日本カジノスクールに入り、「やりたいこと」が見つからなかった人生が、劇的に変わった。ポーカーディーラーの独立ノウハウ

鈴木 佑/1982年東京都生まれ。
2006年4月に日本カジノスクールに入学し、同年卒業。カジノヴィーナスやパーティーなどで派遣ディーラーとして活動後、2008年にポーカーイベント会社に入社。2012年に独立し、アミューズメントポーカーサークル「Chip&Chair」を立ち上げ、代表兼ディーラーとして活躍中。

――独立DATA――
30歳で独立
【開業資金/計85万円】

・ポーカーテーブル4台分/70万円
・チップ5000枚/10万円
・ロゴ製作費/5万円

ポーカー事業で独立するには、ポーカーテーブルが必要となる。正規で買うと1台20万円ほどで、当初は前の会社から譲り受けた話になっていたが、独立の際に返却を迫られ、テーブル購入費として70万円ほど支払った。他にはチップを新調した。1枚25~30円ほどだが、5000枚まとめ買いしたことで15%オフの割引と何百枚かおまけをつけてくれた。HPはパソコンが得意なスタッフに作ってもらったため費用はかかっていない。その他、ロゴをロゴデザイナーに依頼し、5万円かかっている。

――事業内容――
Chip&Chair
東京の西日暮里、麻布十番、神保町、神奈川県の関内、高津などで、イベントスペースやバーを借り、ポーカーイベントを開催している。トーナメント戦やリーグ戦など各種イベントに趣向を凝らし、賞品としてラスベガス旅行補助のサポートや割引券をプレゼントしている。ディーラーは代表の鈴木さんの他、スタッフ10名ほどが参加している。

ついにカジノ法案が可決され、いよいよ日本にもカジノが誕生しそうです。そこで需要が高まるのが、ディーラーという専門職。これまで日本にカジノがなかっただけに、「新しい仕事」と言えるでしょう。でも、ディーラーの技術ってどうやって学べばいいの? そのためのスクールがあるんです。日本初のカジノディーラー専門養成機関「日本カジノスクール」の卒業生として、ポーカーサークルを主催するディーラーに話を伺いました。

ずっと「やりたいこと」を探していた。そんなとき日本カジノスクールを知り、「ディーラーをやりたい」と思った

 大学入学後すぐにファーストフードのアルバイトを始めたんです。働くのが初めての経験だったので、学ぶことがすごくいっぱいあって、なおかつお金までもらえる。一方、大学はお金を払って行くのに、得られるものがまったくなかった。目標を持って大学に行けばまた違うんでしょうけど、僕は漠然と大学に行ってしまったので、時間とお金を無駄にしているように感じてしまったんです。アルバイトの方が楽しくて、大学にはまったく行かなくなってしまいました。

 結局、1年で中退して、フリーター生活を2年ほどやってましたね。高校生の頃から「自分がやりたいことをやって生きていきたい」という気持ちが強くて、大学を辞めたのもそれが理由でした。だけど、明確に「やりたいこと」が見つからなくて、興味があるものに飛びつくということを繰り返していました。

 そんなとき、地デジ対策の会社で働くことになったんです。2005年当時は、地デジに変更するために各家庭のテレビやアンテナを交換したり、チェックする必要があって、現場の人が作業をして、その際に出る書類をまとめる事務仕事でした。父が勤めている会社に個人事業主の登録をして、出向というかたちで地デジ対策の会社に3年間勤務する契約です。

 最初の頃は、終電で帰って始発で出社しなければいけないほど忙しかったんですが、3年目から仕事が一気にヒマになってきた。会社の担当エリアの地デジ対策がひと通り終わると、書類も上がってこなくなるから、本当に何もやることがない。一日中、事務所でインターネットを見ながら、次に「やりたいこと」を探してましたね。

 もともと僕はギャンブルが好きで、特に好きだったのが競馬と麻雀だったんですけど、いくら「やりたいこと」がそれだったとしても、ギャンブルで将来やっていこうとは思えない。そんなとき、競馬を通して知り合った人から、「日本カジノスクール」を教えてもらったんです。

 最初は「カジノ」というと「非合法」という危ないイメージがあって、うさん臭いものかと思ったんですけど、ディーラー養成学校だと知って興味を持ちました。でも、当時はカジノに関してほとんど何も知らなかった。ポーカーは役を知ってるくらいだし、ブラックジャックも「21が強いゲーム」くらいしか知らない。バカラなんてルールすら知らなかったですから。

