アジア雑貨を海外で買い付け、自分のお店を出すには!?経験者が語る独立ノウハウ

「RED HOT MAMA」山田一夫さん(55歳)
1958年東京都新宿区生まれ。大学卒業後、インポート古着の会社に就職。その後、インポートのアパレルメーカーに転職し、アメリカ・イギリスのバイヤーを担当。40代から独立を準備しはじめ、50歳で新中野にエスニック・セレクトショップをオープン。

rh_sab1<独立データ>
50歳で独立
【独立資金】約250万円
・家賃15万円
・敷金礼金60万円
・内装代28万円
・看板代8万円
・フライヤー代1万5000円
・什器代(ラックやハンガーなど)45万円
・その他設備費(パソコンやレジなど)25万円
・海外買い付け代(航空費含む)18万円
・輸入業者仕入れ代50万円

【事業内容】
開業:2008年
個人事業主
タイ、インドなどアジアの服と雑貨を集めたセレクトショップの経営・卸し・ネット販売

日本にはない色彩感覚や独創的なデザインがひときわ目を引くアジア雑貨。こうしたアジア商品を集めたお店も珍しくなくなった。アジアを旅したことのある人であれば、「自分にもできるのではないか」と一度は考えたことがあるのではないだろうか? しかし、いざ店舗経営となると、そう簡単な話ではないはず。新中野でアジア雑貨のセレクトショップを営む山田一夫さんにお話を伺った。

アメリカ・イギリスでバイヤーを担当。海外マーケットを経験したことが、今の仕事につながっている

僕が大学生だった70年代末は、DCブランドが真っ盛りでした。一方、ちょっとマイナー志向の人は、インポートの洋服を好んで着ていた。雑誌の『POPEYE』が海外のファッションやカルチャーを盛んに紹介していて、若者のバイブルになっていた時代です。僕は海外の古着が好きだったので、大学卒業後、インポート古着の会社に就職した。今でこそ都内に何百軒と古着屋がありますけど、当時は原宿界隈に10軒ほどしか古着屋がなくて、まだ珍しかったんです。

就職したインポート古着屋は、アメリカのシッパー(輸出業者)が常に古着を送ってくる仕組みになっていて、僕の仕事は普通の店員でした。最終的に古着屋になることが目標ではなかったので、その古着屋をステップにしてインポートのアパレルメーカーに転職したんです。

最初は下積みの仕事から始めて、知識がついてくると、仕入れの仕事を任せてもらえるようになった。海外の展示会に行って買い付けてくる仕事で、僕はアメリカとロンドンの担当でした。やっぱり洋服屋は仕入れが一番楽しいですよ(笑)。ただし、2泊3日といった強行スケジュールで展示会を回らなくてはいけなかったので、飛行場とホテルと展示会場しか見てないですけどね。

アメリカはアウトドア専門の展示会、軍隊の放出品の展示会など、とにかく種類が豊富なんです。しかも東海岸と西海岸でそれぞれやっている。ロンドンもいたる所でファッションショーが開かれ、春夏もの秋冬ものと最低でも年に2回は大きな展示会がある。何人かのバイヤーで交代しながら行くんですけど、多いときで年に10回くらい海外に行ってましたね。

当時はインポートブームでしたからとにかく儲かりました。ちょうどバブル期と重なったことも大きかった。その会社は渋谷と原宿に直営店を持ちながら同時に卸もやっていたんですが、売れ筋商品が出ると、入ってきても入ってきても足りないくらい売れましたね。需要が供給に追いついていなくて、砂漠に水を蒔くような状況。もうやった者勝ちの世界でしたよね。

一流海外ブランドを大手が独占し、個人の小売店は大ダメージ。業界に陰りが見えはじめた……

その会社は一端辞めて、また入り直したりしましたけど、結局、40代後半まで勤めました。長年ファッション業界に身を置いてきたわけだけど、90年代半ばあたりから、だんだん陰りが見えてくるようになったんです。それまでは、自分たちで見つけてきた商品を独占して売れば、大きな売上げになったわけですが、だんだん有名なブランド商品しか売れない時代になりはじめたんです。

