「野菜セット」の直売で農家の暮らしをお届け。新規就農者が語る独立ノウハウ

谷 洋一郎(たに・よういちろう)
谷 洋一郎(たに・よういちろう) 1976年東京都生まれ。大学時代に埼玉県の有機農家で農作業の手伝いを経験し、卒業後は農協本社に3年間勤務。28歳の頃に静岡で塾講師の仕事をしながら農業を始める。2010年に千葉県佐倉市に移住し、専業農家となる。

20141205_sab01――独立DATA――
●34歳で独立
【独立資金】計130万円+古民家購入費
・1500坪の畑賃料 7万円(年間)※現在は3000坪まで拡大
・トラクター 60万円
・管理機 10万円
・草刈り機 3万円
・軽トラック 40万円
・種代 10万円(年間)

――事業内容――
●農業
たに農園
開業:2010年
個人事業主
年間を通して60品目ほどの野菜と、米、麦、大豆を生産し、季節の野菜7~13品を1セットにした「野菜セット」を一般家庭やレストランに宅配便で直売。この他、にんじんジュース、うどんなどの加工食や、味噌、醤油、みりんといった調味料を作り、農家の暮らしそのものをお届けしている。土日のみ千葉県を中心とした各地イベントにてタコライスの移動販売も行う。

人間関係や競争社会のストレス……ビジネス社会に身を置いていると、そうしたストレスから解放され、自然を相手にする農業に憧れたりする。しかし、初期投資や農業技術、地域社会にとけ込めるかなど、現実的に考えれば考えるほど困難に思えてくるのが農業だ。一方でそうした数々の困難を自力で乗り越えるからこそ、人間らしい生き方があるのではないかとも思える。千葉県佐倉市で農園を営む谷さんに、新規就農までの道のりをお聞きした。

英語が話せたり、方程式が解けるよりも、自分で食い物を作れることの方が大事だと思った

今でこそ専業農家として生計を立てていますが、親戚一同サラリーマンという家でしたし、大学も普通の文学部教育学科だったので、農業が身近だったというわけでもないんです。初めて農業に関わったのは大学生のときです。当時、国際協力のNGO団体に参加していたんですが、メンバーの中に新規就農した農家の方がいて、埼玉県小川町まで農業を手伝いに行くようになったんです。

大学生の頃の僕は英語も話せたし、方程式も解けて、わりと勉強ができる方でした。だけど畑に行ってみると、どれがキャベツでどれがナスかもわからないし、米やトマトをいつ収穫するかも知らない。飯を食べて大人になったはずなのに、「飯のことは何一つ知らない」ということに衝撃を受けて、食い物を栽培することは方程式を解くよりもずっと大事なことだと思うようになりました。それからは大学の休みを利用してヒマさえあれば農家の手伝いに行くようになった。「食い物を作れる大人になりたい」という目標ができたんです。

卒業時は就職するか就農するかで迷いました。でも、その頃(90年代末)は今のように新規就農の風潮もなくて、農業で生計が立てられるイメージがまったく持てなかった。今だと新規就農の情報を手軽にネットで調べられますが、当時は情報もなかったですから。就農の道を模索したんですが、結局、何をするにしてもお金がかかる。すぐには無理だと判断して、とりあえず農業関係の会社に就職することにしたんです。

農協さんに就職が決まり、勤務地は大手町の本社ビルでした。仕事は農水省と関わるデスクワークが中心で、農業とはほど遠いサラリーマン生活でしたね。3年ほど会社勤めをして、集団行動や組織の上下関係がつくづく性に合わないことを実感しました(笑)。「やっぱり農家になりたい」と思って退職を決めたんですが、周囲の人からは驚かれましたね。なにしろそこの農協さんは年功序列で給料が上がっていく給与体系なので、自主退社する人がほとんどいないんです。

いきなり農家になるのは難しいので、知人の農家で1年ほど研修しようと考えました。大学時代も会社員時代も休みを利用して関東各地の農家を訪ね、田畑を見せてもらったり、話を聞いて情報収集をしていたんです。就農に向けてネットワーク作りをしてきたわけですが、そこで交流ができた農家を回って、1年くらい放浪しながら研修先と就農先を決めればいいと思っていたんです。就農地探しの旅みたいな感じでしたね。

