流れ作業もスーツも苦手……。消去法でたどりついたのが、得意な職人仕事だった。シルバー&革アクセサリー職人が語る独立ノウハウ

川上 健/1976年東京都生まれ。
高校卒業後、自動車整備士の専門学校を経て、大手自動車メーカーのディーラーに就職。退職後、オーストラリアに1年間滞在。帰国後は人材採用のコンサルティング会社に勤務。27歳から独学でシルバーアクセサリーを作るようになり、その後、インディアンジュエリーの老舗ショップで8年間働き、技術を学んだ。2011年に独立し、シルバー&革アクセサリーのネットショップ「AJINA」をオープン。

――独立DATA――
36歳で独立
【開業資金/0円】

ネットショップで開業したので店舗費用はかからず、当初は自宅で作業していたので場所代はゼロ。サイトは友人が無料で制作してくれた(ただし、売上の25%を支払う)。道具は働きながらコツコツ集めていたので、開業時に購入したものは特にない。ちなみに一から彫金の仕事を始めるにあたって必要な道具は、もっとも高いガスバーナーでも4万円程度で、一式揃えても10万円程度。革の場合は、革をスライスする革漉き機が必要になり、新品だと30万円ほどするそうだ。

――事業内容――
AJINA

銀と革のアクセサリーや小物を一点一点、手作りし、自社サイト『AJINA』やハンドメイド商品のマーケットプレイスで販売。デザインから仕上げまで全て川上さんが手がけ、オーダーメイドや無料のアフターケアにも丁寧に応じている。

アクセサリーや革小物といったハンドメイドの職人に憧れる人は多い。だけど、プロとして生計を立てるには、どういったルートがあるのだろう? 若いうちから専門学校で基礎を学び、工房の先輩や師匠について技術を学んだというケースが多いようだけれど、今回取材した川上さんは、サラリーマン生活を経験後、27歳から独学でシルバーアクセサリーを作るようになったという。それから職人として独り立ちするまでの道のりとは?

自動車整備士を辞めてサラリーマンになるも、スーツを着てやる仕事が「自分には合わない」と気づいた

 思い返せば、子どもの頃から手を動かして何かを作ることが好きでした。幼稚園のときは木片で車や飛行機を作ったり、小学生のときはガンプラやラジコン作りに夢中になっていましたね。高専に進学することも考えたんですが、高校は普通科に進みました。高2でバイクに乗りはじめたんですが、もともと手を動かして作るのが好きだったこともあって、バイクをイジるのが面白かったんですよね。それを仕事にしたいと思うようになって、自動車整備士の専門学校に行くことにしたんです。

 卒業後は自動車整備士として、自動車メーカーのディーラーに就職しました。これがかなりブラックな環境だったんです。朝から晩までひたすら流れ作業で修理作業をこなさなければならなくて、営業からは「早く直せ」「直ってないぞ」とどやされる。まったく職人的な仕事の楽しさもなく、なんか違うな……と(苦笑)。

 社会に出て初めての仕事がそんな感じだったので、1年ほどで嫌になってしまいましたね。それで一回、日本を離れてみようと思ったんです。オーストラリアのワーキングホリデー制度を使って、語学学校に通いながら1年間滞在したんですけど、仕事のストレスから解放されたことを漫喫していて、働きもせず波乗りばかりしてましたね(笑)。

 帰国後は遊んでいるわけにもいかないので、コンサートやイベントの会場設営のアルバイトを始めました。だけど、不定期の仕事だったので、もうちょっと安定した仕事に就きたいと思うようになって、いとこが勤めていた人材採用のコンサルティング会社で働くようになったんです。

 いろんな企業の採用をサポートする業務で、採用サイトや就職ガイドの冊子を作ったり、面接のお手伝いをする仕事だったんですけど、サラリーマンの仕事も自分には合わなかった……。待遇が良かったこともあって3年ほど勤めましたけど、スーツを着てやる仕事がとにかく窮屈に感じられて、「一生続けられる仕事ではないな」と心のどこかですっと思っていましたね。

