも想定しておくといいですよね。

 災害ボランティアの活動を通して横のつながりが沢山できたこともあって、今は営業の面ではそれほど苦労していません。地域の行政機関から講演依頼が入ることが多いのですが、これまでに近畿地方から東北地方まで講演に行きましたね。僕の仕事は人が架け橋になってつないでくれて、僕も人をつなげていくという相互関係で成り立っているように思います。

 ただし、受け身なだけでは防災意識も普及しませんから、今後は営業にも力を入れていこうとと考えて、法人化してHPを作りました。それからはきちんとした資料も作るようになりましたね。法人化とHPがあることで信頼が得られるようになったことは、やはり大きかったです。

講師業は「人を引き付ける話術」が求められます。笑いがとれるネタを用意したり、遊び要素を入れる工夫をしています

 僕の仕事は人前で話す仕事になるので、話術に関しては人の講演を見て参考にしたり、プレゼン番組の『TED』を見て勉強するようにしています。話す内容自体は誰しも事前に準備しているはずですが、講師業は人を引き付ける技術が求められてきます。固い話ばかりでは聞いている人も飽きてしまうのでユーモアを入れたり、話を振ったりして注目を引き付けるわけです。こうした技術は自分で考えて学んでいかないと、なかなか上手くはできないものなんですよね。

 僕の場合は最初に笑いをとるようなネタを用意していますね。たとえばキッチンタイマーを持っていって、挨拶した後に「僕はしゃべりすぎてしまうので、タイマーをかけさせていただきます」と話すと、こいつはおしゃべりなんだってことで笑いが起きたりする(笑)。

 防災訓練にも新しい要素を取り入れるようにしていて、防災訓練にじゃんけんの要素をプラスした「ぼうさいじゃんけん」という訓練もプロデュースしています。落下物から頭を守るキノコのポーズ(チョキ)、身体を丸めて身を守るダンゴムシのポーズ(グー)、火災のときに這って進むワニのポーズ(パー)、この3つのポーズを使ってじゃんけんをすることで、遊びながら防災について学ぶことができるように工夫しています。これなら子どもでも覚えやすいですよね。

 人間って同時に3つ以上のことは覚えられないものなんです。訓練でたくさん教えられると咄嗟のときにわからなくなってしまう。だから、この3つさえ知っておけばいいというふうに教えています。今はこの「ぼうさいじゃんけん」の訓練でいろんなところを回っています。

 あらためて振り返ると、たまたま友人に誘われて危機管理の仕事をするようになって、20年近く経った今も続けています。先日、友だちと飲んだとき、この人生で良かったのかってあえて振り返ってみたことがあるんです。学生時代にマーチャンダイジングの仕事をしていたとき、大手出版社の版権管理の部署からオファーを受けたこともあった。それを受けていたら今頃、安定していただろうなって(笑)。

 本当にこれで良かったのかは結局わからないですけど、人が困っていたら助けたいとか、人を苦しい顔にさせたくないという思いから、この仕事を続けてきたんですよね。今は人のためになっているというやり甲斐があるので、これからもこの仕事を続けていきたいと思っています。災害をどう乗り越えていくのか、事前に何ができるのかっていうことをより多くの人に伝えていきたいですよね。

危機管理アドバイザー 独立ノウハウ集

独立前

現場で実践的に知識を吸収すべし

早川さんが最初に働いた危機管理会社では、警護にあたるSP業務と、盗聴やストーカーなどの防犯対策のコンサルティング業務に分かれていた。そこで早川さんはコンサルティング業務の仕事をすることになり、危機管理の知識を培っていった。学校や本で学ぶのではなく、現場で実践的に学べたことが今の危機管理アドバイザーという仕事につながっていったのだ。もし警護の仕事に就いていたら、同じ危機管理の仕事でも今とは違うかたちになっていたかもしれない。

自分で自分の仕事を作り出すべし

危機管理アドバイザーという仕事は、海外では以前から普通にあった仕事だが、日本ではまだそれほど浸透していない。元探偵や元SPの人がやりはじめたことで日本でも最近増えてきたが、早川さんが独立した2003年当時はほとんど手つかずの領域だった。フリーランスで独立に踏み切ったことは、かなり思いきった選択だったといえる。早川さんは学生時代から自分でマーチャンダイジングの仕事を作り出すほど独立精神が旺盛だった。そうした下地があったからこそ、自分がやりたいと思った仕事を形にすることができたのだろう。

その仕事をしようとする動機を明確にすべし

2001年の付属池田小事件の後、大人たちが防犯カメラを設置する対策をとったのに対し、「逃げ方」を子どもたちに教えなければいけないと考えたことが、早川さんが危機管理アドバイザーとして独立するきっかけになった。たしかに防犯カメラは犯罪抑止力として効果を発揮するが、目的を持って侵入しようとする暴漢を防ぐことはできない。まして後になって対策をとるのではなく、事前に備えるのが危機管理の考え方である。いわば早川さんは危機管理の基本に忠実であろうとする動機により、独立という選択をとったのだ。

独立後

損得抜きで、横のつながりが広げるべし

早川さんは子どもの目線を学ぶために独立後、「こどものあそびば」でアルバイトをすることにした。ここで父兄の知り合いができ、そこから紹介されて徐々に講師業の依頼が増えていったのだ。現在も「こどものあそびば」を月2回続けており、その他にも月1回「こども食堂」を開催している。これは貧困家庭の子供たちを対象(大人も可)に食事を提供しようとする取り組みである。本業もその一環だが、「人が笑顔になれる環境を作りたい」というのが早川さんの基本姿勢である。

使命感をもって、人生を“ライフワーク化”すべし

本業を休んでまで早川さんは災害ボランティアの活動をしている。ちなみに宿泊所は提供されるが、交通費が出るくらいで収入にはならないそうだ。早川さんがずっとフリーランスでいたのも実は災害ボランティアの活動をするためでもある。危機管理会社やNPO団体に誘われたこともあったが、すべて断ってきたそうだ。なぜなら被災地の現場は刻一刻と状況が変化し、会社や団体がミッションを持って現場に行ってもニーズが合わないことが多々あり、臨機応変に対応するためには個人のほうが動きやすいと判断したからである。危機管理アドバイザーと災害支援は早川さんにとって単なる仕事ではなく、善意に基づいたライフワークなのだ。

より多くの人に情報発信すべし

現在の日本は50年100年に一度の災害が毎年のように起きる危険な状態にあると早川さんは警鐘を鳴らす。そこで自分がやるべきことは、少しでも多くの人の防災意識を高めていくことである。より多くの人に伝えるために早川さんは「渋谷クロスFM」に月1(第二水曜日15時より放送)で1時間の防災専門番組を担当し、防災の情報を発信するようになった。できるだけ避難口を確認しておくことや、扉が開かなくなることを想定して1メートル級のバールを玄関先に置いておくことなど、防災の心がまえや実践的な備え方を伝えている。

取材・写真・文●大寺 明

安全な場所や考え方をつくる会社
kipuka

自然災害の中でも、もっとも危険な災害。
それは火山噴火と言われています。
そんな噴火災害の際に被害を受けない場所を
「kipuka(キプカ)」と呼びます。
弊社はみなさまにとっての“kipuka”となる
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