電気も機械も使わない自動野菜栽培システム「SoBiC」が、未来の食料危機を救う⁉ ネイチャーダイン代表・中島啓一インタビュー

ネイチャーダイン株式会社
代表取締役社長・中島啓一
(なかじま・けいいち)
1965年東京都生まれ。大学卒業後、アメリカに1年間留学。帰国後、貿易商社に約3年間勤務し、27歳で独立。自宅の一室から貿易事業を興し、その後、インターネット事業に参入。携帯端末とパソコンをシンクロさせる認証技術で特許を取得するなど、さまざまなITサービスを開発。2004年にソフトバンク社に事業を譲渡し、同社に入社。携帯電話事業の立ち上げをはじめ、数々の新規事業に携わる。2010年に日本HPに入社し、ビジネス戦略やコンサルティング業務に従事。会社員時代に自動野菜栽培システム「SoBiC(ソビック)」を発明し、2016年にネイチャーダイン株式会社を設立した。

太陽日射熱で動くフリーエネルギー駆動の自動野菜栽培システムを発明。自然のリズムによって、野菜がとにかくよく育つ⁉

 日常のちょっとした癒しに家庭菜園を趣味にしている人は多い。野菜がぐんぐん育っていくのを見ていると、植物から元気をもらえるような気持ちになるし、採れたての新鮮野菜が食べられるのも醍醐味だ。しかし、そこで困るのが「水やり」である。仕事が忙しくてつい忘れてしまったり、旅行や出張で何日か家を空けると、途端に植物は元気をなくしてしまう……。

 筆者も海外旅行に行く際、植物の水やりに頭を悩ませたことがある。結局、ペットボトルから水が滴り落ちるキットを購入してなんとかしたが、この方法だと1週間ほど家を空けるのが限界だろう。こうした「水やり」の課題を一気に解決するのが、ネイチャーダイン株式会社が提供する自動野菜栽培システム「SoBiC(ソビック)」である。

 このシステムは電気も機械も使わず、いたってシンプルな構造で、実に画期的だ。その仕組みを簡単に説明すると、太陽の日射熱による空気の膨張と収縮の圧力変化を利用して自動的に「水やり」するというもの。太陽が出ている日中は水が注がれ、夜間は水が吸い上げられるため、自然のリズムで水が循環する。主に植物の生育に必要な分しか水が減らないので非常に節水効果が高く、電気代もメンテナンスも不要という優れモノだ。

 さらに不思議なことに、「SoBiC」で育てた野菜は、きわめて生育が早く、効率的に栽培・収穫できるという。「SoBiC」を発明し、ネイチャーダインを設立した中島啓一氏は、もともと筆者と同じように家庭菜園の「水やり」を自動化することを目的としていたが、「野菜がよく育つ」という予想もしなかった結果に、自分でも驚いたそうだ。

「家庭菜園は2、3日、水やりを忘れるだけで枯れてしまったりするんですよね。まともに収穫できたことがこれまで一度としてなかったのですが、このシステムにしてほうっておいただけで、初めて野菜がわさっと実ったんです。水が循環していることが重要で、この仕組みであれば水が腐らない。よく水をやりすぎて根が腐ることがありますけど、あれは水が滞留するから腐るわけです」

 家庭菜園を趣味にしていた程度で、農業や植物に精通しているわけでもない中島氏は、「野菜がよく育つ」という結果を知るのみで、なぜなのかは不明な点も多いという。今後、農学者や研究機関による解明が待たれるところだが、中島氏は“自然のリズム”に理由があると考えている。

「植物は光合成をするときに吸った水が、一番いきわたります。『SoBiC』はそのタイミングで水を注ぐわけですよね。夜は植物も休むので、水が引いてくれたほうが植物にとって快適なはずです。植物も人間と同じように成長する際にアンモニアを排出します。これを土の中の微生物が分解して、植物の栄養素になる窒素に変えるのですが、水が循環することで微生物も活性化していると考えられます。こうした食物連鎖の循環を、『SoBiC』が自動的に行なっていることは、後になって発見できたことなんです。今までにないシステムなので、解明されていないことも多いのですが、ありとあらゆる植物にとって、自然のリズムの循環が最適なんでしょうね」

『SoBiC』本体が7980円で、そこに野菜の種子と培養土がセットになった野菜カプセル(961円~)を入れて野菜を栽培するわけだが、スーパーで野菜を買うのと比べてコスト的にはどうだろう?