会社を辞め、就農地を探す放浪の旅に出た。農業経営の厳しさを知り、まずは兼業でスタート

20141205_sab02就農地として最初に考えたのが沖縄です。実際に沖縄の農家を見に行ったんですが、気候の違いをまざまざと感じましたね。ナスというと夏に作るのが常識ですが、沖縄では夏は台風が来るし、冬も温暖ということで真冬にナスを作るんですよ。常識が違いすぎて自分にはムリだと思いました。田舎暮らしへの憧れもあったわけですが、田舎に行けば行くほど地域にとけ込むのは難しい。自分の集落から出たことがないというお婆ちゃんがいたりする地域だったので、よそ者がやっていくのは厳しそうだと思いましたね。

せっかくこれまで関東でネットワークを作ってきたのに、それを捨ててしまうのが惜しい気持ちもあって、沖縄の次は埼玉、群馬、千葉、東京など関東各地を回りました。でも、いろんな所を見ているうちに、どこがいいのか混乱してしまって、結局、一番最初に出会った埼玉県小川町の農家に、半分住み込みというかたちで研修をお願いしたんです。その農家は有機農業でしたが、業界自体がまだ「食っていけるのか?」と言われているような時代で、実際、経営は厳しそうでした。いろんな農家を回りましたが、ちゃんと食えている人は10人に一人くらい。「やめておけ」と言われたこともありましたね。

1年の研修が終わったらすぐに就農するつもりでしたが、農業で食っていける確信も持てなかったし、勇気もなかった。そこで、とりあえず仕事を持って兼業農家として始めることにしたんです。静岡の山間部に家と畑を借りて昼は農業をやり、夜は塾講師として働くことにしました。

1年間研修したとはいえ、今思うとまったくの素人でしたよね。だけど、生まれも育ちも東京で、知人が東京に多いことを強みと捉えて、知人全員に「野菜セット」を宣伝するダイレクトメールを送ったんです。そうすると何人かの人が買ってくれるようになった。スーパーに並んでいるようなきれいな野菜ではなかったですけど、農家じゃない人間が農家になるという僕の生き方をひっくるめてサポートしてもらっていたという感じでしたね。

目指していた生き方を一歩一歩前進しているつもりでしたが、ときには理想と現実のギャップを目の当たりして不安にかられることもありました。その地域はイノシシやシカの獣害がひどい山間部だったので、サツマイモが全滅するようなこともあった。思わぬアクシデントがあると「将来、大丈夫だろうか……」と不安が増大して一気に落ち込んでしまうんです。それでも5年間、塾講師と農業を並行して続けました。生活費は塾講師の収入でまかない、農業で得た収入でトラクターや草刈り機など農業機械一式をそろえていきましたね。楽しかったですけど、もう一度やれと言われたらちょっと嫌かもしれない(笑)。

耕作放棄地の問題を解決しようとする役所のサポートがあり、千葉県佐倉市でいよいよ専業農家へ

20141205_sab03塾が潰れたのを機にもう一度、専業農家になる道を模索することにしました。静岡では山奥の限界集落のような所で暮らしていたので、もう少し東京に近い方がいいと考え、千葉県の北総台地(土が良く畑作に適しているとされる)の市町村を回ってみることにしたんです。新規就農という言葉が一般的になりはじめた頃でしたけど、やっぱり「よそ者に来てほしい」と本気で思っている市町村はなかなかなくて、話が前に進まない。1年ほど東京の実家で過ごしたんですけど、辛かったですね。東京の空を見ながら「今頃、稲刈りをしている時期だなぁ」と黄昏たりして。そんなとき今の奥さんと出会ったんです。