 だけど、ギャンブル特有の高揚感や非日常感がたまらなく好きだったので、自然とカジノにも興味を持ったんですよね。地デジ対策の仕事がヒマになってきたこともあったし、「やりたいこと」に賭けるなら、20代半ばの今がラストチャンスだという思いもあった。それで思いきって飛び込んでみることにしたんです。

カジノディーラーの勉強は、すべてが未知で新鮮だった。中でも胴元側の発想が知れたことが、いい勉強になった

 2006年4月に日本カジノスクールに入学したのですが、そのときはまだ会社に勤務していたので、夜間に通うつもりで授業を自由に選んで受講できるコースを選択しました。ところが、絶妙なタイミングで仕事が3月いっぱいで契約終了になると告げられたんです。おかげで昼間も受講できるようになった。ヒマだったので毎日学校に行って、毎日練習してましたね。

 当時は通常カリキュラムがブラックジャック、ルーレット、バカラの3つで、ポーカーは特別講座でした。授業は、それぞれのゲームのルールを隅から隅まで把握することに始まり、それからトラブル対応を学んでいきます。

 たとえば、ブラックジャックの場合、プレイヤーがカードを引くか引かないかを選ぶわけですけど、引くことを選択したはずなのに、カードを見てから「引くと言ってない」と言うことも想定されますよね。あるいは、ディーラーが配当を間違えて回収してしまったとき、本当は50ドルしか賭けていないのに、プレイヤーが「100ドル賭けていた」と言い張るかもしれない。挙げればキリがないくらいトラブルが想定され、どう解決すればいいかを学んでいくわけです。

 その他にカードの配り方やディーリングの作法を練習します。ディーラーはとにかくたくさん練習しないと身につかない。間違ったやり方で練習していても意味がないので、先生からアドバイスをもらうことが大事になります。あとは座学として、ラスベガスやマカオといったカジノごとの特色や文化を学んだり、カジノ英会話を勉強しました。

 日本カジノスクールで学んだことは、すべて勉強になりましたね。知らない世界のことだったので、すごく新鮮で面白かったんです。もともと競馬や麻雀といったギャンブルが好きだったこともあって、ギャンブルの胴元側の発想が知れたことも、いい勉強になりましたね。

 たとえば競馬だと、25%を利益として抜いて、残りの75%から配当するので、個々のお客さんが勝とうが負けようが利益が出る仕組みになっているんです。これをギャンブルの世界では「控除率」と言って、わかりやすいのがルーレットです。ルーレットにマス目が38個あっても、配当は36倍しかもらえない。この差が控除率になっているわけです。

 極端に言うと、お客さんが勝っても負けてもよくて、胴元側からすれば、お客さんに長く遊んでもらったり、いっぱい賭けてもらうことの方が大事になってくる。そのため、お客さんに気持ちよく遊んでもらうための接客技術も学びます。勝ったお客さんが喜んで帰るのは当たり前ですけど、負けたお客さんでも「来て良かった」と思ってもらうためには、どうすればいいのか?ということは、すごく考えましたね。

アミューズメントカジノやポーカーバーで、派遣ディーラーの仕事をしていたところ、ポーカー専門会社からオファーがあった

 当時からカジノ合法化の話が出ていましたけど、カジノ法案が受理される確証もなかったし、合法化まで待つとしても、合法化後にどういう状況になるのかもわからなかったので、「ディーラーの仕事で食っていく!」と気合を入れている感じでもなかった。卒業するときは、カジノ業界でやっていくのか、別の仕事を探したほうがいいのか、葛藤しましたね。だけど、せっかく学校で学んで技術を取得したんだから、やっぱり「この業界で働きたい」と思いました。

 卒業後は、日本カジノスクール系列のディーラー派遣会社に登録して、お台場のアミューズメントカジノ「CASINO VENUS」をはじめ、結婚式の二次会や会社の懇親会などのパーティー、デパートのカルチャースクールなどでディーラーの仕事をしていました。だけど、CASINO VENUSは毎日入れるわけではなかったし、パーティーの仕事も依頼があれば入るという感じで、2年ほどディーラー派遣の仕事をしましたけど、収入は安定しなかったですね。

 その中で、ポーカーだけはわりと仕事が多かったんです。当時は少しずつポーカーが世間に浸透しはじめた頃で、都内にポーカーバーが何軒かあった。そこの依頼でちょくちょくポーカーのディーラーをやっているうちに毎週仕事が入るようになったんです。今の僕はポーカー事業をやっているわけですけど、もともとポーカーがやりたかったわけではなく、ポーカーの仕事が増えたから必然的に技術が上がって、ポーカーに特化するようになったというわけです。

