「麺処ほんわか」「井の頭ナムチャイ」 店主 田中実鶴さん(39歳)

たなか・みつる
1974年奈良県奈良市生まれ。専門学校卒業後、アルバイトをしてはヨーロッパや東南アジアを旅する生活を送る。タイに2年間滞在した後、29歳で上京し、タイマッサージ店に勤務。2005年に西荻窪にラーメン店を開業し、2008年に三鷹台に移転。2011年に三鷹台駅前に2店舗目を出店した。

IMG_1479<独立データ>
29歳で独立
【独立資金】70万円
・厨房設備一式+5日間の研修費用60万円
・物件引き継ぎの礼金10万円
【技術・資格】食品衛生管理者資格

事業内容
設立:2005年
従業員数:5名(交代制)
魚介醤油ラーメンとつけ麺の専門店と、カオソーイやガパオライスなどのタイ料理屋の2店舗を経営。

京王井の頭線・三鷹台駅前にある「麺処ほんわか」は、魚介醤油スープが評判のラーメンとつけ麺の専門店だ。店主の田中実鶴さんはこれが2店舗目の出店であり、1店舗目はカオソーイをはじめとするタイ料理屋として営業している。飲食店を開業するとなると、修業を積むのが一般的だが、田中さんは世界を旅するバックパッカーから飲食業経験ゼロで開業。山あり谷ありの店舗経営の秘訣を語っていただいた。

海外を旅しながら、内心では焦りを感じていた

上京したのが29歳なんですよ。それまではアルバイトをしては海外を旅するバックパッカーをしてました。測量の専門学校を卒業して20歳で社会に出たわけだけど、その頃は将来やりたいことがあるわけでもなく、ふわふわした感じで、測量の会社に就職しては半年くらいで辞めるということを3社くらい繰り返しました。その仕事に向いてなかったんでしょうね……。

その後、23歳でロサンゼルスに初の海外旅行をして、一気に海外に目覚めたんです。その後、一カ月くらいヨーロッパを旅して、今度はタイを旅しました。それからはアルバイトをして旅費を稼いでは海外に行くという日々です。はたから見れば、あちこち世界中を旅して楽しんでいるように見えたかもしれないけど、内心では焦ってましたね。

30歳になる頃にはちゃんと就職して何百万円も貯金が貯まっていて、それを結婚資金にして家庭を持つという固定観念を引きずりながら旅してたんです。でも、実際の自分は30歳が近づいてくるのに、お金もないし、何のスキルもない。「将来どうしたらいいんだろう?」と不安を感じていました。旅をしていると、自分と向き合う時間が多いから、いろいろ考えさせられるんですよね。

タイに住む日本人の女の子を好きになったことがきっかけで、タイで2年間生活したんですが、その間に将来に備えてタイ語を勉強したり、カオソーイ(タイ北部の伝統的な麺料理)を覚えました。28歳のときに陸路でシルクロードを旅して、目的地のイスタンブールに着いたとき、「これでバックパッカーは卒業だ」と決めたんです。どこかで決めないと、今度は南米を旅しようとなってキリがない。

「自分で何かをやらなくちゃ」と考え、あらゆる可能性を模索

帰国することにしたわけですが、2年間の間にすっかりタイ人の感覚になってしまっていて、今さら日本で会社勤めはムリだと自分でも思いました。当時、メロンパンの移動販売が日本で流行っていたので、自分も移動販売を仕事にできないかと考えたんです。もう一つ、将来的に海外で日本語教室が出来ないかと考えていました。いずれにしても「自分で何かをやらなくちゃ」と思ってたんです。

とりあえず上京して日本語教師養成講座に通いながら、新橋のタイマッサージ店で週2、3日働くことにしたんです。仕事が夜からなので、日中は井の頭公園に毎日のように行って、路上タイマッサージという個人的な商売をしてたんですよ。その途中の井の頭通りにラーメン店があって、たまに一杯300円セールをやってたんです。節約生活をしていたから、そういうときにしか行かなかったんですけど、店主が脳溢血で倒れて店を畳もうとしていて、「この店、やる?」という話になった。「これだ!」と思いましたね。チャンスは今つかまないといけない。飲食業経験もないのに二つ返事でお願いしました。