「普通のトマトでしたら、私の経験上、ひとつのカプセルで50~60個は採れます。有機栽培のトマトは1個100~200円はしますから、そう考えると激安だと思いますね。節水効果にしても、普通の水やりで育てると、トマト1個作るのに50リットルの水が必要とされていますが、『SoBiC』なら経験上、2リットル以下ですみます。ということは95%の節水効果ですよね。ほったらかしで野菜がどんどん大きくなるので、見ているだけでも楽しいと思いますよ(笑)」

 自分で野菜を作るため、農薬の危険がない安全野菜を食べられることもうれしい。では、味についてはどうだろう?

「市場に出回っている野菜は、品種改良や薬剤などで、かなり人工的に味が調整されています。それに対し、『SoBiC』で作った野菜は、これ以上の自然栽培はないというくらい人間の手がかかっていないので、自然本来の味になります。たとえばトマトなら、一般的な水耕栽培のトマトに慣れている人だと、さっぱりした水っぽいトマトのほうが美味しく感じるかもしれませんが、『SoBiC』で作ったトマトは、皮がしっかりしていて味が濃い。だけど、それが野菜本来の味なんですよね。いずれにしても、美味しいか否かはその人の感じ方になります」

 ネイチャーダインでは無農薬の有機栽培にこだわりたい人向けに「有機種子」も取り扱っている。

「世の中に出回っている野菜は、ほとんどが美味しくて育てやすい『F1』と呼ばれる交配種です。弊社では交配種も扱っていますが、7割は有機種子を扱っていて、『ヨーロッパ有機認証取得』という日本よりかなり厳しい基準の有機種子を仕入れています。甘くしたり柔らかくしたりといった人工的な調整をしていない固定種と呼ばれている種で、それで作った野菜の種であれば、また同じ野菜を作ることができます」

 2016年に販売がスタートしたばかりの『SoBiC』は、まだまだ改良の余地があるという。たとえば、現在は家庭菜園向けに可燃ごみとして処分できる素材で作った培養土を使用しているが、他の土を使うことや特定の微生物を入れることで、野菜が美味しくなったり、大きく育ったりといった可能性も十分考えられる。野菜の種類ごとに最適なバランスがあるはずなのだが、これに関してはトライ&エラーを繰り返していくしかない。自社だけで研究することが困難なため、ネイチャーダインでは大学や企業の研究機関に共同研究を呼びかけている。未知の栽培方法だからこそ、その伸びしろは計り知れない。

今やスタンダードになっている認証技術を発明。ITベンチャーを立ち上げ、上場を目指すも、ITバブルの崩壊によって状況は一変

『SoBiC』はアスファルトでも砂漠地帯でも、基本的に温暖な気候で必要最低限の水があれば、どこでも簡単に栽培が可能だ。植物工場のような大掛かりな設備もいらない。その構造が極めてシンプルであることが、『SoBiC』最大の利点である。農業問題を解決しようとするとき、何かとテクノロジーに目を向けがちだが、むしろ電気や機械に頼らないことに真の解決の糸口があるのかもしれない。『SoBiC』を発明する際、中島氏が目指したのも“IT技術に頼らないこと”だったという。

「もともと私は20年くらいIT業界にいたのですが、いつしか疑問を感じるようになったんです。たしかにITはさまざまなものを便利にしましたが、人々の幸福感や余裕をどんどん削ぎ落してしまった。車や本が売れなくなって、職業もどんどんなくなっていって、周辺の業界を駆逐しているように思うんです。ITを使った犯罪が増えたり、一部の頭のいい人だけがITを使って搾取をするようになり、劇的に格差社会が広がりました。明らかにIT技術やネット社会の発展の裏で社会が荒廃しているように思います。IT自体は物事を合理化する決定的なツールではあるんですけど、物理的に豊かさをクリエイトして生み出すということがほとんどなく、逆に減らすことになっている。IT業界の中核にいたとき、この業界はこれ以上もう伸びない……と痛感して、ITに頼らない方法を探すようになったんです」

