松田優作『探偵物語』への憧れがきっかけ。PUNKSが修業10年を経て、腕利き探偵に。私立探偵が語る独立ノウハウ

調査企画CISCO(シスコ) 山下 智巳(やました・ともみ)
調査企画CISCO(シスコ) 山下 智巳(やました・ともみ) 1976年神奈川県川崎市生まれ。15歳からパンクバンドで活動していたが、22歳のときにプロの道を断念し、探偵セミナーを受講。卒業後、探偵のアルバイトを経て、東京と神奈川の2社専属の調査員となる。2006年に独立し、2007年に探偵事務所を開業。2013年より「川崎市民相談会」に参加し、2015年に同会の理事に就任。

cisco_sub01――独立DATA――
●30歳で独立
【開業資金】500万円
<内訳>
・事務所の敷金・礼金・手数料等 60万円
・PC、PC周辺機器、OA機器 60万円
・事務用品、備品 50万円
・宣伝広告費 160万円
・探偵協会などの各会の会費 30万円
・フリーダイヤルなどの通信開設費 40万円
・3カ月分の事務所最低運転資金 100万円

――事業内容――
調査企画シスコ
・2007年開業
・神奈川県公安委員会 探偵業届出 第45070015号
・スタッフ3名
川崎市を拠点に、神奈川・東京を主要エリアとし、全国から依頼を受け付けている。浮気・素行調査をはじめ、家出・音信不通・失踪者の行方調査を行うほか、個人信用問題、企業調査、ストーカー対策、盗聴・盗撮発見など依頼内容に応じて調査業務を請け負う。

推理小説やハードボイルド映画の影響で、誰しも一度は探偵という職業に憧れたことがあるはず。探偵社シスコの山下さんは、まさに再放送されていた『探偵物語』の松田優作に憧れて探偵になろうと考えたそうだ。しかし、実際の探偵業界は悪徳業者が横行するグレーな世界でもある。そうした現実の中で、誠意ある探偵であり続けるために独立に踏み切ったという。

松田優作はいないのか? 最初の探偵業界の印象は「腐ってる……」。探偵の市民権を得たいと思った

cisco_sub02 とにかくPUNKが大好きで、15歳のときからバンド一筋だったんです。その頃はバンドで食っていくつもりだったけど、シド・ヴィシャス(※Sex Pistolsのベーシストだった伝説的パンクロッカー)が死んだ21歳になったとき、この歳で泣かず飛ばずなんだから、もう売れることはねえなって思った。バンドで生活できないから夜はバイトをしてたんですけど、昼間はヒマなんですよね。家でテレビを見てたら、たまたま松田優作の『探偵物語』を再放送してまして、毎日見ているうちに「次は探偵でもやってみようかな」と。はっきり言って一番続かないタイプの動機ですよね(笑)。

 テレビで取り上げられていた大手の探偵社に問い合わせたところ、探偵セミナーを薦められたんです。3カ月間のセミナー受講料が30万円以上で、むしろスクールビジネスとして成立しているような感じでしたね。今思うと、あまり意味がない授業だったけど、そのときは探偵の仕事内容がまったくわからなかったので、とりあえず業界を知るために行くことにしました。

 最初の説明では、支店もあるので就職できるという話だったんですけど、いざ蓋を開けてみると、今は募集していないとか、授業態度がよくないという理由をつけられて、自分も他の生徒もことごとく断られた。結局、騙しだったんですよね。「探偵業界は黒いビジネスが横行している」とわかったという意味では勉強になりましたね(苦笑)。

 自分は就職コースだったんですけど、他に独立コースがあって、要はフランチャイズですよね。そこの業者の人に誘われて、最初は仕事が発生したときだけ呼ばれるアルバイトとして探偵業界に入ったんですけど、金に汚い業者ばかりで「こいつら腐ってんな」と心底思いましたね。1999年当時は、まだ探偵業法もなかったので、それこそヤラズボッタクリ(※調査もせずに料金だけ請求)が横行していて、3分の2くらいが悪徳業者だったんです。

 逆にオレは探偵として市民権をとってやろうと思いました。自分の力で探偵をもっとメジャーなものにして、いかがわしいイメージを変えたかった。だから自分にとって探偵という仕事は自己表現でもあったんですよね。そのために探偵を続けているようなところがある。