タイで生活する前に、三重のタイヤ工場で半年間働いて、150万円貯金したわけですが、帰国したときに70万円くらい貯金が残っていて、それがそのまま開業資金になった。厨房の設備一式と賃貸契約引き継ぎの礼金、それにスープの仕込みを習う5日間の研修がついて、トータルで70万円。ラーメン店の開業資金は1千万円と言われているから破格ですよね。

新天地への移転をきっかけにラーメンとつけ麺の専門店で勝負

3年目で大家さんの都合で店を退去しなくてはいけなくなった。井の頭公園が好きだったので、近くの三鷹台の物件を探したんです。三鷹台のセブンイレブンが地上店(駅構内などの店舗を除く)の売上1位だと人づてに聞いたのも大きかったですね。

ラーメン店を2年間続けてきた実績があったので信用保証協会から200万円の融資が降り、それを新店舗への移転費に当てることにしましたが、内装工事を全部自分でやって、厨房設備は軽トラを借りて自分で運んだので、物件契約費用の110万円くらいしか使わなかった。家賃は9万円で高くなりましたけど、2階が住居にできるので、格安物件ですよね。

西荻窪の店は私にとっては苗場みたいなもので、この移転が本当の意味での開業だったかもしれない。新天地に来るにあたって、まずスープも麺も変えました。西荻窪ではラーメンの他に炒飯や餃子も出してたけど、三鷹台ではラーメンとつけ麺の専門店として勝負することにしたんです。

IMG_1440移転後は順調だったんですけど、売上が伸び悩んでいたときに悪質な従業員とのトラブルがあったんです。バイト募集の張り紙を見て入ってきた人だったんですが、両替のお金をくすねていたことがわかってクビにしたところ、フリーター専門の労働組合と組んで不当解雇だと言いがかりをつけてきた。

どうやら、うちみたいな個人経営のお店を狙って、問題を起こして解雇されては訴訟するというたちの悪い人のようでしたが、法律的に従業員と雇用主では、雇用主の方が圧倒的に不利になる。こちらも弁護士に相談しましたけど、結局、30万円ほど支払わざるをえなくなり、弁護士の相談費用なども含めると50万円以上の出費になったんです。

精神的に落ち込んでいるときに、三鷹台の駅前の物件が借りられるという話が飛び込んできた。3日後までにお金を用意しないと移転できないという急な話で、銀行のカードローンで80万円を借りて、どうにか奇跡的に間に合ったんです。それに加え、日本政策金融公庫から350万円の融資を降りたので、エアコンや煙突の設備や内装費に当てることができたんです。

独立は「やったもん勝ち」。完璧主義より「マイペンライ」の精神で

これまで立地が悪いところ苦戦してきて、「立地さえよければ」という話をよくしていたけど、立地がいい場所に来てみると、それはそれで大変。立地がいい所はやっぱり家賃も高いし、お客さんが多いから従業員を増やす必要が出てきて人件費もかかって、毎月200万円くらいの売上が必要になる。融資の返済もあるし、今はひたすら我慢の時期ですね。

だけど、8年もやってると仕事を大変だとは思わなくなってくものなんです。私のモットーは「喜ばれて喜ぶ」。カウンター越しにいろんな価値観のお客さんと話が出来て、いろんな出会いがあるから接客が楽しいんですよ。とはいえ、やっぱり人間だから調子がいいときもあれば不調のときもある。やっぱり毎日が繰り返しだから、続けていくことが一番しんどい。週に一回、温泉施設でゆっくり休むことで、ライフゲージを上げるようにしてます。

独立を考えている人にアドバイスをするとしたら、「やったもん勝ち」ですよ。完璧主義よりも「マイペンライ(タイ語で『心配なし』『気にしない』という意味)」。たとえばマッサージ業で開業したいなら、「俺は天才マッサージ師」だと言いきるくらいの方がいい。それでやっていくうちに、ちゃっかり本当のプロになっちゃうものだと思うんです。