 実は中島氏はIT業界の先駆けのような人物である。同時に中島氏ほどIT業界の栄華と辛酸を味わった人もいない。大学卒業後、1年間アメリカに留学した中島氏は、帰国後、小さな貿易商社に勤め、27歳で独立した。自宅の一室から貿易事業を興し、順調に事業は伸びていたが、90年代にメインの取引先だった韓国が通貨危機に陥ってしまったのだ。

「商材が一気にすっ飛んで、路頭に迷う寸前でしたね(苦笑)。昼間は居酒屋でアルバイトをして、夜は貿易商の仕事をする日々を1、2年送っていたとき、これからインターネットがすごいことになる、という風潮になった。当時は借金しかなかったんですけど、貿易に情報は絶対に必要ですから、さらに借金をしてインターネット・プロバイダーのフランチャイズ事業を始めたんです。そのとき初めてWindows 95のパソコンを買ったところ、貿易事業の業務が飛躍的に効率化できたんです。貿易の仕事は書類ワークばかりで、ひとつの取引で書類が膨大になる。これまで2、3時間かかっていた作業が、データベースを使うとものの5分で終わるようになった。これは画期的だと思って、プロバイダー事業を基盤に、ITサービス事業やソリューションシステム開発に切り替えたんです」

 90年代半ばの当時はインターネットと携帯電話の黎明期だった。もともとアイデアマンだった中島氏は、このとき革新的な認証技術を思いつく。

「1999年にドコモのiモードが出たとき、ある企画がひらめいたんです。ケータイで決済するとき、一番のネックは安全性の問題でした。当時は暗号化の強度にかかっていたわけですが、ケータイとパソコンをシンクロさせて2経路の認証にすれば、暗号化に依存せずに確実な個体認証ができるはずだと。今やこの技術はスタンダードになっていて、グーグルやアップル、フェイスブックでも使われていますが、当時は誰も考えていなかったんです。私が一番最初にその概念を発明して、設計図を書いてプログラマーに作らせ、特許も取りました。当時はベンチャーブームだったこともあって、それまで1、2万円で苦労していたのが、すぐに数億円の出資が集まったんです」

 この資金で大勢のプログラマーを雇い、ITベンチャーを立ち上げた。NTTドコモやKDDI、ツーカーセルラーといった大手キャリアに売り込みに行ったが、ことごとく断られたという。

「なぜかというと、どんな端末でもいいわけだから、そのキャリアのためにならないからです。あとは暗号化の必要がないというのも拒否された原因でしたね。当時は、いろんな会社が暗号化技術に莫大な金額を投資していましたから、それが必要なくなるということは、事業責任者レベルの人たちには許せないことだったんです。グーグルのような海外企業には、最初は無料でサービスを開始して、普及してからビジネスモデルを作るという発想がありますけど、当時の日本企業にそうした発想はまるでなかった。なかなか受け入れてもらえなくて苦戦していたとき、ITバブルが弾けて一気に流れが変わってしまったんです」

 途端に資金が滞るようになったが、その後も事業化を模索するうちに、金融機関が採用するという話が決まり、上場も目前だったが……。

「学生時代の友人を電通から引き抜いて社長に据え、私が会長に就任して上場を目指していました。だけど、その社長は電通方式でとにかく金遣いが荒くて、1年間で2億円くらい使いながら、結局、何もできなかった。債務超過になるのは当たり前の話で、一気に会社が傾いたんです。挙句の果てに1億円近い借金だけ背負わされて、私が会社を追い出されることになった。そういう状況になると、投資家は元電通マンに肩入れするんですよね。私が作った仕組みで、私が作った会社であるのに……」

 どうにか特許の権利だけは自分のものにし、新会社を立ち上げた。数々の新サービスを開発して奮闘したが、借金が大きすぎてどうにもならない。このときの心境を中島氏はこう振り返る。

