日本初の大型電動バイク『ゼクウ』の次は、超小型モビリティ『リモノ』で高齢者の移動を助けたい。ツナグデザイン・根津孝太インタビュー

znug design CEO・根津孝太(ねづ・こうた) 1969年東京都生まれ。プロダクトデザイナー。千葉大学工学部卒業後、1992年にトヨタ自動車に入社。愛・地球博『i-unit』コンセプト開発リーダーなどを務める。2005年に独立し、有限会社znug designを設立。「人と人、人とモノをつなぐ」ことを信条に、多くの工業製品のコンセプト企画とデザインを手がける。主なプロジェクトに日本初の市販大型電動バイク『zecOO』、サーモス社の水筒、タミヤのミニ四駆、トヨタのコンセプトカー『Camatte』、ダイハツの軽四輪スポーツカー『Copen』、超小型モビリティー『rimOnO』など。著書に『アイデアは敵の中にある』(中央公論新社)。

10代の頃に『AKIRA』や『トロン』に影響を受け、日本初の市販大型電動バイク『zecOO』を作ったプロダクトデザイナー

 2015年に発売された日本初の市販大型電動バイク『zecOO』(以下、ゼクウ)には胸がときめいた。まるで大友克洋の『AKIRA』に出てくる「金田のバイク」のような未来的フォルムでありながら、本当に公道を走れるマシンなのだ。電動モーターにして最高時速160km/hというのもすごいが、最大トルクが144Nmで市販の世界最速バイクとされるスズキの『隼』にも匹敵する加速力。1台1台がハンドメイドということもあり、お値段は888万円。大手メーカーではなく、プロダクトデザイナーの根津孝太氏とオートスタッフ末広の共同開発で作られている。

 根津氏はもともとトヨタのデザイナーだったが、2005年に独立し、『znug design(ツナグデザイン)』を設立。独立当初から『ゼクウ』の構想があり、CGを作ったりしていたが、当時は「資金もなければ、仲間もいない」と無力感にとらわれていたという。ところが、「こんなバイクを作りたい」と言い続けているうちに、オーダーメイドバイクの自社製造で知られるオートスタッフ末広の中村正樹氏と出会い、実現に向かっていった。

 問題は資金だ。根津氏が自己資金で1800万円を用意したこと以上に、むしろ驚嘆すべきはこの開発費で『ゼクウ』が製作されたこと。もし大手メーカーが同じものを開発しようとしたら、億単位になっただろう。オートスタッフ末広は部品代と外注費だけに開発費を使い、ほぼ無償で『ゼクウ』の製造を引き受けてくれたのだ。こうして世界に類を見ない大型電動バイクが現実のものになった。

 根津氏は他にもサーモス社の携帯マグやタミヤ社のミニ四駆、トヨタのコンセプトカー『Camatte』など、数多くの斬新なプロダクトを生み出しているのだが、中でも画期的だった『ゼクウ』について、デザインの構想などのお話をお聞きした。

sub_01「『ゼクウ』は完全にプロダクトアウトでした。マーケティングが必要ないと思っているわけではなくて、むしろ非常に大事なものだと思っているんですが、特に車やバイクの場合、マーケティングから導き出される答えが、すごく狭い領域に収束してしまいがちなんです。こういう乗り物があってもいいんじゃない?と自動車業界に長年いた僕自身が思うわけだけだし、山の中でひとり仙人のように暮らしているならともかく、僕も消費者のひとりとしてマーケットの中で暮らしているわけですから、今の時代に足りてないと感じたものは、マーケットに反したものではないはずだとも思っています」

