コスプレイベントの醍醐味は「交流」にあり。みんなが楽しめる場所を提供し、人の役に立ちたい。『COSSAN』創始者が語る独立ノウハウ

柴田 昭/1980年東京都豊島区出身。
音楽の専門学校卒業後、アルバイトや会社勤めをしながら2006年から友人とコスプレイベント『COSSAN』を運営。2009年に株式会社ミネルバを設立。2010年にコスプレイベントの年間動員数で日本一を達成。コスプレイベントによる地域活性化やコスプレ関連事業のコンサルティング、大学や行政機関に講師として登壇するなど、コスプレ文化の第一人者として多方面で活躍。

――独立DATA――
28歳で独立
【開業資金/資本金50万円】

法人化登記の費用/20数万円
事務所の敷金礼金など/10数万円ほか
イベントサークルの母体があったため、イベント運営に必須の車や撮影用機材などは一通りそろっていた。そのため独立時の費用は法人登記の費用20数万円と、法人登記用に家賃2万円のアパートを借りた程度で済み、すべて資本金でまかなうことができた。現在は社員スタッフも増え、高田馬場に新事務所をかまえている。

――事業内容――
■株式会社ミネルバ
2009年2月設立
コスプレイベント・プロデュース『COSSAN

コスプレを趣味とする人に交流の場を提供するイベントの総合プロデュース『COSSAN』を母体とし、それに付随する企業マーケティングやプロモーション業務(ダイレクトメール・プロモーションイベントの企画)、飲食店やスタジオなどを貸し切るロケーションコーディネート、各種情報の発信(情報誌の発行・メールマガジン)を手がけている。『流行先端研究所 WIV Lab』を運営し、人気コスプレイヤーのマネジメント業務を行っている。

かつて「コスプレ」というと、マニアックなカルチャーというイメージでしたが、今や「Cool Japan」を象徴する日本発のカルチャーとして浸透し、全国各地でコスプレイベントが開催されるようになりました。中でも人気なのが2006年に始まったコスプレイベント『COSSAN』です。創始者の柴田さんはひょんなことからコスプレと出会い、「イベントプロデュース」という事業で独立。コスプレ業界の最前線を走る『COSSAN』の起業ストーリーとは?

バンド活動に行き詰まっていた頃、テレビでコスプレイベントを見て興味を持ち、友人10人と参加してみることに

 14歳のときにパブリック・エナミー(※1987年デビューのヒップホップ・グループ)に衝撃を受けて、ヒップホップやロックにのめり込んでいったんです。もともと自分は10代の頃から独立志向が強いタイプで、政治的な発言や黒人の誇りを歌にするパブリック・エナミーのインテリジェンスに惹かれたんですよね。中高時代はミクスチャー・ロックのバンドでボーカルを担当していて、将来は音楽の道で食っていきたいと思っていました。

 ところが両親の反対もあって、高校卒業後は建設会社に就職したんです。だけど、限られた選択肢の中からテキトーに選んでしまったような感じで、一生やりたいと思える仕事ではなかった。やっぱり「音楽で食っていきたい」と思い直し、音楽の専門学校で勉強することにしました。そのとき学校の友だちとバンドを組んで音楽活動を再開したんです。

 専門学校卒業後もプロを目指してバンド活動に打ち込んでいました。毎週スタジオで練習し、月4回ほどライブをやって、それ以外の時間はすべてアルバイトというフリーター生活です。自分たちでライブを開催すると、メンバー一人あたり月4、5万円の出費になるんですが、その頃はバンドと並行してクラブのDJもやっていて、多少のギャラがもらえたので生活に困窮するわけでもなかった。将来の不安もなく、音楽活動を楽しんでいましたね。

 ところが3年ほど経つとバンドの活動頻度が徐々に下がっていき、空中分解する寸前になったんです。そのぶんDJやソロのラップといった音楽活動に充てるようになったんですが、「このままバンドを続けてどうなんだろう?」と疑問を感じていました……。そんなとき、たまたまテレビの深夜番組でコスプレイベントを紹介していたんです。2006年当時はコスプレの黎明期で、「こんな遊びがあるのか!」とビックリしましたね(笑)。