「もう怖くて後ろも振り返れなかった。調子がいいときは、投資家は無理やり金を押しつける形だったのですが、ベンチャーバブルが弾けるとそれが一変するんですよ。それこそ言われることは、『投資じゃない、貸したんだ。返せないなら目玉や肝臓を売れ、生命保険に入って死んでくれ』ですからね。人間というのはそんなもんなんだな……とつくづく思いましたね(苦笑)。だけど、人間不信にはならなかった。人を信用できなくなったら、自分の成長もないし、やっぱり人を信じて関わらないと、人は動いてくれない。裏切られたのも自分の責任だし、自分が甘かっただけだと思うことにしましたね」

 かなり追い詰められ、破滅の一歩手前まで行ったそうだ。しかし、当時のソフトバンクの経営陣の一人が、中島氏の発明したさまざまなシステムや事業展開の才を評価し、特許などの知財リソースや事業モデルを譲渡すると同時に、ソフトバンクに入ることを条件に債務を整理してくれたという。

「当時のソフトバンクはYahoo!BBなどのネット通信サービス展開で、本来数万円もするモデムをタダ配りするなど、新規参入や成長の基盤づくりのために、破天荒と称されるほどの常識を破るアグレッシブな展開をしていたところだったので、既成概念によるリスク探しの評価ではなく、実質的な可能性を評価する文化がありました。それが幸いして、あっという間に新規事業展開組織の中核メンバーに加わることになったんです」

 中島氏が入社した2004年当時のソフトバンクは、日本テレコムを買収するなど、通信回線サービスの設備産業に参入した。NTTの独占市場に風穴を開けるべく、携帯電話事業への参入を表明した際は、周波数の割り当てなどをめぐり新規参入事業者枠を他社と激しく奪い合い、一歩も引かない強行軍で市場参入を果たそうとしていた時期だ。中島氏は多くの事業モデルを立ち上げ、多額の予算を得て、様々なプロジェクトの推進を指揮することになる。

「携帯電話事業の立ち上げにおいては、意図せず事業企画の現場の総責任者になってしまったこともあります。携帯電話事業を立ち上げるには、日本全国に無線基地局建設や基地局間の送電網の配備や、通信システムの開発から顧客管理、端末管理、端末の開発など、それぞれが何百億から何千億もの費用がかかり、各設計担当部署から上がってくる試算を単純合計すると2兆円にもなる。上からは『2兆円なんか出せるか、1兆円でドコモauに勝てる企画を出せ!』と言われ、何度もボツを食らう。携帯電話サービスの事業基盤の開発には試算要件を整理するだけでもとんでもないほどの技術知識と莫大な試算や計算が必要で、当時、全体で200名以上いた専門部隊は、みな疲弊していて、どうせ何をやっても認めてもらえないという負の雰囲気が蔓延していました」

 ちょっと奇抜なアイデアを出そうものなら、それに掛かるコストが全体として数百億単位で変わり、そんな責任が現場で取れるわけもない。何を言っても前向きに聞き入れてもらえる状況になかったという。そうした中で中島氏はどう指揮をとったのだろう?

「明確な方向性を出した上で、『これでもう一度やろう! すべての責任は俺が取る』ということを言えたのが、私だけだっただけです。実際に責任をとると言っても辞めることしかできないし、以前のように命の危機もない。個人的には大したことではなかったのですが、大手企業の幹部クラスの人はそんなことは言えないのでしょうね。結局、ボーダフォンを2兆円で買収することになり、自社開発による新規参入はなくなり、ボーダフォンの立て直しに精力を傾けることになりました。私はそこには加わらず、元のいくつかの新規事業展開の組織に戻りました。たぶん孫さんは、最初から自社開発による新規参入は考えておらず、ボーダフォンを上手く買収するための準備と戦略として自社開発を策したのだと思います。本当に何をするにも想定外で大胆な展開をする人です」

10年以内に農業用水が枯渇し、食料危機が始まる。世界的な「水不足」を救えるのは、『SoBiC』だけ

 孫正義氏から「ITのさらなる伸びしろを探せ」という発破をかけられ、中島氏は数々のサービスモデルを立ち上げてきたが、2008年のリーマン・ショックにより状況は一変した。ソフトバンクの株価が700円台まで急落(2018年8月現在は10,000円前後)したことで、新規事業から一切手を引くという決断が下されたのだ。このとき、中島氏は前述のように、ITやネット社会というものに矛盾と限界を感じるようになった。