『ゼクウ』の未来的なフォルムには電動バイクならではの理由があるそうだ。

「普通のガソリンのバイクは、ガソリンタンクよりもエンジンのほうが大きいものですよね。電動バイクはこれが完全に逆転していて、ガソリンタンクがない代わりに巨大なバッテリーがあってモーターはそれほど大きくない。重いバッテリーをどう車体にレイアウトするかで形が決まってくるんです。さらに、バイクはブレーキングすると体重が前に乗ってぐーっと沈むので、重いバッテリーの負荷を軽減するために普通のバイクとは違うサスペンションが求められます。それで、横から車輪を支えるスイングアームという方式を前輪にも採用したんですね。ただし、そうした機能的な理由が半分と、スイングアーム式の前輪かっこいい!という僕のこだわりが半分以上入っているかもしれません(笑)」

 機能性や実用性を最優先しながら、カッコイイ/カワイイといったデザイン性を打ち出していくことがプロダクトデザイナーの仕事かもしれない。この2つが見事にマッチしたモノを見つけたとき、私たちは「欲しい」と思うのだ。プロダクトデザインの考え方についてお聞きした。

sub_02「デザインの仕事は、線を増やすことだと思っている人もいるかもしれませんが、僕は、線を減らして、どれだけシンプルにできるかという仕事だと考えています。特に工業製品は、たとえ複雑に見えても、その裏側にちゃんと構造上の“理”があることが必要です。中身があるからこそ外側があるのであって、本来的に不可分なものではない。僕は中と外とすら分けたくないと思っていて、完全にひとつのプロダクトとして考えています。『デザイン』という言葉は、日本では『形や色を考える』という意味に偏って理解されているのですが、本来は『設計』という意味も含んでいます。もっと言うと『企む』という企画の意味も含んでいる。僕の仕事のスタンスは、本来の意味でのデザインをやっていくことなんです」

 工業製品のプロダクトデザイナーを務める一方で、根津氏は『機動戦士ガンダム ユニコーン』の映画キャンペーンとして、サンライズとトヨタ自動車がコラボした市販車『フルフロンタル専用オーリス』のデザインを手がけたり、台湾映画に登場する車両やメカのデザインを担当するなど、映像の世界にも進出している。『スタートレック』『ブレードランナー』『トロン』で知られる未来的メカデザインの教祖シド・ミードを思わせる活躍ぶりだ。

「10代の頃にシド・ミードがメカデザインを手がけた映画に影響を受けたこともあって、とても尊敬していますね。シド・ミードは『未来を創る人』という意味合いの『ビジュアル・フューチャリスト』という肩書きを名乗っていて、ズルいというか素晴らしいというか(笑)。プロダクトデザイナーのように最後までモノを作るわけではなくて、架空のビジュアルを創るわけですけど、それを見て影響を受けた世代が、未来の方向性を合わせていくみたいなところがある。僕の場合は逆で、本物なんだけれどフューチャーなものを作っていることを評価いただいて、そうした仕事を依頼されています。アニメは表現の自由度が高いですが、それを実体化して本当に動かそうと思ったら、プロダクトデザイナーの知見が必要になってくる。台湾映画の場合は、装甲車やバイクをCGではなく実写で撮るために僕に声がかかった。シド・ミードとは違って、やっぱり僕は本物を作っていくことに軸足があるんですよね」

 シド・ミードのSF映画のほか、根津氏は大友克洋の『AKIRA』や士郎正宗の『攻殻機動隊』、『機動戦士ガンダム』といった日本のSFアニメにも多大な影響を受けている。すべてに共通していることは、バイクやロボットといった先進的なモビリティが登場すること。さらに突き詰めると、根津氏は幼い頃からずっと“移動”それ自体に惹かれていたという。

反対意見が出たら「ラッキー」だと思う。自分と違う意見を取り入れ、アイデアに磨きをかけることに「創造性の源泉」がある

 根津氏は2005年開催の「愛・地球博」でトヨタが出展した『i‐unit』のコンセプト開発リーダーを務めるなど、順風満帆のキャリア形成をしながら、あえて13年間勤めたトヨタを退社し、独立起業というリスクを取った。その道筋を辿るべく、少年時代から社会人時代までの根津氏のバックグラウンドに迫ってみたい。

sub_03「幼い頃はとにかく車輪がついた乗り物が大好きで、将来はそれを作る仕事というより、タクシー運転手やF1ドライバーに憧れていました。車輪は人類最大の発明のひとつと言われていて、自分の足で走るより速いスピードで移動できるということは、一種の身体拡張なんですよね。その意味で、もっともシンプルな乗り物ともいえるインラインスケートも大好きです。70年代のスーパーカーブームのときに初めて“カッコイイ乗り物”というデザイン性を意識するようになって、もともと車や電車の絵を描くことが好きだったのですが、その頃から自分が考えた乗り物を作りたいという思いが芽生えたのかもしれないですね」