 その頃の仕事は尾行などのアシスタントでした。尾行はだいたい2、3人で動くものなんですけど、たとえば調査対象者が乗ったタクシーを車で追跡して、その人が電車に乗ったら車から降りて尾行しなければいけない。その後、着いた先で車を張り込みに使いたいとなったとき、車を移動させるアシスタントが必要になってくるわけです。危ない目にあった経験でいうと、張り込みのアシスタントをしていたとき、たまたま調査対象者の上の階がヤクザの親分の家で、いかにもな風貌の人たちに取り囲まれたことがありましたね(笑)。

探偵の腕を上げるために、1年で3年分の仕事をしようと思った。いつか絶対に探偵のトップになってやる

cisco_sub03 探偵のバイトを始めて1年半ほどした頃、東京と神奈川の探偵事務所が共同で調査員募集の新聞広告を出しているのを見つけたんです。さっそく応募をして専属調査員になることができたんですが、社長といっても個人経営で、東京の探偵会社は1年後には音信不通。状況を把握できないまま神奈川の探偵事務所の所属となったのですが、一人親方みたいな感じで、それゆえに大変でしたね。

 たとえば現場が埼玉で調査対象者を撮影してくる仕事だと、電車の往復で4、5時間かかるのに、撮影だけだから1時間分の時給しか貰えないんですよ。とにかく給料が安くて食っていくのがやっとでしたね。かといって探偵の仕事がいつ入るかもわからないので、副業をするわけにもいかない。経験を積んで独立することを目指していたので、1年で3年分の仕事をするつもりでどんな安い仕事も請けるようにしてたんです。

 他の業者さんの下請けとして呼ばれることも増えてきたので、いろんな探偵のやり方を見て、もっと腕を上げていくようにしましたね。当時はギンギンにトンガッテいたので、いつか絶対にこいつらを抜いてトップになってやる!くらいの勢いでやってました(笑)。

 その探偵事務所で7年ほど働いたんですけど、仕事自体は楽しかったですよね。毎回違う現場だし、いろんなお客さんの問題解決のために動いているという充実感があった。ただその頃には『探偵物語』の松田優作みたいなあったかい探偵はいねえんだな……と現実がわかってきて、正直なところ独立に対して悩みはじめてましたよね。

 だけど何年かすると、雇われ調査員の限界が見えてきて、探偵としての将来を考えるようになりました。雇われ調査員で当時の給料は歩合制。1カ月24時間すべて調査に身を捧げても限界が見えるんです。雇用体系もむちゃくちゃだったし、福利厚生もない。年齢を考えると、この会社に居続けても先が見えないという感じになったんです。

 所長に「退職覚悟」で雇用の改善などを訴え、改善されないのであれば独立する覚悟でした。それに対し、「給料を増やすから残ってほしい」と頼まれたんです。独立という夢を諦めるわけだから葛藤もあったけど、ちょうど結婚を控えていたときだったので安定収入の方を取りました。そしたら、その1年半後に所長が会社のお金を使って女と行方をくらましたり、そのつけの借金とか、いろいろなことが発覚して、事務所を運営していけなくなったんですよ(笑)。もうついていけねえや……と呆れましたね。

 実はそのとき探偵を辞めようと思ってたんです。でも、次に何をやるか思いつかなかった。会社を辞めてしばらく探偵学校の講師をやってたんですけど、あいかわらず探偵になりたいという子を業者が食い物にしていて、自分の頃と何も変わってなかった。

 探偵業界を変えたいと思って探偵の仕事を頑張っていたはずなのに、オレまで嘘をつくの?というのがイヤで、もう一度独立に向けて腰を上げてみようと思った。オレのところに来た依頼だけはハッピーにして帰してあげたい。もうその気持ちだけで開業しましたね。

金はないけど夢だけはある。仲間と楽しみながら探偵事務所を立ち上げるも、「暗黒の5年間」が続いた

 探偵事務所を始めるにあたって、同業者が絶対にマネできないくらいオリジナルのものにしたかった。探偵業界って誰一人としてパイオニアがいなくて、コピーばかりなんですよね。たとえば、ある業者が浮気調査で評判になると、どの業者もそれをパクって同じようなコマーシャルを打ってくる。だからどの探偵業者のHPも同じような内容なんです。逆にうちはパクりたくても演じきれないくらいオリジナルを追求しました。