27歳のときに独学でシルバーアクセサリー作りをはじめた。たまたま人気ショップの募集を知って面接することに

 そんなとき、友だちが革小物を趣味で作りはじめたんです。自分も革小物やアクセサリーが好きだったので、じゃあ自分はシルバーアクセサリー作りをやってみようとなった。さっそく東急ハンズに行って、当時流行っていた趣味用のシルバー素材で作ってみたんですけど、地金を叩いて作る銀製品とは違って、中身がスカスカなんですよね。

 お店で売っているようなシルバーの指輪が作りたくて、東急ハンズの店員さんと話し込んだり、本で調べたりして、自分なりに工夫して独学で作るようになったんです。これまでお店で買っていたものが、自分の手で作れるということが面白くてしょうがなかった。

 自分がシルバーアクセサリー作りにハマっているのを見て、友だちが老舗ショップでスタッフの募集があることを教えてくれたんです。オーナーがインディアンジュエリーの世界では有名な人で、奥さんも革の小物を作っている工房兼ショップで、こうした家族経営のお店が募集を出すことは滅多にないし、人気店なので働きたがる人も多かったと思います。

 当時27歳だったので、3年働いたら30歳。サラリーマンを続けることに限界を感じていて、そろそろ自分の道を決めなければいけないと思って、覚悟を決めて面接に行きましたね。そのときに銀の線を棒に巻く「丸線」という作業のテストをされたんです。そしたら「初めてでこんなに上手く巻ける人はなかなかいない」となって、採用が決まった。自分で作ったものを面接時に持っていったので、彫金に興味があることが前提にあったと思いますが、運がよかったと思いますね(笑)。

 自分の場合は、組織の中で働くことが苦手で、単純に手を動かしてものを作るのが得意だったというだけで、どうしてもその仕事に就きたかったわけでもなかった。ある意味、苦にならない仕事を探しているうちに、消去法で今の仕事に辿り着いたのかもしれない。その仕事が好きかどうかよりも、得意かどうかのほうが大事だと思います。自分は手を動かしてものを作るのが得意だったので、苦にならなかった。そういう意味では、木工職人でもよかったのかもしれません(笑)。

工房兼ショップで8年働いたことで、作る作業から接客・販売までの一連の流れを経験できたことが大きかった

 インディアンジュエリー業界で有名な人のもとで働くことになって、師匠としては一番良かったと思います。だけど、実際の仕事は、巻くだけとか削るだけとか、ひたすら下地のパーツを準備するというもので、師匠の仕事をじっと見ているわけにもいかない。「見て学ぶ」というより、自分の場合は「音」で学びましたね。バーナーの火力であったり、地金を叩くときの力加減だったり、自分である程度作った経験があると、音だけでもなんとなくコツがわかるものなんです。

 工房兼ショップだったことも、自分としては良かったと思います。大きな会社だと単純に作るだけの作業や、販売と接客というふうに別れているものですけど、商品を作って接客して販売するという一連の流れを経験できたことは大きかった。独立する際に必要なことが、すべてここで学べたんですよね。

 オーナーは工房で自分が作りたいものを作っているという感じだったので、値段付けや接客といったそれ以外の部分をひと通り任されるようになったんです。そのぶん給料も上がってボーナスも出たし、頼られているので居心地も良かった。だけど、家族経営のショップなので「いつまでもここにいるわけにはいかない」と思っていました。

 そんなとき、サラリーマン時代の同僚がデジタルハリウッド(※ITやデジタルコンテンツの社会人大学)に通っていて、「実績が欲しいから一緒にネットショップをやってみないか」と誘ってくれたんです。シルバーアクセサリーという大枠だと、競合が多すぎる。そこで何かに特化しようということになり、その友だちがいろいろ調べてくれて「マネークリップなら競合がいない」と提案してくれたんです。一定数のシェアがあるので、検索の上位を狙えるというわけです。

 これが予想以上にうまくいって、いいときで月20万円くらいの売上になりました。副業としてはいいけど、それで食べていけるかとなると、まだちょっと不安でしたね。その後、2年ほどショップの仕事を続けていたんですけど、不況もあって以前よりヒマになってきたんですよね。だけど、人気店なので売上の数字はそこそこ高い。自分としては、これだけ高い給料を貰っているんだから、もっと頑張らなきゃって空回りしていたかもしれない。