 漠然としていた将来の夢に形を与えてくれたのが、カルチャー誌『POPEYE』のデザイン特集との出会いだったという。デザインを学べる美大や工学部が何校か紹介されているのを見て、自分が進むべき道が明確になった。

「それまでふわふわっと生きていたのが、デザイナーという職業があることがわかって、急に目標がはっきりした。親から私大と下宿がダメだと言われていたので、デザインが学べて、実家の吉祥寺から通える公立の大学というと、千葉大学工学部しか選択肢がない。そこに入るために猛勉強しました。1、2年の頃は家から電車で1時間40分かけて通っていたんですけど、3、4年になると学校に寝泊まりして、卒業研究の自転車作りに没頭していました。午前中から夕方まで自転車を作って、夕方から朝まで居酒屋でアルバイトをするというシンプルな生活で、1ミリも遊んでない(笑)。だけど、誰かにやらされているわけでもなく、僕からすると遊んでいる以上に楽しいことだったんです」

 そして、大学卒業後はトヨタ自動車にデザイナーとして入社。国内外にデザイナーのチームがいくつもあり、最初の段階では全デザイナーがデザイン案を出すという。たとえ30案のデザインが提出されても、コンペで選ばれるのはひとつ。いくら自分では最高のデザインだと自信を持って挑んでも、そこで選ばれなければ本物の形になることはない。

sub_04「今思うとぜんぜん最高じゃないものもあれば、今見てもなかなか良いんじゃないかっていうものもあります。これに関しては組織論的な話にもなってくるのですが、自分で納得して作ったものが出せるとも限らないんですよね。事前チェックの段階でさまざまな意見が加わって、案を作り直したりするわけです。それで評価が悪いと、自分が最初に考えた案で勝負したらどうだったんだろう?という疑問が永遠に残ってしまう。その一方で、意見を聞いておいて正解だったみたいな場合もあって、結局のところはわからないですよね」

 未来的なデザインのプロダクトを多数手がけてきた根津氏のことだから、中には「時代が早すぎた」デザインもあったのではないか。

「そこで選ばれなかったわけだから、やっぱり言い訳になると思います。『圧倒的に良いものは圧倒的に良い』というのが僕の考えで、『将来わかるよ』というものは、将来出せばいい話なんですよ。その時点で、誰が見ても圧倒的に良いものというのはたしかにあるものだし、プロとしてはそういうものを作らなきゃいけない。若い頃は『俺の作品がわかんないヤツはバカだ』みたいなところが多少あったかもしれませんが、今はそういう気持ちはまったくありません。一方で、自分が考え抜いたプロセスをきちんと説明して、そのデザインの利点をちゃんと伝えると、『これだ!』と空気が変わる瞬間というのもあるものです。デザイナーは『見ればわかるでしょ』ではなく、そうした説明責任をきちんと果たすべきだとも思いますね」