そんな中、千葉県の佐倉市だけが唯一、家や畑の情報を提供してくれて、「ぜひ来てください」とおっしゃってくれた。佐倉市は上野駅から電車で50分ほどで東京まで勤めに出られる距離なんです。だから、息子は勤めに出て、お爺ちゃんお婆ちゃんの世代が代々の土地で細々と農業をしているといったケースが多いので、耕作できずに荒れてしまっている田畑が増えてます。全国各地で耕作放棄地が問題視されていますが、佐倉市は外から新規就農者を入れることで耕作放棄地を再生させようと計画していたんです。東京に近いためそれほど閉鎖的でなかったこともあると思いますね。

静岡で5年の農業経験があったのと、お客さんがついてくれていたので、佐倉市では最初から専業農家としてスタートしました。今は米、麦、大豆と野菜を年間60種類ほど作っています。その中から7~13品目を見つくろって一般家庭やレストランなど100軒ほどのお客さんにお送りさせていただいてます。「自分で作って自分で売る」というスタイルが大切だと思っているので、農協さんや市場には一切卸さずに販売しています。

うちは農薬と化学肥料を使わないですが、大々的に有機農業と打ち出さないようにしてます。農法は100人いれば100通りのやり方がある。だから、有機農業とひとくくりにしてしまうのもどこか違うように思うんです。たに農園のお客さんは有機野菜だから買ってくれているわけではなくて、最初に僕たちの生き方に共感してくれて、今では信頼できる人が作っていることと、味で評価してくれていると思うんです。農協さんを通さないのも、うちのことを想像しながら食べてもらったほうが美味しく食べてもらえると思ったからなんです。

百姓は百の仕事。修理も大工も自分でやる。仕事と生活の境目がないのが僕の理想の農業です

20141205_sab04美味しい野菜を食べてもらうには、何よりもまず鮮度です。うちは市場に出さないので、朝収穫した野菜をその日のうちに箱詰めして、次の日にはお客さんの元に届くんです。この売り方だと圧倒的に鮮度がいいですよね。

美味しい野菜を作るコツは、品種が大切になります。同じトマトでも、沢山収穫できるものの味は普通という品種もあれば、量は採れないし病気にも弱いんだけどやたら美味しいという品種もある。スーパーに出荷する農家は前者を選びますけど、僕は絶対に後者を選びます。手間はかかりますが、やっぱり味がぜんぜん違うんです。

あとは畑の有機物が大切です。落ち葉や堆肥など自然のものを入れると土の中の微生物がそれを分解して、ふかふかでさらさらの土ができる。その微生物たちと土のおかげで美味しい野菜ができるんです。

そもそものスタートが「自分が食べるものを自分で作りたい」ということだったので、食卓を豊かにするために沢山の種類の野菜を作るようになったわけですが、こうした少量多品目のやり方はリスクヘッジでもあるんです。農薬と化学肥料を使わない農法では、一つの野菜だけだと全滅してしまう可能性もある。でも、たとえ大根が全滅したとしても残り59種類の野菜があれば、それほど大きな痛手にはならないんです。

また、有機農業でエンドユーザーに直接売るというスタンスにすると、初期投資が少なくて済むんです。たとえば農協さんを通したり市場に出荷する販売法だと、卸値が安いですから、それこそ東京ドーム10個分くらいの広大な畑で全部大根を作るというやり方をせざるをえない。そうなると、大根収穫用の機械や大根を洗う機械など多額の設備投資が必要になってくる。そうした農業は新参者の農家にはまず無理ですよね。だから、いろんな種類の野菜を少しずつ栽培する新規就農者が増えているんだと思います。今はネットもあれば安い宅配業者もあるので直売がしやすくなっているんです。

こうした農業を目指すなら、これまで人にお金を払ってやってもらっていたことを極力自分でやって生活をスリムアップする必要があります。昔から「百姓」というくらいで、農家には100の仕事がある。現代だと農業機械を修理したり、大工作業をしたり、畑以外のことも進んでできるようになるといいですよね。