 技術が身についてくるにつれて、オーナーとは違う自分らしいものを作りたいと思うようになったこともあったし、お店のやり方にしても「自分だったらこうしたい」という欲が出てきて、2人目の子どもが生まれたタイミングで独立を決意しました。普通だったら子どもが生まれたら独立しないですよね。だけど自分は逆で、家族のためにも時間の融通がきく働き方がしたいという気持ちが強かったんです。ショップは土日が忙しいので、平日休みですから。

長く使ってもらえるものを作ることは、職人としての醍醐味。そこに作り手の「味な」こだわりを入れていきたい

 独立当初はマネークリップの商品数を10点から50点くらいまで増やしたり、サイトをリニューアルしたりして、売上も伸びていました。だけど、老舗メーカーがマネークリップの競合になって以前ほど売れなくなってきたり、震災後の不況があったりして、ダメかも……と思った時期もあったんです。その都度、チャリティーをやったり、ナンバリングした限定品を販売したり、手を変え品を変え工夫していましたね。

 独立を決めたとき、自分が好きなものを作って、売れなければしょうがないと考えていました。そのぶん徹底して自分がやりたいようにやってみようと。競合に負けないように革の小銭入れを作ったことがきっかけで、革製品も手がけるようになって、それからお財布、ペアネックレス、キーホルダーというふうに商品数をどんどん増やしていきました。ちなみに現在の商品数は160点ほどです。

 だけど、いくら自分が納得できるものを作っても、お客さんに見てもらえなければ売れることはありませんよね。そこで自分のサイト以外にも『Creema』や『iichi』といったハンドメイドのマーケットプレイスに出店するようにしました。作り手のこだわりが感じられる一点物が欲しいという需要や、プレゼント用にネームを入れたいといった需要があって、そこにうまく食い込めたことで独立後もやっていけてるんですよね。

 職人さんの登録も多いので、最初は埋もれていました。女性ユーザーが多いらしく、かわいいアクセサリーの出品が多いんですが、自分の作るものはどちらかというと男性寄りだったんです。だけど、逆にそれが功を奏したと思います。きれいな色の革を使った小物が女性の目に留まって、彼氏へのプレゼント用として選んでもらえたんですよね。こうして少しずつ商品が売れて、レビューが増えてくると検索で上位に表示されるようになります。クリスマスのピックアップ商品に選ばれたりして、だんだん目立つようになってきたんです。

 「こうすれば売れる」と狙ってやったわけではなく、たまたま自分が作りたいものを作っていたら、うまくニーズに合った。これも「運」ですよね(笑)。自分はアーティスティックな独創的なものを作るより、飽きずに長く使ってもらえるようなオーソドックスなものを作るほうが得意で、そこに眺めて楽しめるような粋な工夫を入れていきたい。そうした意味を込めて屋号の『AJINA』は「味な」が由来なんです。

 特に革製品は使っているうちにどんどん馴染んできて、味が出てきます。ハンドメイドの良さとして、手縫いのほうが長持ちしますし、お直しがきく。自分が生きている限りはお直しを受けようと思ってます。自分が作ったものが長く使ってもらえるということは、間違いなく作り手としての醍醐味です。ときには代々受け継がれていくこともあるかもしれない。そう思うと作っていてゾクゾクしますね(笑)。

シルバー&革小物職人 独立ノウハウ集

独立前

「やる気」さえあれば、いつか道は拓けるはず

シルバーアクセサリーや革小物の職人に憧れる人は多い。そのための専門学校も多く、実際、そうした職人の大半は専門学校で10代のうちから技術を学んでいる。しかし、川上さんの場合、27歳から独学でシルバーアクセサリーを作り始め、その直後に有名店の採用が決まり、働きながら技術を学んでいった。こうした個人店は求人募集を出すこともなく、専門学校の後輩といった縁故の採用がほとんど。有名店だから働きたがる人も多い。その中でなぜ川上さんが採用されたかというと、「独学で作っている」という“やる気”が買われたのだ。