 根津氏は、27歳のときにジョージ・ルーカスが学んだことで知られるアメリカの「USC(南カルフォルニア大学)映画テレビ学部」に1年1カ月留学し、CGなどの映像制作を学んだ。そして帰国後はコンセプトカー開発の部署に配属。トヨタとソニーが共同開発した『pod』など、数々のコンセプトカーに関わる機会を得る。その後、「愛・地球博」でトヨタが出展した『i‐unit』のコンセプト開発リーダーを務めるのだが、このときの経験が根津氏の仕事のスタンスに大きな変化をもたらすことになる。

sub_05「そもそも愛・地球博って何なの?というところから考えはじめて、乗り物の根源的な意味や価値を『i-unit』で見つめ直そうと思いました。そう考えたとき、本来的な乗り物の価値というのは、移動して人と出会ったり、景色に出会うことだと。ただ映像で見るのではなく、実際にその場所に行けば、人や街、自然環境がもっと好きになるはずです。そこで移動の自由、移動の喜びをコンセプトに一人乗りのモビリティを作ることにしました。足の不自由な方や高齢者が利用できる乗り物というビジョンもありましたね」

 ところが、やや年長の広報担当者に「お客さんがケガをしたらどうする」「トヨタとして責任がとれない」とことごとく否定されてしまう。会議は険悪なムードになり、一向に進まなくなってしまった。

「誰よりも一生懸命考え抜いて、これ以上のプランはないと絶対の自信を持って提案しているわけですよね。それなのに、なぜこの人はネガティブなことしか言わないんだろう?と最初は対立していたんですけど、その方がお客様関連部という部署に長くいたことを知って見方が変わりました。お客様のクレームに電話で対応する部署なんですが、実際の電話録音を聴く機会があって、僕なんか2分ほどで精神的にまいってしまった……。日々お客さんの声を聞き続けてきた人の意見だとわかったとき、ちゃんと耳を傾けないとダメだと気づいたんです。こちらのジャマをしようという悪意から言っているわけではなくて、チームとして良いものを作るために反対意見を言ってくれているのだと、ようやく思えるようになった。その人の立場やバックグラウンドを理解した上で、なぜそうした意見を言っているのかを理解することが大切なんですよね」

 これ以降、根津氏は自分と違う意見を積極的に求めるようになる。そこに「創造性(クリエイティヴ)の源泉」があると確信するようになったのだ。

「提案したプランどおりの結論が出てしまうような予定調和の会議には、なんの意味もないと思っています。もちろん自分としては最大限のパワーで最初のプランを立てるわけですけど、そこで反対意見が出たら、むしろラッキーだと思えるようになりました。その意見を取り入れて改善すればもっと良いモノができる。そう思えるかどうかで飛距離と着地点が大きく変わってくる。最初の企画どおりに事が進むのは、むしろもったいないことなんです」

これまでになかった超小型モビリティを作りだすことがライフワーク。『リモノ』でお年寄りの移動問題を解決していきたい

 そしていよいよ根津氏は35歳でトヨタを退職し、ツナグデザインを設立。「人と人、人とモノ、人と仕事をつなぐ」という願いを込めた社名どおり、モノづくりの現場を大事にしながら、サーモス社の水筒やタミヤ社のミニ四駆「アストラルスター」、トヨタのコンセプトカー『Camatte』やダイハツの軽四輪スポーツカー『Copen』など、さまざまなプロジェクトに参加していく。組織を離れたことで見えてきた部分も多いという。

sub_06「会社を離れたほうがもっと自由にいろんな人とつながって、世の中に対する自分のアウトプットを増やせるだろうと考えてのことでしたが、実際、退社後のほうがトヨタの中の面白い人と自由につながれるんですよね。社内にいると、あの人と仕事がしたいと思っても、ただのわがままになってしまいますが、どちらかが社外の人間なら仕事を発注すればいいわけです。僕の立場は、いわば傭兵みたいなもの。どこかのチームにぽんと入ったとき、最高の結果が生み出せるようにメンバーのパワーを最大化していくことが僕の仕事だと思っています」

 社外の人間としてチームで仕事をしていく際、どんなことを意識しているだろう?