 あるとき、たくさん依頼してくれていたポーカー専門会社の社長さんから「うちで働かないか」と誘われたんですよね。こうして会社に就職することになって、ディーラーだけでなく、ゲームのシステムを考案したり、イベントスケジュールを決めたり、ポーカーができるお店に営業して開拓するといった仕事をするようになったんです。

 昼間は事務所でイベントの結果をまとめたり、売上管理といった事務作業をして、夜はイベントスペースやダーツバーなどの現場に行って、ディーラーや受付などの現場対応をする。一日中仕事をしているわりには、給料はあまり良くなかったんですけど、ポーカーというゲーム性自体が面白いと思っていたので、仕事は楽しかったですね。

 ポーカーは麻雀と同じように「不完全情報ゲーム」なんです。将棋は実力だけで決まるけど、ポーカーは運の要素があって、実力だけでは決まらない。誰でも勝てるし、誰でも負ける可能性があるから夢があるんです。もともと僕は不完全情報ゲームが好きだったんですよね。

ある日突然、会社が「ポーカー事業を辞める」と宣言。自分たちが築き上げてきたコミュニティーを失いたくなくて、独立を決意した

 4年ほど経ったある日、突然「ポーカー事業を辞める」と社長が言い出したんです。これからどうしよう……と思いましたけど、これだけ長くディーラー業界でやってきたわけだから、今さら他業界に転職する気にもなれなかった。海外のカジノでディーラーの仕事ができないかと考えていた矢先、社長から「ポーカー事業を続ける気はないか?」と聞かれたんです。

 その頃には、イベントの企画・運営、経理から店舗開拓まで、ほとんどすべての運営業務を自分一人で回していました。実質、大阪エリアを担当する社員と東京エリアを担当する僕の二人でポーカー事業を回していた。社長は僕らに屋号を引き継がせて、フランチャイズ化しようと考えたわけです。僕としては、何年もかけて自分が築いてきたものが無くなるのも嫌だったので、一旦はフランチャイズを受け入れることにしました。

 だけど実際は、現場の僕らですべての運営も集客もできていたから、常連のお客さんが着いてくれているわけで、マージンを取られてまで店名を借りてやる必要はないと思っていました。最初から長く続けるつもりはなくて、一定のところで看板を外して、自分の看板を立ち上げるつもりでした。

 そうなったら必ず社長と揉めて、妨害されると予想していました。そこで、大阪の彼と東京の僕が同時に看板を外せば、さすがに手出しはできないだろうと考えて、二人同時に独立する計画だったんですが、結局、大阪の彼は直前になって心が折れてしまった……。結局、僕だけ独立することになって、フランチャイズ化から半年後の2012年9月に「Chip&Chair」を設立しました。

 独立するにあたって、不安も自信も両方ありましたね。前の仕事とやることは同じだし、売上も全部知っていたので、十分生活できることは見えていたので、そこは自信がありました。だけど、経営に関する知識をまったく持っていなかったので、見えない不安みたいなものがありましたね。実際、初年度の確定申告を青色申告にしたところ、まったくわけがわからなくて苦労しました(笑)。

 年々ポーカー業界は伸びていて、競合のお店も増えています。以前はポーカーができるお店も少なかったので、お客さんも選択肢が少なかったのですが、今はお客さんがたくさんのお店の中から選ぶ時代になっています。お客さんもころころ入れ替わっていて、厳しい状況ではあるんですけど、幸いうちの場合は、長く遊びに来てくれている常連さんがすごく多くて、恵まれてるなって思います。

 あらためて振り返ると、日本カジノスクールに行ったことで、メチャメチャ人生が変わったと思いますね。「やりたいことをやろう」と思いきってこの業界に飛び込んで、フル活動してきたおかげで、技術も身についたし、顔も広くなって、こうしてポーカー事業ができる土台が築かれていった。そう考えると、すごくラッキーだったと思いますね(笑)。

ポーカーディーラー 独立ノウハウ集

独立前

場数を踏み、ディーラーの技術を上げるべし

日本カジノスクール卒業後、鈴木さんはアミューズメントカジノでディーラーをすることになり、初めて一般客を相手に仕事をした。最初はやはり緊張したそうだが、場数を踏んで慣れていくことが大切。実践を通して経験を積んでいくうちに、カードさばきやチップさばきの精度と速度が上がり、手際よくゲーム進行ができるようになってくる。そうすると冷静に勝敗を見極められるようにもなり、信頼できるディーラーとして認められていくだろう。