 その頃、コンビニとネットカフェのバイトを掛け持ちしていて、バイト先の友だちを誘って男10人でコスプレイベントに参加してみることにしたんです。コスプレ未経験の男ばかりなので、何をどうすればいいのかまったくわからない(笑)。2カ月くらい衣装やかつらなど試行錯誤して準備をしましたね。

 こうして東京ビッグサイトのTFTホールで開催されたコスプレイベントに初参加したんです。私の初めてのコスプレは『BLEACH』のキャラだったんですけど、そのキャラが好きな人と交流が始まり、それがきっかけでますますその作品が好きになるというのが、コスプレの楽しみ方だと知りました。特に進行やタイムテーブルがあるわけでもなく、互いに記念撮影をしたり、共通の話題で交流することを一日中やっているわけですが、とにかくそれが楽しかったんです。

コスプレがきっかけでバンドを脱退。イベントに参加するだけでなく、自分たちが楽しめるイベントを開催したい

 それから同じメンバーでイベントに行くようになり、コスプレ仲間の友達がたくさんできたんです。音楽活動のときは共通の趣味で深い話ができる友達があまりいなかったので、共通の趣味の友達ができてうれしかったですね。実はコスプレにハマったことがきっかけで、バンドを辞める決心がついたんです。

 今度は「自分たちでコスプレイベントを開催してみよう」という話になりました。コスプレ仲間の友達から「こんなイベントがあったらいい」という声を集めて、2006年12月に吉祥寺で初めて自分たちが企画したコスプレイベントを開催しました。これが『COSSAN』の始まりです。

 当時、コスプレイベントには2種類あって、ひとつは日中に撮影や交流を楽しむイベント、もうひとつは夜中にアニソンを流してコスプレ姿で踊る「ダンパ」というイベントです。初のイベントは深夜の時間帯に両方楽しめるというのがコンセプトでした。今思えば稚拙なものですが、自分たちなりに撮影背景に凝って、宣伝もコスプレ仲間にビラを配るくらいでしたけど、100名弱の人を集めることができた。当時の自分たちからすれば大成功でしたね。

 もともと音楽活動の息抜きのような感じで始めたコスプレイベントでしたが、自分たちで企画したイベントに大勢の人が来てくれることは、バンド活動の頃から求めていたことでした。本来、自分がやりたかったことが形を変えてできることがうれしくて、「やれるところまでやってみよう」と思いましたね。

 次は仲間内だけで集まるイベントではなく、もっと大勢の人を呼べるポピュラーなイベントを開催しようということになりました。それからはイベントに行くと、男女別の更衣室の運営や安全な警備体制を研究するような視点になりましたね。当時はイベントが少なかったこともあって、大きなホールでイベントを開催すれば黙っていても人が集まる時代でした。だから動員に関してはあまり心配はなく、むしろ安全に運営できるかが課題だったんです。そのために保険に入るなど入念に準備をしましたね。

 こうして2007年2月に晴海客船ターミナルホールで開催したイベントが『COSSAN』の第2回です。2日間で600~800人ものお客さんが来てくれたんですが、入念に準備した甲斐あって無事故でクレームもなく終えることができた。もともと収益化が目的ではなく、「自分たちで楽しく遊べる場所を作りたい」というのが目的でしたが、数十万円の黒字になったんです。当時は喜ぶというより、「(黒字に)なってしまった……」という感覚でしたね。

イベントサークルが2009年に法人化。自分の才能は、「人が集まって楽しめる場所を作ることにある」と気づかされた

 第3回の『COSSAN』では新規のイベント会場を開拓しました。豊島区役所の新庁舎がある場所に旧日出小学校の廃校があったのですが、私が豊島区出身ということもあり、豊島区の財団法人にコスプレイベントの使用を直談判したんです。今でこそ「Cool Japan」の文化として社会的に認知されていますが、当時は「コスプレ」というと風俗と勘違いされてしまうような時代でした。「コスプレは健全な文化であり、コスプレによって豊島区を活性化します」とプレゼンしましたね。