「まず最初にチームの状態や会社のことを知ろうとしますね。ある状態を打破したいと思って頼んでいただいているのか、純粋に良い製品を作ってほしいという話なのか、それぞれスタンスは違うわけですけど、何かしらのタスクがあります。いずれにせよ、良いモノづくりをするには、その前に良いチームを作らなければいけない。逆に言うと、良いチームさえできれば、勝手に良いモノができるとさえ思っています。そのためには、まずチームがひとつにまとまるようなアイデアを出さなければいけない」

 根津氏にとって最初のアイデアは「仮説」である。メンバーの興味を惹き、否定的意見や疑問など、さまざまな意見が飛び交い「会議を躍らせる」ことが目的であり、その仮説が間違っていてもかまわないと考えている。

「自分の意見を通すことが目標ではなく、良い製品をつくってお客さんに喜んでもらうことが究極の目標ですよね。逆に言うと、自分の意見に凝り固まっていることは、良いものを作ろうとする貪欲さが足りない。人の意見のほうがいいと思ったら、どんどん取り入れてアイデアに磨きをかけていくべきなんです。自分ひとりの考えだけで小さくまとまった製品を世の中に出しても、もっといいプロセスを経た製品と戦ったら結局は負けてしまうんですよね」

 現在、根津氏がもっとも注力しているプロジェクトが、超小型モビリティ『rimOnO』(以下、リモノ)だ。過疎地域の公共交通やガソリンスタンドが赤字でどんどん消滅していく今、お年寄りが地域で生活していくことが困難になっている。この問題を解決すべく考案された電気自動車である。これはトヨタ時代の『i-unit』にも近いコンセプトであり、根津氏はこれを「ライフワーク」だという。2014年に経済産業省出身の伊藤慎介氏と共に株式会社 rimOnOを設立し、クリエイティブディレクターに就任した。

sub_07「独立を意識しはじめた頃、オリジナルの乗り物を作りたいという思いを強く持っていたわけですけど、当時は具体的なアイデアがなかった。『ゼクウ』の場合、たまたま前身にあたるCG画像を作ったことがきっかけになり、オートスタッフ末広さんの尽力もあって公道を走らせることができたわけですが、バイクに限らず、意外と乗り物って未来的になっていないという違和感がずっとありました。なぜなら車やバイクは安全性の面で非常に厳しい法律でがんじがらめにされているからです。たしかに人をひき殺してしまう可能性もあれば、自分が死んでしまう可能性もあるので、厳しいルールが必要なのは当然です。だからこそフォーマットが固まりやすい。一旦テンプレートができると、モノづくりの側だけでなく、行政の側も変えたくなくなるのは仕方がないことですよね」

 そのため既存のフォーマットに沿った車やバイクばかりが開発されることになる。これに対し、『リモノ』は近所への移動手段がコンセプトであり、最高時速は30~45km/h程度を想定し、長さ2.2m×幅1mというコンパクトボディ。排ガスも出ない。しかし、現行の法律では軽自動車とほぼ同じ安全基準が求められてしまう。

「新しい乗り物を作るといっても、法律の問題もあって、そう簡単ではありません。それでも『リモノ』をやろうとしているのは、『i-unit』の頃から今の乗り物では解決できない問題があると考えているからなんです。もともと国交省が超小型モビリティの可能性を検討していて、それに対して、軽自動車と自転車の中間の乗り物があってもいいのではないかという発想からスタートしました。車を簡略化するという『上から下に降りていく発想』ではなく、自転車を電動化して、さらに四輪にして屋根を付けるというふうに、『下から上がっていく発想』です。『リモノ』で地域の問題をすべて解決できるわけではありませんが、こうした新しい乗り物があることで、助けられるケースが少なからずあるのではないかと考えています」

 以前、テレビ番組で『リモノ』が紹介されているのを見たことがある。外装素材にウレタンが使用された車体が、まるでぬいぐるみのようで「カワイイ車」という第一印象だったが、こんな遠大なビジョンがあったとは!

sub_08「それでいいんですよ(笑)。まず『カワイイ(カッコイイ)から乗りたい』と右脳に訴えかけることが大事で、『○○という理由でこの車はいい』といった左脳的な判断は後から来るものなんです。これがセットになっていることがデザインの勝負どころなんですね。『実はマジメに考えてこういうカタチになっている』と後でわかったほうが、へえーってなって評価も上がるじゃないですか(笑)」

