アメリカの失敗経験こそが強み。海外事業コンサルタントが語る独立ノウハウ

野田大介(のだ・だいすけ)
株式会社Noble D 野田大介(のだ・だいすけ) 1964年神奈川県鎌倉市生まれ。立教大学理学部数学科卒業。1988年、日興証券に入社。退職後、アルバイト生活を経てアメリカにMBA留学。その後、ケンタッキー州の建設会社、資生堂の米国支社、ドクターシーラボの米国支社に勤務し、14年半アメリカに在住。帰国後、2009年にNoble Dを設立。ドリームゲートの海外部門アドバイザーとして2014年上半期のグランプリ(http://www.dreamgate.gr.jp/advisor/gp14/)第1位を獲得。

20141225_2――独立DATA――
●45歳で独立
【独立資金】計91万円
・法人登記代(行政書士に依頼) 30万円
・資本金 50万円(現在は950万円に増資)
・パソコン、プリンターなど事務用品 10万円
・事務所代(知人事務所の間借り) 月1万円

――事業内容――
●海外事業コンサルティング
株式会社Noble D
開業:2009年
海外事業コンサルティング、ビジネス英語の実践教育・ワークショップ、貿易事業アシスト、海外取引開拓、ビジネス書類その他の翻訳(日英、英日)、海外事業に関わる研修など、幅広く日本企業の海外事業進出をサポートする。

あらゆる業界で海外進出が模索されている。しかし、いざとなると言葉の壁や商習慣の違いなど不安要素だらけだ。そんなとき、「海外経験が豊富な人に助けてもらえないだろうか?」と誰しも考える。もちろん世の中にはそのための専門職があるのだ。それが、海外事業コンサルタント。アメリカのビジネス現場で14年半の経験を積んだ野田さんに独立の経緯を聞いた。

バブル期に入社した大手証券会社を辞め、MBAを修得すべく、2年間のアメリカ留学へ

学生時代は数学の教師になるつもりだったんです。ところが、大学時代は高校テニス部の監督に打ち込んでいて、教員免許を取らずに卒業を迎えてしまった。将来の目標を見失ってしまったわけですが、ちょうどバブル期の1988年でしたから企業の青田買いが盛んで、大学OBから焼肉ランチに誘われて、その場で日興証券の内定が決まっていました。私も深くは考えず入社を決めてしまったんです。

でも、いざ働きはじめると毎日がしんどくて仕方がなかった。当時の証券会社は会社の利益を追求するばかりで、お客さんが大事に持っている株を売らせて会社が薦める株を買わせたり、お客さんを言いくるめるような仕事内容だったんです。私にはそれが苦痛で精神的にまいってしまった。もともとそういう商売なので否定するつもりもありませんが、自分には向いてないと思いましたね。

3年目で日興証券を退職して、それから3年間、テニスショップでアルバイトをする生活を送りました。自分がどういった仕事に向いているのか、もう一度、見つめ直したい気持ちがあったんです。また、大学時代に果たせなかった教員免許を取る目的もありました。日中はアルバイトをして、夜は工学院大学の夜間学部に通って1年かけて単位を取得しました。

しかし、教員免許をとったとはいえ、今から教師になる気にもなれない。就職活動をして社会復帰すべきだと思いましたが、それもまた面白くない。そんなとき思いついたのがアメリカ留学でした。祖父が鎌倉でレコード屋を営んでいたこともあって幼い頃から音楽を聴くのが好きで、その影響でアメリカにずっと憧れがあったんです。

実際にアメリカに行くとなると、何か目的がないと恰好がつかない。日本に帰ったときに使えるものを考えて、MBA(経営学修士)の願書を出すことにしました。しかし、その頃の私は英語が得意な方ではありましたが、アメリカの大学院に合格できるレベルではなかった。MBAの入試はTOEFLとG-MATという筆記試験と小論文があるんですが、とにかく英語を一生懸命勉強して、アラバマ大学に合格することができたんです。

