音楽レーベルは個人でもできる!世界的に活躍するトランス専門レーベルを主催するDJが語る独立ノウハウ

GRASSHOPPER RECORDS 八田知文(DJ HATTA)
GRASSHOPPER RECORDS 八田知文(DJ HATTA) 1976年神奈川県川崎市生まれ。音響専門学校在学中にDJ活動を始め、96年からトランスミュージックに傾倒。2002年より大手レコード会社にてトランスミュージック部門を担当。2007年にトランス専門レーベル・倭響に入社し、2008年に自費でGRASSHOPPER RECORDS を設立。2013年に同レーベルで独立。コンピレーションアルバム『V.A./ROUND OF NIGHT vol.3』発売中。

grasshopper_sub01――独立DATA――
●37歳で独立
【開業資金】30万円
<内訳>
・PC、電話機などOA機器 30万円
デジタルミュージックはパソコン1台あれば全てできてしまう。海外のレーベルやアーティストとのやりとりは全てスカイプやチャットで、電話機も購入したが使ったことがないそうだ。

――事業内容――
GRASSHOPPER RECORDS
・2008年設立
世界を視野に入れたトランス専門レーベルとして、国内外の所属アーティストのアルバムをリリース(CD販売とダウンロード販売)するほか、イベントのオーガナイズと所属アーティストのマネジメントを行う。DJ HATTAとしても国内外のフェスやクラブで精力的に活動中。これまでにHATTA名義のコンピレーションアルバムを3枚リリースしている。

海外では各地で大規模なフェスが開催され、音楽ジャンルとして定着しているトランスミュージック。日本でも盛り上がってはいるものの、まだまだコアな人に愛聴される音楽ジャンルだ。トランス専門レーベル「GRASSHOPPER RECORDS」は、DJのHATTAさんが一人で運営している。それは「仕事」というよりも、好きな音楽をとことん追求する「生き方」といった印象だ。

これまで聴いてきた音楽にはない解放感に衝撃を受けた。DJ活動を続けながら、大手レコード会社に勤務

 DJは音響の専門学校在学中の19歳の頃から始めました。卒業後はラジオ局で働いたり音楽ライターのアシスタントをしたり、最初は音楽に関わる仕事をしていたんですけど、もっと違う世界を見たいと思うようになって、ガテン系やコンビニのアルバイトをやったり、デパートの屋上で子どもの遊び相手をする短期バイトをしたり、20代半ばまでいろんな仕事を経験しましたね。並行してDJはずっと続けてました。

 もともとブラックミュージックやHipHopが好きだったんですけど、1996年に富士山の麓で開催されたRAINBOW 2000(※日本初の大規模野外レイヴ)に行ったことで音楽の嗜好が一気に変わったんです。これまで聴いてきた音楽にはない解放感に衝撃を受けて、翌日には渋谷のCISCOでトランスのレコードを漁ってました(笑)。それからどんどんトランスミュージックにのめり込んでいきましたね。

 25歳のときに人づてで大手レコード会社を紹介されたんです。当時はトランスという新しい音楽ジャンルに目を向けているレコード会社はほとんどなかった。でも、そのレコード会社はインディーズバンドの成功で急成長した会社だったこともあって、新しい音楽ジャンルに目を向ける気風があった。PUNKバンドと同じセクションで新たにトランスも扱おうとしていて、僕に声がかかったわけです。

 だけど、今思うと完全にブラック企業でしたね(笑)。入社後すぐに社員のオリエンテーションとして1泊の合宿旅行があったんですけど、説明会で会長が「今後、給料は一切上げません」といきなり宣言するんですよ(笑)。服装も髪型も自由で、遅刻はあたり前という音楽業界特有のノリの人が多かったので、社内的に目の敵にされていたのかもしれない。ならず者の集まりのような雰囲気でしたよね(笑)。

 だけど、自分の好きな音楽に関われるというモチベーションがあったので、結局5年勤めました。音楽業界はもともと給料が低い業界だと思うんですが、プロジェクトがガッツリ当たったりすると一攫千金の可能性もあるんです。自分も担当したプロジェクトを当てることを目的に仕事をしていましたね。たしかにブラック企業ではあったけど、得るものを得たら早く巣立っていけという会長の気持ちの表れだったのかな?と後になって思いましたね。ここで勉強したことが後につながったと思うと、今では感謝してます。

当時、レコード会社の中で“トランス”という新たな音楽を理解している人間は自分だけ。それが逆によかった

grasshopper_sub02 レコード会社には大きく分けて制作・営業・宣伝という3つのセクションがあるんですが、僕が配属されたのは宣伝でした。未経験だったので宣伝のノウハウも何もなかったんですが、DJとしてトランスミュージックに関する知識はずっと培ってきていたので、その経験を買われたわけです。