 学園ものアニメのコスプレをする際、廃校になった小学校は打ってつけなわけですが、当時はそうしたロケーションがまったくなかった。話を聞いてくれた館長が文化的な理解のある方だったことで許可が下りて、しかも非常に安く借りることができたんです。こうして旧日出小学校でイベントを開催したところ、校庭いっぱいに行列ができて自分でも驚きましたね。テンパってしまってそのときのことを何も覚えてないくらいです(笑)。

 それから晴海客船ターミナルホールや旧日出小学校などで定期的にイベントを開催するようになりました。それまでイベントサークルとして活動していましたが、数百万円のまとまったお金ができたこともあって、2009年に法人化することにしたんです。そのタイミングで10名の初期メンバーの半数が抜けましたね。「これで生計を立てられるのか?」という不安もあっただろうし、仕事ではなく趣味としてやっていきたいという気持ちもあったと思います。

 それまで私は大手カラオケチェーンの会社で正社員として働いていたのですが、法人化のタイミングで独立しました。自分の才能は音楽を作ったり奏でたりすることではなく、「人が集まって楽しめる場所を作ることにある」と気づかされたんです。そして、それ以上に自分にとって重要だったのが、「人の役に立てる」ということでした。実は音楽から離れていた20代半ばの頃、かなり荒んだ日々を送っていたんです。『COSSAN』に来てくれたお客さんが喜んでいる姿を見て、とにかくうれしかったんですよね。こんな自分でも誰かの役に立てるんだって。

イベントサークルの延長ではなく、“社会的責任”を担う法人格として生まれ変わらなければいけない

 法人化したとはいえ、当初はイベントサークルの頃とあまり変わりませんでした。みんな別の仕事で収入を得ていて、私もアルバイトをしていました。ただし法人化したことでイベント会場や取引先との交渉はかなり楽になりましたね。それでも100件連絡して1件許可が下りればいい方で、手当たり次第に会場に問い合わせていました。その当時、コスプレイベントの会場をもっとも開拓したのは私ではないかと思います(笑)。

 こうして2010年には年間100本弱のイベントを開催し、コスプレイベントの年間動員数で日本一になったんです。年間延べ5万人の動員にもなると、雑所得と合わせて数千万円の売上になります。だけど、そのときもまだイベントサークルの延長のような感覚で、売上を自分たちの生活のために使おうという考えがまったくなかった。売上は撮影用機材などの設備投資に使い切っていましたね。

 会社としてきちんと経営していこうとなったのは、2011年の東日本大震災がきっかけでした。その年の3月13日に仙台と福島で『COSSAN』を開催する予定だったのですが、想像もしない大参事を目の当たりにして、イベントの中止を発表したんです。たくさんの方からクレームのメールが届きましたね……。2週間くらいして会社が傾きだし、「会社を解散しようと思う」とスタッフにメールを一斉送信しました。このとき「辞めたくない」「続けたい」という声がたくさん寄せられたことで考え直したんです。

 当時は東北のイベントに力を入れていたこともあり、東北の人の役に立てるような法人格に生まれ変わらなければいけないと思いましたね。その後、愛知や兵庫で開催したイベントでは売上の10%を東北復興の寄付金にあて、みんなから寄せ書きを集めて送るようにしました。

 それまで私にとって法人格は、何か面白いことをするためのオモチャのような感覚でした。それが社会的責任を担うものに変わらなければいけないと思いました。会社を維持するということは、収益をあげて従業員の生活を支えるものでなければいけないし、サービスを利用する人の役に立つようなお金の使い方をしなければいけない。それからはボランティアで手伝ってもらうのではなく、スタッフには働いた分だけきちんと給料を払い、法人税、消費税、源泉所得税など会社としての義務を果たすように体制を整えていきました。

 今もピンチの連続ですが、ひたすらやり続けてきたことでコスプレ業界の第一人者的な扱いをしていただけるようになり、多方面から声をかけてもらうようになりました。人の役に立っていることが実感できて、今はとても充実しています。私の場合はたまたまコスプレがチャンスを与えてくれたわけですけど、誰にでも人の役に立てる“何か”があるはずです。それが見つけられるといいですよね。