90年代までは、まだいろんなものが珍しかった。だから、次から次に売れ筋商品が出てきました。たとえばダウンジャケットは、70年代まで黄色や青色といったカラフルな色しかなくて、黒色がなかったんですよ。黒のダウンジャケットが売れ筋になって何万枚も卸しましたよ。5、6万円もする高価なダッフルコートが右から左へと売れたりもしました。

それ以前のいいときは、インポート服の小売店経営者は、みんなベンツに乗ってましたよ。でも、大手が駅前の一等地に直営店を出すようになって、どんどん小売店は追いやられていきましたよね。小売店の卸値は商品の5~6割です。それが直営店だと原価が2~3割だから、バーゲンをやっても利益が出る。しかも大手は一つの商品に対してカラーバリエーションが豊富だったりするわけですから、太刀打ちできないですよ。

取引先の小売店がどんどん行き詰っていくのを見て、卸業も先細りになっていくことは読めましたね。今は服屋も飲食業もみんな大手にかっさらわれてるでしょう。今後、少子化で若者が減少していくこともわかっていましたから、この業界にずっといようとは思えなくなってきたんです。

40歳くらいから独立を考えるようになったんですが、まずボーナスを全て貯蓄に回すようにしましたね。自分で商売がしたいと思ったわけですけど、小売店だけではキツイことは目に見えている。会社の成功モデルを参考にして、小売と卸の両方をやろうと決めていました。ただし、大手が参入してきたら、個人の業者なんてひとたまりもない。どういった商品であれば大手に侵されないか、ずっと考えてましたね。

大手が手をつけない商品は? 独立を考えながらマーケットを見てまわる風変わりなタイ旅行

それまではアメリカとヨーロッパばかり行っていたわけですが、30代後半からアジアに目を向けるようになったんです。最初はタイに行きました。独立後の商売のことを考えながらの旅行だったので、観光地には目もくれず、ひたすら服と雑貨のマーケットを見て回った。とにかく僕はマーケットを見るのが好きなんです。いくら長時間見ていても苦にならない(笑)。

大手が参入しないという点では、アジアの商品はうってつけだと思いました。なぜなら先進国で作ったものに比べると、明らかにクオリティが低いからです。そのリスクを考えると大手は手を出さないですよね。個人の商売だと、アメリカやヨーロッパの商品はコストがかかりすぎて難しいですけど、アジアの商品であれば仕入れ値も抑えられますからね。

マーケットを把握できたので、いよいよ独立に向けて動き出したんですが、会社を辞める前の2、3年は、働きながら物件を探してました。人から出店の相談を受けることがよくあるんですが、退職してから物件を探すのは「絶対にやめろ」とみんなに言ってます。なぜかというと、物件というのはなかなか決まらないものなんですよ。

誰しもなるべくいい場所に店を出したい。できれば駅前がベスト。でも、そうした物件は家賃が何十万円もする上に、保証金が10カ月分も必要だったりする。集客が見込めれば見込めるほど、家賃も保証金も高くなる。例外は絶対にないです。しかも、高い物件は大手業者に回り、個人事業主に回ってくることはまずない。「駅から近い割に家賃が安いな」と思って見に行くと、閑散とした裏通りだったりして、掘り出し物なんて絶対にないことを思い知りました。

結局、駅から徒歩5分と近く、商店街にあることが気に入ってこの物件に決めたわけですけど、それでも家賃は15万円。保証金ではなく、敷金2礼金2で手頃だったことも決め手になりました。街についても事前にウィキペディアを見て駅利用者の数や人の流れなどをリサーチしましたね。

お客さんが欲しがる物を“探す”ことが、自分の仕事。好きなことだからこそ、続けられる

rh_sab2最初の商品はタイで買い付けることにしました。観光客のいる所は、当然、高いですから、日本で言うところの馬喰町のような地元の人向けのマーケットを回るんです。インチキ英語でも交渉はなんとかなりますし、リテーラー(小売業者)だとわかると、売る側も心得たもので、リテーラー向けの値段にしてくれるものなんです。

個人でやっているので、自分が海外に行くとお店を閉めなくちゃいけなくなる。だから旅費が高くてしんどいですけど、買い付けに行くのは年末年始やお盆です。元々、海外に行くのが好きでこの仕事をしているのに、実際はなかなか行けない。それがストレスですよね(笑)。自分で買い付けてくる以外には、輸入業者から仕入れています。輸入業者にもタイ専門やインド専門などの特色があるので、何社か付き合いながら、自分が欲しいものを探すわけです。

