株式会社ネゴシエーター 代表取締役 岸 義広さん(39歳)

株式会社ネゴシエーター
1974年大阪府生まれ。高校時代はラグビー部に所属。広告代理店、佐川急便ドライバー、警備会社を経て、佐川引越センターに入社。大型ビル一斉入居のコンサルタントとして活躍。2005年に独立し、06年に法人登記。09年に「ドリームゲートグランプリ」出場。大阪から東京に拠点を移し、2013年よりパーテーションの買取り・販売に特化した。

IMG_1546<独立データ>
32歳で起業
【起業資金】396万円
・法人登記代:30万円
・資本金の増資:300万円
・事務所・倉庫代(友人と共同):6万円
・HP製作費:60万円
【資格】古物商許可

事業内容
設立:2006年
従業員数:5名
中古パーテーション買取り・販売
パーテーション組み換え(レイアウト変更)
オフィス家具施工

大型施設一斉入居のコンサルタントとして活躍した岸義広さんは、その経験を活かしてオフィス家具施工業で独立。収入もよく、個人事業主で満足していたが、起業を志す者がプレゼンを競う日本最大の起業家イベント「ドリームゲートグランプリ」を見て、起業家精神に火がついたという。そして現在は大阪から東京に拠点を移し、「中古パーテーション」に特化。独立するにあたって“目標設定”が大切だと語る。

仕事は一生懸命だが、将来の“目標設定”がなかった頃

高校時代はラグビー漬けの毎日で、将来、何になりたいといった目標設定がまったくなかったんです。当然、独立や起業なんて考えたこともない。仕事を探すにしても、目標がないわけですから、適当に求人誌に指をはさんで広告代理店に応募したりしましたね。佐川急便のドライバーで売上げ1位になったこともあったんですが、先輩との人間関係が嫌になって辞めてしまったりしていました。目標がないから未練なく辞めてしまえるんです。

その後は、親父が奈良で焼肉屋を営んでいたので、跡を継ぐつもりで働くことにしましたが、頑固な職人肌の親父とケンカばかり……。その後も警備会社で現金輸送車ドライバーの仕事を2年ほどやったりで、それまでずっと1年半から2年ほどで職を転々とする生き方をしていました。

26歳のときに結婚することになり、さすがにアルバイトではいけないと考えて佐川急便グループの佐川引越センターに再就職することにしたんです。当初はオフィス移転の見積もりをとる営業でしたが、やがて「なんばパークス」や「大阪証券取引所ビル」などの大型施設一斉入居のコンサルタントを任されるようになった。「なんばパークス」くらいの規模になると、大型トラックが道路に100台くらい並んで大渋滞を招く可能性があります。一端、佐川急便に物流をすべて貯めて、搬入の時間を決めてトラックに指示を出すというコンサルタントを構築し、最優秀社員賞を受賞することができました。

大阪証券取引所ビルはずっと一人で常駐していたので、休日もなく24時間体制で仕事をしました。一年がかりだったその仕事が終わろうとしていたとき、13キロも痩せていて、妻ともソリが合わなくなっていた。次のビルが建つ予定もなく、ふと目標を見失ってしまったんです。そんな矢先、外資系の保険会社からヘッドハンティングがあった。ちょうど9.11のアメリカ同時多発テロ事件が起きたときで、この先、何が起きるかわからないのだから、自分のやりたいことをやろう、という気持ちになったんです。

起業家イベントを見て、自分の中に“事業目標”が生まれた

会社を辞め、離婚をして、憧れだったGTRを買って、保険会社に就職したわけですが、研修の段階でこの仕事は自分に合わないと気づいてしまった。思い悩んでいたときにパーテーション施工の職人さんと飲む機会があって、独立することを勧められたんです。

独立当初からビル養生の作業が1日に3、4現場あって1現場で2万円くらいになりました。それに加え、安価な中国製オフィス用品が出始めていた時代で、コンテナで運ばれてきた部品を組み立てて納品するという仕事がけっこうあったんです。最初から80万円ほどの月収になったので、個人事業主のままでも十分だと思っていました。