あとは「執念」があるかないかですね。結局、独立開業して続いている人と辞めた人の差を考えてみると、「執念」しかない。100%ダメだと判断出来るならスパッと諦めた方がいいですけど、1%でも可能性が残っているうちは、あらゆる可能性を模索して、そこに120%の力を注ぐことです。ラーメン屋なんて、儲からないとか腰が痛いとか、辞める理由なんていくらでもある。そこで諦めない「執念」が大事だと思うんです。

自分でお店を出すことの一番の良さは、やっぱり自分でやりたいことが出来ることじゃないですか。「社会を変えていきたい」というビジョンが私にはあって、今は何かしら世の中に影響を与えて、少なからず活動が出来ている実感がある。今後は店舗を増やしていって、ゆくゆくはインドにも出店したい。私の夢はエベレストに登ること、パイロットになること、宇宙旅行をすることで、やりたいことがいっぱいあるんです。そのためにはもっともっと頑張らないと。

ラーメン店を成功に導く独立ノウハウ集

独立前にするべきこと

世界を旅し、自分と向き合うべし

20代半ばの頃、田中さんは三重のタイヤ工場で6カ月間働き、旅費を貯めた。その間、自分を高めることを意識し、たくさんの本を読み、海や山でたくさん遊んだ。そうして150万円ほどの貯金を元手に海外を旅し、将来やりたいことを考えた。最初からやりたいことが明確な人は滅多にいない。旅をして視野を広げたり、自分と向き合う期間もときには必要だ。

人との縁からチャンスは生まれる

飲食業の経験がなく、ネギを切ることすらおぼつかない田中さんだったが、ラーメン店の引き継ぎの話が出たとき、躊躇なく飛びついた。その店主がなぜ素人の田中さんに話を持ちかけたのかはいまだわからないが、周囲の人が力を貸したくなるような独特の人徳が田中さんにはあるようだ。人との縁から生まれるチャンスを逃さない田中さんの行動力を見習いたい。

将来への準備は何かしら役に立つ

帰国して移動販売をしようと考えていた田中さんは、1日の講習を受けて食品衛生管理者資格を取得。ラーメン店を開業するには、基本的に免許は不要だが、食品衛生管理者が店に常駐することが法律で定められており、この資格が役立った。また、タイで覚えたカオソーイは、その後、お店の看板メニューとなり、タイフェスティバルに出店するなど、20代の頃に考えていた移動販売に近いことが実現出来ている。

独立後にするべきこと

競合店が少ない立地を選ぶべし

田中さんが新天地として選んだ三鷹台は、駅利用者が多いわりに飲食の店舗が少ない閑静な住宅街。西荻窪にラーメン店が急増して競争が激しくなっていたこともあり、競合のない立地が魅力となった。メイン通りから外れた少しわかりづらい場所だったが、駅前に看板を置かせてもらったり、終電客のために深夜まで営業するといった努力を重ね、認知度を高めていった。

店主の個性が店の雰囲気となる

人気店で修業をして独立するのがラーメン店の開業では一般的だが、田中さんは味も店舗経営もほぼ独学。「下手に勉強しちゃうと普通のラーメン屋になってしまう」と話す。開業してから自分なりの味を試行錯誤し、店の内装も手作り。三鷹台の新店舗はラーメン専門店でありながらタイ風の内装という独特のムードだったが、田中さんの個性が表れた居心地のいい雰囲気を生み出し、常連客が増えていった。

客入りの好不調に惑わされず営業すべし

プロ野球選手に好不調の波があるように、お店にもまったく客が来ない時期もあれば、溢れるほど客が来る好不調がある。この周期は何年続けても読めないそうだ。そこで、客が来ない時期は事務的な作業や掃除をするなどして備え、繁盛期は閉店時間を多少過ぎても営業して売切れを出さないなど、「お客さんを一切とりこぼさない」ことが商売を続けるコツだという。

取材・文●大寺 明


IMG_1487_pr

店舗紹介
『麺処ほんわか』
東京都三鷹市井の頭2-7-1
☎0422-46-7631
【営業時間】
火~金11:30~15:00、17:30~25:00
土日祝11:30~25:00
【定休日】月曜日
『井の頭ナムチャイ』
東京都三鷹市井の頭2-15-8
☎0422-46-7631
【営業時間】19:00~25:00
【定休日】不定休