 開業当初は金はないけど夢だけはあるという状態だったから、明け方までWEB制作に詳しい友だちとやりとりをしたり、二人でイメージ用の写真を撮影しに行ったり、楽しくて仕方がなかったですよね。そうやってできた最初のHPは今よりもっとアナーキーで、もう何屋だよ?って感じでした(笑)。さすがにこれじゃあ相談は来ないべ、となってその後は控えましたけど、一方で自分たちのスタンスをわかってくれるお客さんだけでいいんじゃなか、とも思ってるんです。

 仕事内容を自分たちが楽しみたいという姿勢はダメだけど、「自分たちはこういう探偵事務所をやってます」と表現することは個人の自由だと思う。そこはパンクバンドをやってた頃から抜けきれないところでもあるんですけど、一回きりの人生で、せっかく独立して自分で何かをやりたいと始めたわけだから好きにやってみた方がいいと思う。

 最初の問い合わせはHP経由だったんですが、とにかく嬉しかったですよね。そうれはもう慎重にメールの返信をしました。だけど、開業当初はそうした新規の問い合わせがほとんどなかったので、昔のお客さんに挨拶しに行ったり、地域のフリーペーパーやタウンページに宣伝広告をまきましたね。それでもちゃんと食っていけるようになったのは5年目くらいからですよ。当時を「暗黒の5年間」と呼んでます(笑)。

 もちろん多少の売上はあるんですよ。だけど、その頃はバイトの子とフリーランスの探偵に手伝ってもらっていたので、調査が終了して食事に行ったりすると、そこそこ高いものを食わせたりしていたわけです。自分が若い頃に上を目指して頑張っていたように、やっぱり若い子には探偵という仕事に対して夢を見せてあげないといけない。そんなことをやっていると、自分の手元にはほとんどお金が残ってないっていう(笑)。

 黒字の月もあれば赤字の月もあるという感じで、とにかく広告をまいて依頼が入ることを期待するしかなかったですよね。一番効果があったのは、地域のフリーペーパーですけど、それほどの効果でもないし、ほとんど効果がないときもあったりして、一種のギャンブルですよね。暗黒の5年間……ずっと試行錯誤でしたね。

ブログで自分をさらけ出したことで、“親近感”が得られるようになり、地元の探偵社として軌道に乗り始めた

cisco_sub04 「暗黒の5年間」を抜け出したきっかけは、自分でも意外なことにブログ経由でお客さんが来るようになったことだったんです。HP開設時からブログを書き続けているんですが、当初は仕事も少なかったので気も紛れるしいいかと思って、自分のはけ口として書いていただけだったんですよ(笑)。ブログでは自分をすべてさらけ出しているんですが、そこに親近感を持ってもらえたらしくて、「この探偵さんなら信用できる」と思ってもらえたのかもしれない。悪徳業者が横行する中で、どこに依頼していいのかわからないとなったとき、代表者の考え方がわかると安心感が生まれると思うんです。

 それから状況が変わってきて、ブログサイトの浮気・不倫部門で1位になったりするようになったんです。うちは商店街の一角でやってるような街の探偵社なので、「相談は無料だし、空き時間にちょっと寄ってみれば」というスタンスでやってます。実際、相談だけで終わるケースも多いんですよ。それでもぜんぜんかまいません。うちは『調査を行わなくても、お悩み解消』をコンセプトのひとつにしているので、自分の経験や知識からアドバイスすることで問題が解決できるなら、むしろ喜ばしいことだと思ってるんです。

 くさい話になりますけど、もともとパンクで一時期は腐ってたような人間が、なんとか人様の役に立てていることが仕事のモチベーションになっている。探偵を使うなんて、その人の人生にとって節目だと思うんですよ。依頼者がすごく悩んでいるような状況で、自分たちが証拠をとったりすることで少しでも前に進めるようになるかもしれない。こんな自分たちでも「ありがとう」と言われると、やってて良かったなと思うんですよね。

 探偵の仕事は“信頼”が大事になるわけですが、むしろ“信頼”を得るための営業トークはしません。うしろめたいことが何一つないから、強く出られるというのもあって、それが誠心誠意ということだと思うんです。相談の際には想定されるリスクも最初にきちんと説明して、それでも依頼しますか?と確認するようにしてます。他の業者の多くはそこまで説明をしないし、説明したとしても、こういったリスクがあるから料金上乗せとなりがちなんですけど、うちはそういうこともありません。

 悪質業者と良心的な業者を見分けるポイントはHPに料金設定が出ているかいないか。あとは、すぐに会いたがる業者は怪しいと思った方がいい。今すぐにあなたの相談を聞いてあげるという業者は、危ないと思ってください。