「この頃から、残された成長産業は農業だろうと考えていたんですけど、自分で農家をやってもたかが知れている。農業用のソリューションを作るべきだと考えるようになった。その際、IT業界に限界を感じていたからこそ、ITは一切使ってはダメだと思いました。電気やモーターを少しでも使ったら、制御システムや防水装置がどんどん必要になって、ちょっとしたことをやろうとしているのに、大掛かりな装置になってしまう。IT系の技術者はとにかくナノレベルの動作まで制御しようとする気質の人が多い。自然を相手にしたら、そんな電子制御は無意味にコストがかかるだけであることは自明です。とにかく電気は使わないことを基本に、自然の摂理で動く仕組みを模索するうちに、太陽熱による空気膨張のアイデアがひらめいたんです」

 2010年にソフトバンクを退社し、中島氏は日本ヒューレッド・パッカードに入社するも、大企業特有の組織文化にやり甲斐を見出せず、3年ほどで早期退職することにした。時間に余裕ができたことで、いよいよ「SoBiC」のプロトタイプの開発に着手した。

「これはイケる!と思いましたね。家庭菜園市場は2千億円あるとされているので、これで悠々自適な生活が送れそうだと(笑)。当初は特許さえ取得すればいいと思っていたんですけど、農学博士から『これは水不足の解消になるスゴイ発明だ』と言われたこともあって、いよいよ第二の起業を決意したんです。『SoBiC』を発明したときは、すぐに数十億の出資が集まるだろうと考えていたんですけど、実際はベンチャーキャピタル100社回って、話を聞いてくれたのは10社だけ。そのうち出資してくれたのは1社のみというあり様です。結局、自分の資産を全て注ぎ込んで開発を進めることにしましたね」

 日本で生活していると「水不足」という言葉があまりピンとこないものだが、実はこの言葉の背後には、世界的な食糧危機の問題があるという。

「このままいくと、間違いなく20年以内に世界は滅びてしまうと思います。水不足が深刻なのは、飲み水のことではなくて、農業用水のことなんです。人類が使っている水の7割が農業用水で、そのうち4割が地下水に依存している。その地下水が10~20年以内にほとんど枯渇するという研究データが発表されています。すでにインドでは地下水が枯渇しはじめていて、2020年には数億人の命が危機に瀕するという報道もあります。中国でも10年以内に水不足や環境汚染をきっかけに国の存続が危ぶまれていて、南アフリカでは水道水が出なくなってきている。世界の穀物倉庫と言われているアメリカでは、世界有数のいくつかの穀物地帯の地下水がすでに枯渇し始め、河川の干上がりも深刻化して、庭の芝生に水を撒いてはいけないという法律ができたくらい深刻な状況です」

 日本は世界有数の豊かな降水量に恵まれてはいるが、農業用水は常に不足しており、生産者も農地も減少の一途を辿っている。食料自給率が4割を切り、食料の半分をアメリカの輸入に頼っているのが現状だ。

「もし水不足をきっかけに農業生産量が一気に減少したら、アメリカは食料を売ってくれなくなりますし、それこそ世界中で食糧戦争が起きるはずです。ハイテク農業などで、A.I.やIoTを駆使して生産効率を高めれば食糧危機は防げる、という愚かしいほどの机上の空論を唱える人もいますが、絶対的に物量が不足する中で、微細なハイテク技術で対応できることなど微塵もありません。食糧危機は地震などの天災のようにある日突然やってきます。どこか先進国の世相が、このままではヤバいとなったときに買い占めが始まり、流通が滞り、争いが始まり、実際はもう少し余裕があったとしても熾烈な争奪戦が始まります。そのような争いが一度始まったら、もう誰にも止められません。誰しも自分の子供を飢えさせないために略奪の選択肢しかなければ、それに手を染めてしまうのは仕方がないからです。この危機的状況を緩和できるのは、どこでも簡単に必要最低限の水で食糧(農作物)を作れる『SoBiC』以外にないと思っています」