 実際、トランスをわかっている人間は僕しかいなかった。結局、制作と営業の人がそのセクションを離れて、最終的には僕一人で制作・営業・宣伝のすべてをやることになったんです。大変でしたけど、企画書さえ書けばなんでもやらせてもらえるような状況になって、自分としては本当に望ましい状況でしたね。

 ちょうどトランスミュージックが盛り上がりはじめた2002年頃のことで、野外イベントに1万5000人くらい集まったり、都内のクラブイベントに毎週2000人くらいお客さんが来たりしていて、今まさに時代が変わろうとするような雰囲気がありましたよね。

 会社の取引先に当時日本で一番大きなトランスイベントを開催していたソルスティスミュージックがあった。レコード会社の宣伝という立場でそのレーベルと共同制作というかたちで一緒に仕事をするようになったんです。

 会社勤めをしながらDJはずっと続けていたので、もともとオーガナイザーとの関わりはあったんですけど、仕事を通してコネクションがより広がっていきましたね。この頃、子会社のレーベルからHATTA名義で初のコンピレーションアルバムをリリースすることもできたんです。

 だけど、会社員としては好きなことだけやっているわけにもいかない。僕としては、自分が心底カッコイイと思えることだけをやっていきたかったけど、「カッコわるいこともちゃんとやって業績を上げてほしい」と会社から言われたんです。それももっともだなと。そこで、カリスマ雑誌モデルが選曲したという仕掛けを作って、企画CDを販売したりもしました。普通に外国人アーティストがアルバムを出すのに比べて売上げのケタが違いました。うれしい反面、音楽に関わる人間としては葛藤もありましたね……。

 音楽とファッションを抱き合わせて売るという手法は、大手レコード会社が当時よくやっていた手法でした。だけど、その裏では年々CDの売上が落ちていて、HMVやタワーレコードが相次いで店を畳むという業界全体が暗くなっていた時期だったんです。会社の経営自体も傾いていて辞める人が続出していた。僕もそのタイミングで辞めることにしたんです。

レコード会社に在籍しながら自費でレーベルを設立。自主レーベルの看板が、DJ活動を世界に広げた

 しばらくはフリーランスとして仕事をしていたんですが、トランス専門のレコード会社・倭響(日本に初めてトランスを持ち込んだEquinoxの母体)に転職して、そこも5年勤めました。倭響はいい会社でしたね。給料がいいというわけでもないんですけど、5人ほどの少人数の会社だったので、好きなことをやらせてもらえる環境がやはり大きかった。

 倭響の仕事は、海外のレーベルやデストリビューターと直接やりとりをするので、みんな英語で仕事をしていました。当時の僕は英語がまったくできなかったんですけど、英語が話せないと前に進めない。仕事のかたわら毎日勉強しましたね。どうにか担当を持たせてもらえるようになって、最終的には僕がすべての海外レーベルとやりとりをするようになっていました。その後、自分でレーベルを立ち上げるわけですけど、このとき英語を身に着けておいたことが本当に役に立ってますね。

 仕事自体はすごく充実してました。だけど、業界的にはCDの売上が下降する一方で、会社の経営も厳しくなっていた。給料の支払いが遅れたりもしていて、その頃、結婚して家庭を持っていたので、さすがに仕事を続けていくことが難しくなったんです。いよいよ独立して自分のレーベルでやっていこうと思いましたね。このとき嫁が理解を示してくれたことが何より大きかった。

 独立したのは2013年のことなんですけど、『GRASSHOPPER RECORDS』は2008年に設立したものなんです。もともと倭響のレーベルの一つとして始めたものですが、費用は全て自分の給料から出していて、流通だけ倭響のシステムを使ってたんですね。

 世界を視野に入れたレーベルとして個人的に運営してきたわけですが、自分のDJ活動においても大きかった。何年も続けていくうちに、レーベル主催者としてHATTAという名前が世界的に広まっていって、年末に開催されるブラジルの大きなフェスティバルにDJとして呼ばれるようになったんです。90年代末からタイのパンガン島で個人的にDJをしたりもしていたんですが、これが自分のレーベルを看板にして海外で活動するきっかけになったんです。

 DJは誰でもなろうと思えばなれるし、世界中どこにでもいますよね。楽曲を作るアーティストとは違って、DJが海外に呼ばれることは滅多にないことなんです。僕の場合は自分のレーベルを持って活動していることが海外のオーガナイザーに評価された。すごくありがたい話ですよね。