アメリカの大学生活はとにかく楽しかったですね。バブル期の日本の大学生のように合コンだけに躍起になっているような雰囲気ではなくて、アメリカの学生は一生懸命勉強に取り組んで、週末はパーティに行ったりして積極的に遊ぶ。テレビや映画で見たお洒落なキャンパスライフがそのまま繰り広げられていて、自分が理想としていた大学生活は、まさにこれだと思いましたね。

学生言葉の英語では意味がない。自分でお金を稼げるくらいのビジネス英語を身につけたかった

ただし、英語がうまくヒアリングできなくて言葉は多少苦労しました。最初は聞き返すようにしていたんですが、いつもそうしているうちに疲れてきてしまって……。朝から晩までルームメイトのアメリカ人と一緒で日本人の友だちは一人もいない。英語しか聞こえてこない。英語でしか話さない。英語でしか考えない。ある意味、自分を拷問にかけるかのごとくでしたね。

ずっと英語だけの環境にいると、3カ月に一度くらい英語力が飛躍的にアップする時期が訪れるものなんです。でも、しばらくするとまた「ダメだ……」という期間に入る。たぶん脳が疲れきって停滞してしまうんだと思います。そしてまた3カ月ほどして急に英語ができるようになる。そういう段階を2、3回繰り返すうちに頭がヘンになりそうになってきて、そのときは図書館にひきこもって、ひたすら日本の友人に手紙を書いてまぎらわせてましたね。

英語に慣れてくるとMBAはけっして難しいものではありません。自分の価値が下がってしまうので、MBAを修得した人はあまり言いませんが、実はたいしたものではないんです。もし日本語の授業だったとしたら、とても簡単な内容の授業だったと思いますね。

MBAを修得したら、それを売りにして日本で就職するつもりでしたが、それだけじゃつまらない。英語が上達したとはいえ、しょせんは学生言葉でしかないし、学校の中しか世界を知らない。もっと広い世界に出て、自分でお金を稼げるくらいの英語力を身につけたいと思うようになったんです。

アメリカに残って就職活動をすることにしたわけですが、これがまったく決まらない。5月に卒業してから毎日のように面接に行ったり履歴書を送ったりしましたが、結局、何も決まらないまま半年が過ぎてしまったんです。2年間で身につけた英語力なんて、正直なところ社会に出ると箸にも棒にもかからない。企業側からすると英語がおぼつかない日本人を雇う意味がないんですよね。

途方に暮れていたところ、MBAの同級生の義兄がケンタッキー州で建設会社を経営していて、声をかけてもらったんです。ちょうどTOYOTAがアメリカに工場を建てたときで、その周辺に部品工場ができる建設ラッシュだった。そこで、日本人顧客とやりとりができるスタッフが必要になったわけです。日本人顧客に対する営業マンとして採用され、他にも建設工事のプロジェクト・マネージメントや現地コーディネートを任されるようになったんです。

14年半のアメリカ生活で、建設会社の営業マンや化粧品メーカーのニューヨーク支社長を経験

20141225_pr建設会社の仕事は、ケンタッキー州の田舎だったこともあるでしょうけど、自由でオープンな社風で居心地がよかったですね。ボスの日本人の方にもよくしてもらって、日本で勤めていたときのように仕事自体が辛いということもなかった。ところが、MBAまでとりながら田舎の中小企業で終わるのが嫌だという気持ちが芽生えてきて、次第にボスと折り合いがつかなくなっていったんです。4年で退職することになったわけですが、今思えばくだらないプライドだったと思いますね。ボスには本当に申し訳ないことをしたと思ってます。

退職のもう一つの理由が、ニューヨークに行ってみたかったからです。だけど、ニューヨークになんのコネもなかったので最初は苦労しましたね。保険のセールスや日本人向けフリーペーパーの営業といった仕事に就きましたが、前職の3分の1の給料で物価はケンタッキー州の2倍。食っていくために仕方なくやっているような感じで、長く続けられるとはとても思えませんでした。