都会での生活は、稼いだお金で買物をすることが中心で、そのためにはクタクタになるまで働かなくてはいけなかったりする。僕が会社勤めをしていたときは他のことがほとんどできなかった。今の僕の生活は、お金を稼ぐことは勤め人よりあまり上手じゃないかもしれないですけど、自分で食い物が作れるようになったし、料理もできるようになった。自分で家のリフォームもすれば、車や農業機械の修理もする。二十歳の頃に「自分で食い物を作れる自立した生き方がしたい」と思っていたので、理想の自分に近づいていると思うと嬉しいですよね。そんな感じなので、今は仕事と生活の境目がないんです。
大変は大変ですけど、好きだからいいんですよ、たぶん。

新規就農者独立ノウハウ集

【独立前】

就農前に様々な世界を見ておくべし

就農前にやっておくべきことを聞いたところ、「世界を見ておくこと」とのこと。農家は畑を維持しなければいけないため、そう簡単に辞められない一生の仕事だという。だからこそ、就農前に別の世界を沢山見ておいた方がいい。谷さんの場合は、会社経験をしたり、東南アジア各国を放浪したり、紆余曲折の青春期を過ごしてから就農したので悔いがないのだ。

農家の知人を作り、農業体験をすべし

ほとんどの人はコネがなく、就農に関する話を聞ける知人がいない。まずは一人でも農家の知人を作ることだ。農家は忙しい時期に手伝いに来てくれる人を歓迎してくれるので、手伝いながら農家の暮らしを体験しておくといい。谷さんが20代前半だった頃は、1日手伝うと食事と酒と寝床を提供してくれ、頼めば知り合いの農家を紹介してくれた。そうして様々な農家の経営を見たことが役に立っている。

お金をかけないスタンスが大切

畑をやるにあたって必要な機材は、トラクター、草刈り機、管理機の3点と軽トラック。中古だと値段はピンきりだが、全部で100万円は見ておきたい。また、佐倉市周辺では畑の賃料が300坪で年間1万円ほど。購入しても50万円ほどだが、30年その畑で農業をやっても賃料30万円なので借りた方が安い。肥料も牛舎で牛糞をもらったり、山で落ち葉を拾うなど、極力お金をかけないスタンスが大切になる。

【独立後】

地域にとけ込むべし

田舎は人間関係が濃密。よそ者がやっていくには、地域にとけ込めるかが重要になる。その分岐点となるのが、消防団への加入だったりする。頻繁に寄り合いがあったりするものの、そこで親交を深めると、空いた畑を紹介してもらえたり、不要な農業機械を譲ってもらえたり、様々な恩恵があるのだ。都市で暮らしてきた人は濃密な人間関係を避けたがるが、助け合い文化の地域社会では損なことの方が多い。

農園ホームページで情報発信すべし

農協に委託しない場合、やはり売り先を見つけるのが一番難しいそうだ。谷さんの場合、知人への販売からスタートし、口コミで知人の知人へと広がっていったわけだが、その際、ホームページはあった方がいい。ホームページだけでお客が増えていくことはほぼないそうだが、生産者の自己紹介の場となり、農園の概要を知ってもらうための窓口として機能しているのだ。

自分で作り、自分で売るべし

谷さんが佐倉市に移住した直後に東日本大震災が起きた。危機感を持った谷さんはキッチンカーを自作し、翌年からタコライスの移動販売を開始。野菜を自分たちで作っているので材料費が抑えられ、今では収入の半分を占めるまでになった。それを食べて「美味しい」と言ってくれたお客が、後日、野菜セットを注文してくれることも多く、いい宣伝になっている。

取材・文●大寺 明

季節の「野菜セット」をお届けします!
たに農園
やさいを食べる。
やさいを知る。
やさいを感じる。
やさいを想う。
やさいを楽しむ。上野から電車で1時間、千葉県佐倉市で農業を営んでいます。たに農園では、季節の有機野菜セットの宅配便を扱っています。お届けする野菜は発送当日の朝に収穫し、そのまま箱詰めしてお客さまにお送りします。旬の野菜を扱うため、その時々の畑の状態によって、宅配便に入る野菜は変わります。ぜひ一度お試しください。

●野菜セット(7~13品目)+α
2,200円+送料(関東600円)
※夏季はクール便使用のため、200円の上乗せとなります。

千葉県佐倉市大佐倉1490
Tel / Fax043-485-5006
taninoen@ybb.ne.jp