アーティストやDJだけが主役ではなく、その瞬間にいる全ての人が主役であることが、トランスの魅力

grasshopper_sub03『GRASSHOPPER RECORDS』ではCD販売とダウンロード販売の両方をやってます。今はダウンロードで音楽を購入している人のほうが多いと思うんですけど、ダウンロード販売は1曲売れて150円といった世界なので、やっぱりCDのほうが売上はいい。トランスというジャンルに関しては、大半がDJの人が購入しているんじゃないかと思います。だけど、リリースする側としては、1曲単位ではなくてアルバムを通してストーリーを感じてほしいという気持ちがある。そうした思いもあって、先日出した自分のコンピレーションアルバムは、発売4週間まではアルバム限定発売というかたちをとりました。

 自分一人のレーベルなので、所属アーティストのマネージャーという側面もあって、海外のアーティストが来日する際は、僕が旅費をすべて出してます。CDやダウンロード販売の収益ではまかなえないので、実際のところ、個人的なDJのギャラとイベントの収益でまかなってます。

 週末は毎週どこかしらのクラブやイベントでDJをしていて、平日は送られてきたプロモを聴き込んだり、次のリリースに向けてアーティストや海外のデザイナーと打ち合わせをしたりしてます。あとはFacebookで最新のトランスシーンの情報を仕入れたり、一日中インターネットをしてますね。

 国内外の才能あるアーティストに囲まれているので、「自分で曲は作らないの?」と聞かれることも多いんですけど、DJと楽曲作りは別ものなんですよね。DJとアーティストではかなりギャラに差があるものなんですけど、僕はそうあるべきだと思ってます。

 楽曲を作る人は、1日の大半をスタジオに籠もって同じ音のループを延々と聴き返すという気の遠くなるような作業を淡々とこなしていものなんですよね。僕にはそれができない。そう考えると、やっぱり僕は根っからのDJタイプなんだと思う。自分がいいと思ったアーティストをプッシュしていくことのほうが自分には向いてるんです。

 あくまで音楽レーベルと位置付けているので、イベント自体はあまり頻繁にやっているわけではないんですけど、2014年から毎年春に開催している『GreenMagic』と、今年で12年目を迎えるシークレットパーティの『原点回帰』に関わっていて、自分がDJをするだけでなく、国内外の所属アーティストをオーガナイズしてます。

 実感値として、数年前に比べると今のパーティシーンはお客さんの数がたしかに減っていると思う。その一方で、トランスミュージックの本質を理解して好きでい続けている30代40代の人がずっと残ってるんですよね。子どもを連れて音楽とキャンプを楽しんだり、最近はお客さんが少しずつ戻り始めている実感があります。一時期、お祭り騒ぎや流行だけを求めて来ているオラオラ系の人が急増しましたけど、今は純粋に音楽とピースな雰囲気が好きだというお客さんが残っていて、主催者側としては好ましい流れだと思ってます。

 毎年ヨーロッパのフェスティバルを周ってるんですけど、何が素晴らしいかというと、音楽が素晴らしいのはもちろんですが、そこに集まっている人たちが素晴らしい。ダンスミュージックはDJやアーティストが主役というより、みんなが主役という音楽なんです。ダンスの型があるわけでもなく、みんな思い思いに自由に踊ればいい。それがトランスミュージックの魅力です。

 海外のフェスティバルでは、トランスが音楽ジャンルの一文化として確立されていて、親子連れで音楽とキャンプを楽しんている。日本にもそうした文化が根付かせることが、僕の活動の理想なんです。

音楽レーベル独立ノウハウ集

独立前

「好きなこと×仕事」で相乗効果を生むべし

DJやバンドの音楽活動をしている人の大半は、音楽だけで食っていくことが難しく、何かしらの仕事を持っている。表現活動と仕事を分けて考えている人が多いものだが、HATTAさんのように自分が好きな音楽と仕事が結びつくと、個人的な活動では思いもよらない相乗効果を生む。プライベートの活動を仕事に活かし、仕事の活動を自身の表現活動に活かす。会社のためでもあり、自分のためでもあるという視点を持つと仕事がまた違う見え方になるはず。

英語を身につけてワールドワイドに活躍すべし

前職で海外レーベルとやりとりをするために英語を身につけたことが、直接的に今に活かされている。所属する海外アーティストとのやりとりだけでなく、自身がDJとして海外から呼ばれたときも英語が話せたほうが断然スムーズだ。DJやミュージシャンが海外を目指すとき、まず英語の壁が立ちはだかるが、少しでも英語を身につけてコミュニケーションがとれるようになると、「その人の音楽人生はずっと豊かになるはず」とHATTAさんはいう。