そんなとき、資生堂のニューヨーク支社が営業の責任者を探していて、採用してもらえることになったんです。当初は仕事も人間関係も順調だったんですが、その後、よくしてもらっていた日本人ボスが資生堂コリアの社長になってから社内の立場が悪くなってしまって、その方の部下だった私も居心地が悪くなりはじめた。本社から来た駐在員からすると、現地採用の人間が営業責任者をやっていることに納得がいかないようで、関係がぎくしゃくしだしたんです。

会社を辞めて帰国しようかと思いあぐねていたとき、今度はドクターシーラボから声をかけられたんですね。アメリカに進出するためにニューヨーク支社を作るので、支社長をやってみないかということでした。現地子会社とはいえ社長ですから、これはやってみるべきだと即決しました。

しかし、支社長をやってみて自分がボスに向いていないことを痛感しましたね。もともと私は人に教えることが好きなんですけど、人を使うことは苦手なんです。ニューヨークに来ている日本人というのは独特のプライドを持っているもので、私が親心でアドバイスをしても聞いてもらえない。いい上司であろうとして、やさしすぎたのかもしれないと反省していますね。

ひどいストレスで身体を壊しそうになったので、退職して日本に帰ることにしました。29歳の頃からアメリカで14年半暮らして、支社長まで経験できたのだから、「やり尽くした」と自分の中で折り合いがつけられたんです。

アメリカで数々の失敗をしたことが一番の強味。成功例よりも、かっこわるい真実を伝えたい

20141225_3帰国を決めたときから独立を意識していましたね。ただし長らく日本を離れていたので、まず日本のビジネス社会に慣れる必要があった。外資系マーケティング会社の日本支社に勤めることにして、日本のビジネス現場を見させてもらいながら、どんな業態で独立するのがいいか考えるつもりでした。

あるとき、海外に進出しようとしていた会社から「手伝ってほしい」と頼まれたんです。最初は副業として請けていましたが、次第にこれ一本でやっていこうという気持ちになっていきましたね。もともと人に教えることが好きなので、私のアメリカ経験を活かしてアドバイスをするという仕事は自分に合っていると思えたんです。

かっこよく言えば海外事業に特化した経営コンサルタントですけど、私は「海外事業お助けマン」と称してるんです。海外進出や交渉のアシスト、海外の取引先とのメールのやりとりや英文の契約書作成など、さまざまなお手伝いをさせていただいてますが、基本はビジネス英語コミュニケーションのコツをお教えして、きちんと利益を出してもらうことです。

言語にはコツがあるものです。それを知っているか知らないかの違いは大きい。そこで2014年からは主に企業向けのビジネス英語のワークショップを始めました。また、早朝の時間を利用して渋谷で英語レッスンを開いています。もともと教師を目指していたわけですが、はからずもそれに近いことをやっているわけですよね(笑)。

この仕事で大事にしていることは、自分がアメリカで失敗したことを包み隠さずお客さんに話すことです。アメリカは契約社会なので、口約束でビジネスをしていると必ず損をします。私の場合、以前から仲良くさせてもらっていた取引先の口約束を信じて商品を送ったところ、契約書を残さなかったばかりに「言った覚えはない」ととぼけられて愕然としたことがあります。言葉以前の問題で、日本人はとかく「人を騙すような人はいない」という性善説で考えがちですが、海外では通用しません。文化的な違いを理解して対処しないと、隙をつかれて訴訟を起こされるような事態になりかねないんです。

職人さんに腕前があるとすれば、私のような経営コンサルタントの手腕というのは、いいところだけ見せるのではなく、かっこわるい部分をいかに見せられるかだと思っています。多くの経営コンサルタントはセミナーや講演会で盛んに成功した話をしますよね。だけど、成功例ばかり聞いても実際は役に立たないものです。むしろ、失敗例を知っておいた方が役に立つ。そうした現実をなんとか世の中に広めたいという気持ちがあるんです。私はアメリカでいろんな仕事を経験していろんな失敗をしてきました。今の仕事では、そうした数々の失敗が一番の強味になっているんです。