小売の商売は、年々厳しさを増していますね。商品うんぬんの問題ではなく、消費の冷え込み。これに尽きる。僕の場合は、小売が落ちているぶん、いかに卸で売上を伸ばすかを考えています。アパレル時代のコネクションがあるから卸業ができていますけど、何のツテもなくやるのは難しいでしょうね。だから、どんな商売でも、それまで自分がやってきた仕事の延長上で独立を考えるべきだと思うんです。

この商売は、極論すると二つに分かれると思う。商品が好きなのか、商売が好きなのか。僕はやはり商品が好きなんですよ。話術で物を売ることに長けた人っていますけど、僕の場合は、お客さんが好きな物をいかに集めるかが得意なこと。根っからの商売人になれない。お金儲けを批判しているわけではなくて、向き不向きだと思うんです。

お客さんが欲しがる物を貪欲に探して集めて、それを宣伝する根気がこの仕事には大切。多少しんどくても続けられるのは、結局、一番好きなことをやっているからでしょうね。お店というのは、自分が気に入ったものを集めたコレクションなんです。独立して心から良かったと思えることは、自分が「こうしたい」と思ったことに制限をかけなくてもよくなったことですよね。

アジア雑貨セレクトショップの独立ノウハウ集

独立前にするべきこと

小売と卸の両方をやるべし

小売りと卸の両方をやっていた前職の会社を、山田さんは独立後のモデルにした。卸は商品を一括で仕入れて在庫を抱えるため、小売店に商品を卸して回収するまでの期間が苦しい。直営店があれば、その間、日銭が入ってきてやりくりしやすくなるというわけだ。一方、小売だけだと、まとまったお金が入ってくることがないので、細々とやっていくしかない。

海外に慣れておくべし

バイヤーとして海外を経験したことが大きい。右も左もわからない頃は、一つのマーケットであっても効率よく商品を見つけるコツをつかむまでに1、2年はかかるそうだ。最低限、海外旅行をした経験があるだけでも、時間のロスは確実に減るので、まずは海外に慣れておきたい。ちなみに交渉は、量やカラーの指定など限られるので、語学力はそこそこでも大丈夫。

内装・外装費を抑えるべし

内装・外装に凝りはじめると、開業資金に際限がなくなるのが新規出店。山田さんは仕事マッチングサービスの「楽天ビジネス」で格安の内装業者を探し、床と壁紙を張り替えるだけに抑えた。実は塗装よりも壁紙を張り替えた方が安上がりなのだ。看板も自分でデザインし、データを持ち込んで看板業者に依頼。実はデザイン料というのはバカにならないものなのだ。

独立後にするべきこと

レディースを中心にすべし

山田さんのお店はレディースが中心。男性がアジアの派手な服を好まないというのもあるが、景気に陰りが見えてくると、男性は衣服への出費を控えるそうだ。男性は去年、一昨年に買った服でも気にせずに着るが、女性は毎年、新しい服を買う。アパレル業界でもメンズは厳しいというのが常識であり、山田さんはレディースの商売しか念頭に入れていなかった。

一般層に向けて商売をすべし

卸業もやっている山田さんだが、アジア雑貨のお店に卸しているわけではない。むしろアジア雑貨を扱っていないお店に卸すのだ。ただし、きれい目のファッションを好む層にアジア雑貨は拒絶反応を持たれがち。そうした層にも受け入れられるアジア雑貨を見極めることが肝要だ。山田さんはアパレル業界にいた経験から、その感覚が身についていた。

SNSやTwitterを活用すべし

多くの人がネットショッピングをする現代において、ネット販売は欠かせない。今やパソコン作業が山田さんの一日の大半を占めている。ネット販売の売上を伸ばすには、大手ショッピングモールに出店するのが効率的だが、家賃の考え方と同様に「集客率=出店料」だ。そこで、山田さんはSNSやTwitterなど無料サービスを活用し、商品情報を拡散することにしている。

取材・文●大寺 明

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店舗紹介
RED HOT MAMA(レッド・ホット・ママ)
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最寄駅/東京メトロ丸ノ内線「新中野駅」より徒歩約5分
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営業時間11:00?20:30 (土・日12:00?20:30)
不定休
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