独立後の目標が変わるきっかけとなったのが、「ドリームゲートグランプリ」という起業家イベントの大阪大会を見に行ったことです。出場者みんなが自分のビジネスに信念と情熱を持って話すんですよね。そして最終選考で涙を流す。「なんて熱いやつらだ」と感銘を受けて、「俺もあのステージに立ちたい」と思うようになったんです。

そこで思いついたのがパーテーションの買取り・販売事業でした。その頃はオフィス移転の仕事もしていたのですが、いらなくなったオフィス家具を廃棄してほしいという依頼がけっこうあったんです。それをリサイクルショップに売却していたのですが、パーテーションに関しては、中国製などメーカーが不明で施工法もわからないため買取ってもらえない。「もったいないな」と思いましたね。ちょっといいものを倉庫に保管していたところ、お客さんから「中古でないですか?」という話があり、それが売れたりしていたんです。

これはマーケットがあるんじゃないかと思って調べたところ、オフィス家具は年間4千億円の市場があり、そのうち3千億円がデスクや椅子、棚などの一般的なオフィス家具で、何百社というリサイクル業者が競争している。しかし、残りの1千億円を占めるパーテーション市場に関しては、どこのリサイクル業者も扱っていない。これなら私個人でも簡単に仕事を取れるし、見積もり競争にならないから言い値で売れる。「これでチャレンジしよう」と確信しました。

ネット販売で順調に売上げを伸ばすも、そこには落とし穴が

そしていよいよ「ドリームゲートグランプリ」に挑戦したところ、とんとん拍子にファイナルまで進むことになったんです。東京会場では千人のギャラリーと100名の投資家、そして10名の審査員が見守るなか、ネゴレンジャーのコスチュームでプレゼンをしました。賞はいただけなかったですが、テレビのニュース番組で優勝した人以上に映してもらえ、それがきっかけで様々な業務提携の話を持ちかけていただいたり、人を紹介いただいたりしました。大阪人なので「目立ってなんぼやろ」という気持ちでしたが、広告料という意味では計り知れない価値があったと思います。

個人事業主の頃はアルバイトの延長線のような感覚でしたが、「ドリームゲートグランプリ」に出場したことで、実際に多くの支援を得られ、「上場を目指そう」と目標設定が変わってきたんです。そこでまずHPを作って集客を始めたところ、徐々に問い合わせが増え、中には月間200万円という爆発的に売れる商品もあり、現場に出ながらでは対応しきれなくなってきた。そこで、電話対応のパート採用をすることになり、人が増えたので初めて自分だけのオフィスを持つことにしました。

さらに中小企業支援機構の融資制度で2400万円を借入して、中古オフィス家具専門の販売サイトを制作することにしました。内政化することでコストを抑えようと考え、数名のIT技術者を採用してシステムを作り上げたんですが、できた途端、彼らが辞めてしまった。外部に委託しようとしましたが、自分たちが作ったものでないと動かせないということでどの業者にも断られてしまう。その投資は見事に失敗しましたね。これがきっかけで会社が傾きだしたんです。

職人のネットワークに助けられながら大阪から東京へ進出

しかも、不況のため大阪のオフィスデザイン会社が倒産したり、大阪の支店を軒並み閉鎖しだしたんです。これまで付き合いのあった方たちが一斉に東京に行ってしまったため、私も再スタートとして東京に行くことにしました。土地勘もない新天地でしたが、私は営業が得意なので、徹底的にネットで調べて飛び込み営業をかけることで、すぐに売上げが上がりだしたんです。