 2年前から行政書士や弁護士、税理士や司法書士といった士業の方々と一緒に「川崎市民相談会」を開くようになったんです。国家資格を持ったそうそうたる顔ぶれの中に探偵というグレーな業界の人間が入れたというのは、かなり異例のことで、自分にとって大きなターニングポイントになりましたね。

 探偵事務所に行くのも弁護士事務所に行くのもハードルが高いものですが、無料相談会なら行きやすいですし、弁護士が隣にいるなら悪いこともしないだろうと思ってもらえると思うんです。探偵を始めたとき、探偵の市民権を得ることを目指していたわけですけど、あの頃自分が求めていた理想が、今実現できていると思うと感慨深いですよね。

私立探偵が語る独立ノウハウ集

独立前

実務経験を最低10年積むべし

探偵は警察署に届け出さえすれば、明日から探偵を名乗ることができる。ただし、禁錮以上の刑に処せられ5年を経過しない者や、暴力団員、禁治産者は不可。これは2007年に探偵業法が施行されてからの規定で、それ以前は誰でも探偵になることができた。そのため悪質業者が横行し、警察が立ち入り検査をするために探偵業法が施行されたという経緯がある。いずれにせよ、未経験でも探偵にはなれるわけだが、実際は10年以上の実務経験がないと使いものにならないのが実情。アルバイトや社員で経験を積んでから独立するのが一般的だ。

探偵7つ道具をそろえるべし

探偵として独立するためには機材が必要。まず撮影機材はムービーカメラが必須。動画で撮影し、その中から決定的な瞬間を静止画にして抜き出すのだ。次に無線機。ケータイでいいと思われるかもしれないが、ボタンを押したり、つながるまでに数秒はかかるため、決定的瞬間を逃したり、調査対象者を見失うといったこともざらだ。無線機ならそうしたタイムロスがない。そして追跡・張り込み用の車。信号や渋滞などで引き離されてしまう場合もあるため、バイクがあるとなおよい。このほかボイスレコーダーや盗聴器発見器が必要となる。

横のつながりを築くべし

探偵は横のつながりが一番大切だと山下さんは言う。たとえば失踪者が「川崎駅周辺でよく飲んでいた」という場合、駅周辺の飲み屋店員と知り合いであれば、そこから情報が得られる可能性があるのだ。あるいは調査対象者の職業に近い業種の人が知人にいれば、業務形態を聞いて調査の参考になる場合もある。お酒好きの山下さんは飲み屋で人と親しくなることで横のつながりを広げていった。プライベートが仕事と直結するのが探偵という仕事なのだ。

独立後

土地勘のある場所で開業すべし

探偵というと新宿や池袋をイメージしがちだが、山下さんは地元川崎市の向ヶ丘遊園・登戸で開業した。地元に恩返しをしたいと考えたからだが、土地勘があることが大きなメリットとなっている。尾行の際も地図が頭に入っているので裏道を使えたり、川崎駅周辺の繁華街をよく知っていたり、川崎市内の仕事であればスムーズにこなせるという強みになっている。また、地域密着型だからこそ、探偵としては異例の「川崎市民相談会」に参加し、司法書士や行政書士と提携することもできた。

とにかく誠意を持って聞くべし

探偵事務所に行くことは一般の人にはハードルが高い。訪れる人は浮気問題や身内の家出など悩みに悩みぬいて相談している。そのため誠実な応対が肝要。デリケートな問題が多いので、丁寧に言葉を選んで話す必要がある。特に夫婦問題など人に知られると恥ずかしい話を打ち明ける際、相談者が自虐的に笑い話のように語ることがあるそうだ。だからといって笑って聞くのは禁物。あとは、とにかく相手の話を聞くこと。この3点を山下さんは心がけている。

「尾行・張り込み」をタフにこなすべし

尾行をするときは普段着が多いそうだ。ただし、オフィス街であれば背広を着るなどTPOは合わせる。また、最初は長袖で途中から脱いでTシャツ姿にしたり、キャップをかぶって印象を変えるようにしている。尾行は意外と楽な仕事で、本当に辛いのは張り込み。まったく家から出ない人を10時間張り込むなど長時間に渡る場合が多く、音で怪しまれないように車のエンジンを切る必要があり、夏場は暑さと蚊で地獄となる。ちなみに張り込みは車で、電信柱の影に隠れて見ているようなことはまずない。

取材・文●大寺 明

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