 株式会社 rimOnOの共同創業者である伊藤慎介氏はもともと車嫌いだったという。ところが根津氏が参加したトヨタの『Camatte』に試乗し、「これはカワイイ。自分も乗りたい」となったという。デザインにはそうした人とモノをつなぐ力がある。

「伊藤さんとつながったことで『リモノ』がスタートしたわけですけど、彼は経済産業省出身なので、国交省や経産省にすんなり入っていけるんですよね。超小型モビリティの実現は遠い話だと思っていたんですが、彼と組むことで新しい動き方が見えてきた。2020年の東京オリンピックまでに『リモノ』の実用化と普及を目指しています。日本はモビリティ先進国であることを打ち出したいと考えているわけですから、『リモノ』でそれを担っていきたいですよね」

根津孝太氏を知る3つのポイント

根津流デザインは「アイコニック」

「iconic(アイコニック)であることを常に意識していますね。象徴的、特徴的といった意味の言葉で、シンプルと言い換えてもいいのかもしれないけど、必ずしもシンプルとも限らないのでアイコニックという言葉を使っています。『ゼクウ』もそうですけど、子どもが特徴を覚えてすぐに描ける形がありますよね。たとえば車だと、ほとんどの人はライトを目に見立てると思うんですよ。車をデザインするときは、その目でどういう顔を作るかを意識します。子どもでも描けるアイコンという点で、僕にとってのライバルはピカチュウやジバニャンなんですよね(笑)」

肩書きは「クリエイティヴ・コミュニケーター」

「クリエイティヴの源泉はコミュニケーションにあると考えています。そうしたコミュニケーションを広めていきたいという思いもあって『クリエイティヴ・コミュニケーター』と名乗っているんですけど、面白い話があるんです。トヨタ時代に仕事でアメリカに行ったとき、シャーマンの末裔というネイティブアメリカンの女性と出会う機会があって、いろいろ話しているうちに『あなたはコミュニケーターよ』と言われたんです。当時は『俺ってクリエイターじゃないの!?』ってショックだった。そのときは単に『コミュニケーションする人』くらいに捉えていたので、すごくイヤだったんですけど、彼女の言っていることが今になって腑に落ちました。さすがシャーマンの末裔、言うことが違う……と思いましたね(笑)」

小さな会社にできること

「大きな会社が開発すればあっという間にできてしまうものもいっぱいあると思うんですけど、やはり明確な市場性が見出せないと大きな会社は動きづらいものですよね。社会的な目線で俯瞰して見たとき、大きな会社と僕らみたいな小さな会社は“分業”だと思っているんです。僕らが『ゼクウ』や『リモノ』を製作したように、小さな会社は挑戦的なモノづくりをしていけばいい。もちろん市場性が見えた時点で大きな会社が動いてもいいわけですが、それだと美味しいところだけ持っていかれかねないので、小さな会社なりに権利を守る方法などを考えながらやっていけばいいと思っています」

取材・文●大寺 明  写真●高村征也

根津孝太氏の著書
『アイデアは敵の中にある』

個々の能力を最大化し、人をやる気にさせる
「クリエイティヴ・コミュニケーション」とは?

「あの人は話が通じない」「何度言ってもわかってもらえない」
そんなすれ違いはいくらでもあります。それは、相手の「当たり前=デフォルト」という
「デフォルトの壁」があるからです。しかし、むしろデフォルトの壁があるところに
クリエイティヴなコミュニケーションを展開させるチャンスがあります。

新しいアイデアは、往々にして敵対する人の中にあるものです。
敵対するということは、自分だけでは気づけない“何か”が、相手の中にあるからです。
それを探らないで最初から突っぱねてしまうのは、非常にもったいない。
「会話のなかに反対意見が差し込まれたら、ラッキーと思え」
それは、「自分を成長させてくれるまたとないチャンス」です。

日本を代表するプロダクトデザイナー根津孝太氏の著書が絶賛発売中!