海外事業コンサルティングノウハウ集

【独立前】

失敗を重ねて経験を積むべし

アメリカでは、言った言わないの口約束は命取り。書面に残しておかないと後で大損することになりかねない。アメリカ勤務時代、野田さんは口約束や契約書の不備により失敗を重ねた。はっきり言っていたにも関わらず、後になって「言った覚えはない」となるのだ。日本企業が海外で取引をする際に失敗しがちなのもこの点。野田さんは自らの失敗を通してそれを学び、現在の仕事でその経験を活かしている。

英語の文法をマスターすべし

海外でビジネスをするには、英語の文法がしっかりしている必要がある。日常会話ならブロークンイングリッシュでもかまわないが、ビジネスで曖昧な表現は許されない。間違った文法で交渉や説明をして、先方が違う解釈をしていたら、そこで話がこじれてしまうのだ。言葉が不自由だと絶対にどこかで失敗するものだと野田さんは言う。最近の英語教育は文法が軽視されすぎていると感じているそうだ。

会社員人脈を広げておくべし

会社員は会社員同士、独立した人は起業家や自営業者など同じ立場の人と親しくなる傾向がある。野田さんは会社員時代に多くの人脈をつくり、独立当初はその人脈から仕事を得ていたが、独立後は急に関係が薄れた。現在は自分と近い独立仲間からお客を紹介してもらうことで人脈を広げている。勤め人の間に、できるだけ会社員人脈を広げておきたい。

【独立後】

料金設定の相場を知るべし

経営コンサルタントという仕事は、対価が明確ではない。野田さんは自分に近い仕事の人に話を聞くことでまず料金の相場を把握し、高すぎず安すぎない金額に設定した。相場より極端に高ければ選ばれる可能性が減り、安すぎると労力に見合わない収入になりかねない。また、成功報酬のみの請負はムダ骨に終わる可能性があるので基本的には断ることにしている。

儲け話やお金の貸し借りにご用心

独立当初は人脈を広げ、関係を強固にしていきたいと考えるもの。それを嗅ぎ付け、会社員時代には関わることもなかった怪しげな人物が接近してくるという。上手い儲け話を持ちかけたり、身内が病気だからとお金を無心するなど手口は様々だが、妙だと感じたら勘にしたがって避けた方がいいと野田さんはアドバイスする。野田さん自身、合計で200万円ほどの被害を受けた経験があり、独立仲間のほとんどが何かしらの被害を受けているそうだ。

自己ブランディングを徹底すべし

会社員であれば会社のブランドがあるのであまり意識することはないが、独立すると、同業者との差別化をはかり、自分を売り込むための自己ブランディングが必要になってくる。経営コンサルタントの場合、有名な著作を持っていたり、ネットで知名度が高いといったブランディング化が徹底されていると、セミナーや講演に呼ばれ、収入は一挙に上がるそうだ。

取材・文●大寺 明


早起きして出社前に渋谷で英語レッスン!
■渋谷早朝英会話 野田英語塾
NODA ENGLISH
The Japan Times公認英語教室

Noble D代表の野田大介が、14年半におよぶアメリカ滞在経験でつかんだ英会話のコツをみなさんにお教えします。同じ日本人から英語を学ぶからこそ、日本人がつまずきやすいポイントを踏まえた的確なアドバイスが得られます。普段、私たちが話している言葉をどう英語に置きかえればいいのかといったトレーニングを行い、シンプルで知的な英語力を身につけていきます。いつもより少し早起きして、「The Japan Times」公認の英語教室で頭と気持ちをリフレッシュしてみませんか。
●毎週月曜、水曜 朝8時より
●初回無料 1Lesson/1,500円
1カ月(約8回)/8,800円
東京都渋谷区渋谷2-19-15 宮益坂ビルディング511号室 宮益坂スタジオ
渋谷駅より徒歩約2分
※オフィスや店舗への出張レッスンも行っております。お気軽にご相談ください。