このときに助けられたのが職人のネットワークです。木工家具職人やクロス職人など様々な職人がいますが、オフィス家具職人は日本全国で400人程度という、あまり世に知られていない職人です。職人は腕がよくても営業が出来ない方が多い。そこで、私が営業をして仕事をとってくることで、彼らに仕事をまっとうしてもらいたいと考え、オフィス家具職人のネットワークを作るサイトを運営していました。東京の職人さんが何人か登録してくれていたので、東京進出の際には彼らにどんどん仕事をお願いすることができたんです。

私の経営理念は、自分が豊かになることではなく、全国のオフィス家具職人に安定して仕事を供給することです。腕のいい職人さんであっても今は仕事がなくて本当に困っている。そうした職人さんをどうやって救っていけばいいのか。彼らは土日の仕事は持っているので、平日に仕事を見つけてくるようにしています。また、彼らが引退する年齢になったとき、技術を若者に継承する学校を立ち上げるなど、再雇用の場も作っていきたい。

そのためにも、どんどんメディアに出て、「オフィス家具職人というのは面白い仕事なんだ」ということを伝えていきたい。職人の価値を上げていくことが今の目標です。だから仕事が本当に楽しいですし、頼られる喜びがあるんです。

パーテーション買取り・販売事業の独立ノウハウ集

独立前にするべきこと

仕事は自分から取りにいくべし

起業支援ポータルサイト「ドリームゲート」には、行政書士や弁護士、投資家など様々な専門家から無料でアドバイスが受けられるサービスがある。岸さんは「事業計画書ってなに?」という段階だったが、このサービスを活用して知識を身につけていった。また、「ドリームゲートグランプリ」に出場したことで、起業家の人脈ができ、一挙に事業化が前進した。

職人と交流し、知識を増やすべし

大型施設一斉入居のコンサルタント時代、総合的ポジションだったことから岸さんは様々な職人と交流することで知識を深め、独立後の営業トークに活用。お客から「こうしたい」と質問をされたとき、「この部材があればできます」と即答できると仕事は俄然、取りやすくなる。また、移転に付随する各工事のマーケットを知ることができたことも財産となった。

独立後の“目標”を定めるべし

「独立」といっても、前職より若干いい収入を求めるのか、中小企業を目指すのか、株式上場を目指すかで、やるべきことは変わってくる。個人事業主だった頃の岸さんは「食っていければいい」くらいの目標だったが、その後、「株式上場」に変更。「目標設定に合わせてレールを敷いていけば、自ずとそのとおりに事は進んでいく」と自身の経験を通して実感している。

独立後にするべきこと

金融機関から借りるには増資すべし

個人事業主と法人で大きく変わってくるのが金融機関との関係だ。当然、法人の方が信用力は高いが、たとえ法人であっても資本金1円では審査の段階で振り落とされてしまうことが多い。一般的に最初の借り入れでは、資本金の額以上のお金を金融機関から借入できないとされているのだ。そのため岸さんは法人設立後、すぐに貯金を使って300万円の増資をした。

見積りでは値段の根拠を示すべし

施工業において仕事が取れるか否かは見積りにかかっている。相見積となった場合、依頼する側は料金の安い業者を選びがちだが、「安かろう悪かろう」といった落とし穴が付きもの。そこで岸さんは値段の根拠を示し、きちんと説明するようにしている。そこで納得してもらえれば、たとえ他業者より若干、見積りが高くなっても選んでもらえる場合が多いのだ。

売上よりも利益率を重視すべし

2013年6月から岸さんはパーテーションに特化した。新品オフィス家具販売の利益率は4割だが、中古オフィス家具販売は元手があまりかからず、施工するだけなので利益率は7割。これがパーテーションになると、競合がほとんどなく、買値と売値を自分で決めることができるため、利益率は9割。高いものを売らなくなり売上は下がったものの、利益は伸びている。

取材・文●大寺 明

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会社紹介
株式会社ネゴシエーター
株式会社ネゴシエーターはオフィス家具の施工をはじめ、新規オフィス家具や中古オフィス家具の買取販売、ローパーティションやパーテーションの施工や買取をトータルでサポートさせていただきます。
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☎048-299-4862