負けたお客のケアを心がけるべし

胴元側にとって大事なことは、お客に長く遊んでもらうこと。勝って楽しいのは当然のこととして、負けた人が「二度と来るか」とならないようにするのが、胴元側の努力だ。日本カジノスクールでこうした胴元側の考え方を学んだ鈴木さんは、自分がイベントを主催するようになってから、負けて手持ち無沙汰になったお客と積極的に会話をするようにしている。そうするとお客との距離も縮まり、遊び友達のような関係になってくるそうだ。こうした普段からのコミュニケーションによって、多くの常連客が着いているようだ。

娯楽を提供するには、まず自分が楽しむべし

ポーカーイベントという娯楽を提供するにおいて、鈴木さんは「まず自分たちが楽しむこと」を心がけている。“自分たちが楽しまないと、お客さんも楽しめない”という考えだ。そうした視点から、プレイヤーが白熱できそうなトーナメントのシステムを考案していくわけだが、自分が本当に面白いと思えるものでなければ、お客さんにプレゼンするにしても弱くなってしまうという。また、平日の昼間は事務作業をして夕方から現場に出て、土日は昼から現場というふうに、ほとんど休みなく働いているが、好きなことをしているため、疲労やストレスは感じないという。「ある意味、ずっと遊んでいるようなものなので(笑)」と鈴木さん。

独立後

カジノ合法化後も変わらず続けるべし

いよいよカジノ合法化が目前だが、鈴木さんはどう考えているだろう? もともとカジノで働くことを目指していただけに、「カジノでディーラーをやってみたい」という気持ちはありつつ、Chip&Chairはカジノ合法化後も継続していくつもりだという。お客とスタッフのコミュニティーを壊したくないという気持ちもあるが、「ギャンブルがしたい」というニーズと、「ポーカーを楽しみたい」というニーズは、方向性が違うと考えているのだ。ポーカーを愛好する人の多くが、みんなで和気あいあいと楽しめる場の雰囲気を求めており、もしギャンブル要素が強くなってしまうと、途端にギスギスした雰囲気になり、そうした場の魅力は失われてしまうだろう。

さまざまなエリアでイベントを開催すべし

無店舗型のChip&Chairでは、西日暮里、麻布十番、神保町、横浜の関内などで場所を借りてポーカーイベントを開催している。その地域に住む人が行きやすいというのもあるが、各店舗ごとに特色があることも魅力になっている。たとえば西日暮里はレンタルスペースであるため、ポーカーをやるお客しか来ないので気兼ねなくプレイに集中でき、神保町の場合は、ダーツバーなので軽食やお酒を飲みながらポーカーを楽しむことができる。それぞれお客の好みに応じて、行く店を選べるというわけだ。

コミュニティー作りの意識を持つべし

Chip&Chairは昔馴染み常連客が多く、「スナックっぽい」とよく言われるそうだ。特に西日暮里のレンタルスペースは、飲み物や食べ物の持ち込みを自由にし、駄菓子やゲーム機を置くなど、気心の知れた仲間が集う遊び場のような雰囲気になっており、ここに来ること自体が、多くの常連客にとって余暇の楽しみになっているようだ。常連客が友人や知り合いを連れてきて、彼らが新たなお客になることも多く、そうした紹介による広がり方もスナックに似ている。そのため大々的に宣伝しなくても、少しずつ新規のお客が増えていくそうだ。

取材・写真・文●大寺 明

アミューズメント・ポーカー・サークル
Chip&Chair

チップ&チェアーは、アミューズメントポーカーサークルとして、
関東を中心に活動しているポーカー団体です。

東京では西日暮里「イベントスペースEDGE」をはじめ、
神保町「JB’s BAR」、麻布十番「AZB10」、
神奈川県では関内「SHARE DINNER」、高津「MOBY DICK」
でポーカーイベントを開催しています。

優勝者に「ラスベガス旅行補助のサポート」がプレゼントされる
3カ月間にわたるポイントリーグや、
各種トーナメント大会を、ほぼ毎日開催しています。
イベント情報や開催店舗は、HPをご確認ください。

判断力と駆け引き、そして、あなたの“運”が問われる
ポーカーの醍醐味を存分にお楽しみください!