学べる技術は、なんでも吸収すべし

前職の工房兼ショップでは、オーナーがシルバーアクセサリーを作り、奥さんが革製品を作っていた。もともと彫金の技術を身につけることが目的だった川上さんだが、奥さんの手伝いをしているうちに革職人の技術も勉強できたそうだ。本格的に革製品を作るようになったのは独立後。まったく違う技術なので、彫金と革の両方できる人はきわめて珍しい。自分で作った金具と革を組み合わせるなど、両方できることが職人としての強みになっているそうだ。

職人仕事こそ「接客」を経験すべし

職人のウィークポイントとして、実際にその品を購入する人の生の声を聞く機会が乏しいことがある。川上さんの場合、セミオーダーができる工房兼ショップで接客も担当していたことが、非常に役立っているそうだ。お客が明確なイメージを持っているとは限らず、話をしながら要望を探りだし、作り手として細工のデザインや石の種類を提案する。独立後、オーダーメイドの商品を作る際、要望を聞き、提案するというメールのやりとりも、この経験があったおかげでスムーズにできるようになった。

独立後

作業環境を整えるべし

当初は自宅で作業をしていた川上さんだが、彫金の作業は音が出るし、火も使えば硫酸もある。子どもの安全を考え、家の近くにシェアオフィスを借りることにしたところ、理想的な作業環境を整えることができた。シェアしている他の3人はいずれも陶芸や革細工など趣味で何かを作っている人たちで、クリエイティブな刺激になるばかりか、人を紹介されて仕事につながるケースも多いそうだ。また、展示スペースとしても活用し、「実際に見て相談したい」というお客さんを呼べるメリットも大きい。

「問屋街」の情報をチェックすべし

職人は技術だけでなく、道具や材料の知識も大事になってくる。川上さんはハンドメイドの青空市に出店することで、同業者と知り合いになり、「浅草にいい地金屋がある」といった情報交換をするようになった。もちろん情報を得る以上、自分も有意義な情報を提供するようにしている。ちなみに彫金や石は御徒町、革は浅草、真鍮であれば蔵前がメッカというふうに道具や材料の問屋街があり、原価を抑えるためにもこまめに問屋情報をチェックしておきたい。いずれも東京東部に集中しているので、自然と職人も東京東部に住んでいる人が多いようだ。

フリーランスだからこそ、時給換算して仕事を選ぶべし

ネット販売のみで生計が立てられるものだろうか? 並行して卸しの仕事も請けたほうが安定すると考えがちだが、これがワーキングプアの入り口になりかねない。たとえ大手業者から何千個という発注があったとしても、業界的な相場で販売手数料が50%前後引かれるので、時給換算すると別のアルバイトをしたほうがまだマシ……という状況に陥りがちなのだ。そのため川上さんは卸しの仕事は基本的に請けず、オリジナル商品の製作に全力を注いでいる。大量生産の流れ作業ではなく、「1点ずつ手作りし、売れた分だけ稼ぎになる」というシンプルな働き方が気に入っているそうだ。

取材・文●大寺 明

シルバー&革アクセサリー
AJINA

雰囲気があること、個性的であること。
そんなとき、人は「味な人」「味なもの」と表現します。
僕の創るものも、それを身に着けてくれる人にもそうであってほしい。
それがAJINAの思いです。
手作りだからこそ、身に着けていてしっくりと馴染み、温かみを感じられる。
どの製品も永久無料保証。
一生モノのアイテムとして使っていただけるよう、
魂を込めてお作りしています。

初心者から職人志望の方まで大歓迎!
AJINA 手縫い革教室

1回3時間/6,000円(月2回開催予定)

シルバー&革アクセサリーAJINAの職人である、川上健が教える革教室です。
これまでに革小物制作のイベント・ワークショップを月に一回以上行い、
のべ100人以上の指導経験があります。
「革小物作りを体験したみたい」という初心者の方から、
将来的に「職人として独り立ちしたい」という方まで大歓迎!
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