「好き」なことを「継続」して“情熱”をグレードアップすべし

「好きなことをやり続けることが一番大事」だと独立後の今、HATTAさんはあらためて実感している。何事も自分一人でできるわけではなく、周囲の人の協力が得られてはじめて成し遂げられるもの。ストイックにやり続けることで“情熱”が増し、それを人に伝えることで、本当に力のある人が集まり、打算のない助力をしてくれるものなのだ。この好循環を生み出すには「好き」と「継続」しかない。周囲から助力が得られないのは、その人の“情熱”を冷静に判断されているからだと考えるべき。独立を目指すなら、まず自分が一番好きなことを問うことが重要になる。

独立後

自分一人でも音楽レーベルを持つことは可能

音楽のダウンロード販売が主流になり、音楽業界は苦戦を強いられている。その一方でCDショップへの流通システムを使う必要がなくなり、個人でもレーベルを持てる時代になったと肯定的に捉えることもできる。とはいえ、やはり今もCD販売のほうが収益はいいそうだ。HATTAさんは会社在籍中にレーベルを立ち上げ、当初は会社の流通網を使っていたが、独立後は主にネットでCDを販売。もともとメジャーな売れ筋ジャンルではないので、今のところ特に問題はないようだ。そのほかオーガナイザーとして関わるイベントで販売し、草の根的にファン層を広げるようにしている。

独立後の一番のメリットは“時間の自由”

HATTAさんにとって独立後の一番のメリットは、時間に縛られないこと。これまで会社勤めをしながらDJ活動をしていたため、土日の野外イベントの後、月曜からすぐ出勤となって時間的な余裕がまったくなかった。海外のフェスに呼ばれても日程的に難しく、たとえ行けたとしても慌ただしく帰国していた。個人で活動する現在は、自分でスケジュール調整ができるので好きなだけ行きたいところに行けるし、延泊してキャンプ場のゴミ拾いをするといった開催地のケアもできるようになり、後のつながる活動ができるようになった。

一時の流行ではなく、長年のファンを大事にすべし

最盛期のパーティシーンはまさにカオスだった。ダンスミュージックを楽しむというより、お祭り騒ぎだけを求めるヤカラが増えたのだ。そのため危ないイメージがつきまとい、規制の対象となったのも事実。シーン自体が下火になった印象もあるが、逆に純粋にダンスミュージックを愛する人が残り、主催者側としては悲観する状況でもないそうだ。かつてのパーティフリークも今やアラフォー。夫婦の子連れで来る人も多い。HATTAさんが関わるGreenMagicでは、深夜は音を止めて健全・純粋に音楽とキャンプを楽しむ場を提供しようとしている。

取材・文●大寺 明  写真●高村 征也

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2016.1.23 Sat
O.Z.O.R.A. One Day in Tokyo 2016

「O.Z.O.R.A」とはかつてハンガリーにあった村の名前――。
1999年に皆既日食パーティ「Solipse」がこの廃村で開催されて以来、
音楽とアートが融合した大規模なフェスティバルが毎年開催され、
世界中から集まった3万人ものオーディエンスを魅了している。
この世界最高峰のギャザリング・O.Z.O.R.Aのオフィシャル・パーティが
昨年に引き続き、1月23日にOne Dayイベントとしてagehaにて開催!

【LIVE SET】
TRISTAN
EARTHLING
SPECTRA SONICS……and.more

■2016年1月23日(土)OPEN 21:00
当日5,000円/通常前売4,000円
ageha
東京都江東区新木場2-2-10

2016年GW開催予定
GreenMagic

これまで2度に渡って山梨で開催されてきた春のイベント・GreenMagicが
2016年はゴールデンウィークの3日間、静岡で開催予定。
日程や開催地の情報は、Facebookのオフィシャルページにて発表されます。
詳しくは、
Facebookオフィシャルページにて

DJ HATTA最新アルバム
『V.A./ROUND OF NIGHT VOL.03』

GRASSHOPPER RECORDSレーベルヘッド兼DJ・ HATTAによるトランスコンピレーションCD 『ROUND OF NIGHT』シリーズ3作目がリリース。収録曲10トラックは、自身が世界中のフェスティバルを渡り歩き、そこで培ったコネクションを活かした強力なラインナップ。ワールドクラスのフェスティバルにも対応できる最先端のトランスサウンドがコンパイルされた、シリアス・ミドルグルーヴ作品。