イベント・プロデュース 独立ノウハウ集

独立前

最初は自腹でイベント運営の醍醐味を経験すべし

柴田さんはバンド活動を通して、自分たちでライブハウスやクラブを借りるということを経験していた。そのため小規模なコスプレイベントであれば、会場探しや予算などの見当がつき、スムーズに開催することができた。ちなみに初めて『COSSAN』を開催した吉祥寺の会場は、50坪ほどのスペースでレンタル代が10数万円。運営メンバー10名で分担すれば一人あたり1万数千円で負担も少ない。最初から収益を望むのではなく、まずは最小限の赤字で良しとし、イベント運営の楽しさを味わうことから始めたい。

長く続けていくためには、最初が肝心

第2回の『COSSAN』では、大人数が集められる晴海客船ターミナルホールへとレベルアップ。それにともない男女別更衣室の運営や安全な警備体制、トラブルに備えて保険に加入するなど入念な準備をした。初期段階で運営ノウハウを培ったことが今に活かされている。特にこうしたコアなファンを対象とするイベントは、一度でも悪い印象がつくと「二度とあのイベントには行かない」といった口コミがすぐに広まってしまう。長く続けるためにも最初が肝心なのだ。

仕事のリズム感を大切にすべし

大手カラオケチェーンの会社勤めの経験は、起業するにおいてまったく活かされていないと柴田さんは断言する。ただし、これまでのアルバイトや会社勤めでは「人に恵まれていた」と振り返る。なぜならバイト先で出会った友人10人から『COSSAN』はスタートしているからだ。そう考えたとき、職場は新たな人間関係を作る場として意味があると言える。また、前職の経験よりも役立っていると思えるのが音楽活動の経験だという。「仕事で重要なのはリズム」だと柴田さんは言う。今だと思える瞬間に行動に移したり、経営者として判断する際、仕事のリズムが自分の中でハマると、頭の中で音楽が流れてくるそうだ。

独立後

法人格を持つことで、社会的信用を得るべし

法人化したことの最大のメリットは“社会的信用”を得られたことだそうだ。やっていること自体はイベントサークル時代と何も変わらなかったが、イベント会場の交渉の際、個人のサークルと法人格ではまったく対応が違ったという。法人化後、イベント会場をどんどん開拓したこともあり、『COSSAN』は2009年に年間60本以上、2010年には年間100本弱のイベントを開催するようになり、一躍コスプレイベントの最大手となった。実績ができたことで、イベント会場の交渉もかなりスムーズになったという。

未知の市場は、後発にもチャンスがある

コスプレイベント業界は3世代に分かれているという。第一世代は「ダンパ」など仲間内の小規模なイベントを始めた最初期のグループである。やがてゼロ年代初頭にイベント業者によって数百人規模のコスプレイベントが開催されるようになる。このときイベント業者が7、8社あり、長らく新規参入もなく業者が固定化されていたそうだ。これが第二世代にあたる。そしてゼロ年代半ばになってコスプレ文化が浸透しはじめると、『COSSAN』のようにイベントサークルから規模を大きくしていくグループが登場。これが第三世代にあたり、中でも『COSSAN』は東北から関西まで幅広くイベントを開催し、第二世代を超える規模へと躍進した。

新たな経済圏を作るべし

コスプレの世界は愛好する人が自腹を切って無償で活動している場合がほとんど。これに対し、「コスプレ業界におけるきちんとした経済圏を作る」ことが柴田さんの新たな目標になっている。そこで多数のフォロワーを持つ人気コスプレイヤーをタレント化してマネジメントする『流行先端研究所 WIV Lab』をこのほど開設。イベントコンパニオンの依頼やインフルエンサーの役割を担うことでコスプレイヤーとして生計を立てられる人が早くも誕生しているそうだ。「コスプレ費用はコスプレで稼いでほしい」と柴田さんは願っている。

取材・文●大寺 明

No Cosplay!! No Life!!
COSSAN

コスプレイベント『COSSAN(コッサン)』は、
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【企画・運営実績】
赤坂サカスおよびTBS放送センター(BS-TBS共済)
東京都豊島区・立川市・他、埼玉県、他各地の地域活性化催事
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東武鉄道主催 コスプレトレイン(スカイツリーライン臨時列車)プロデュース
東京国際アニメフェア、世界コスプレサミットでのコスプレイヤー管理・接客
……など実績多数