『SoBiC』は水不足の解決になるだけでなく、食料生産が簡単にできることが重要な意味を持つ。農業用地や農業機材、農業のノウハウがなくてもいろいろ作物が生産できるわけだから、国内農業の高齢化や人手不足の問題を解決する糸口になりうると中島氏は考えているのだ。

「日本の農業従事者は、あと10年もすれば大半が80代を迎えます。農業人口が半減することは目に見えているわけだから、今のままでは農業界の将来は真っ暗です。農業を復興させようと政府が何千億円も予算を計上していますが、IT企業がハイテク農業だなんだと言って予算の奪い合いをしている。しかし、高度で複雑なシステムを導入して10%の効率化ができても、システムに掛かるコストが何十倍、何百倍にもなるので、本末転倒なことがほとんどです。結局、新規参入の9割以上は赤字でほとんどが撤退している。こんなバカなことを繰り返していたら、日本の農業はあと10年以内に間違いなく崩壊します。業界の関係者はみんなその現実を知っています。でも、10年後より、今年や来年のことしか考えないようにしているようです。それでも『SoBiC』を試すことはできるのだから、否定して議論を避ける前に、まずは『SoBiC』を試してもらいたいと思っています」

 世界的な水不足の問題と日本の農業問題を『SoBiC』が同時に解決する可能性を秘めていることに気づいた中島氏は、法人向けに拡張性が高い『SoBiC-PRO(ソビック プロ)』を開発するなど、本格的な農業利用を打ち出すようになった。しかし、かつて中島氏が発明した認証技術と同じような理由で、農業界に拒絶反応があることに憤りを隠せない。

「『SoBiC-PRO』は農地も、技術も、設備も必要なく、ないない尽くしなんです。つまり既得権益を持った既存の農業界からすると、これが普及すると困るわけですよね。それこそ肥料や土、農業機械が売れなくなったりして、それぞれの業者の食い扶持を奪ってしまうことになりますから。だけど、あと10年もしたら日本の農業は崩壊する可能性が高いのだから、新たな可能性を積極的に取り入れることは絶対に必要です。否定や批判をするにしても、現実的な議論をもっと活発化していくことが必要だと思います」

 既得権益に守られた日本での普及が難しいとしたら、中東諸国やアフリカなど、水不足の問題を抱える国に展開したほうがよさそうに思える。今後の展望は?

「一刻も早く『SoBiC』を普及させていかないと、本当に10年後は深刻な事態になると思っています。そのためには、とにかく『SoBiC』を世の中に認知してもらう必要があるわけですが、うちだけでできることはたかが知れている。今後は大手企業とアライアンスを組んで、製造と販売をしていくことが重要だと考えています。あとは海外の国に製造ライセンスを提供して、それこそ砂漠地帯でも野菜を栽培できるようにしていきたい。私はこれまでの人生でいろんな大変な経験をしてきたわけですけど、今は『SoBiC』を普及させるために、それまでの苦労があったように感じています。みんな自分の足元ばかり見すぎてしまっていて、2、3年後すら見えていない。その壁をいかに突破するかが、今の課題ですね」

 まさか、こんなにも壮大な話が展開されるとは思いもしなかった。しかし、知れば知るほど、『SoBiC』に無限大の可能性を感じる。10年後20年後の未来――、世界の食糧危機を救った偉大な発明家として、中島啓一氏の名が世界中に知れ渡っているかもしれない。

中島啓一氏を知る3つのポイント

発明のコツ

「私は50~60くらい発明案件を持っているんですが、ビジネス上で何か課題があったときには常にそれが頭の片隅にあって、頭をひねって考えるというより、いつも駅で電車を待っているときや、買い物をしているときに突然ひらめくんです。『SoBiC』も店で買い物をしていたとき、たまたま円錐形のものを見て、こういう形のバルブにすればいいんだとひらめいたんです。すぐに頭の中で設計図がどんどん出来上がってきて、粘土で作って試してみたら、これがうまくいった。なぜ私が発明件数が多いかというと、すぐに自分で作って試すからなんです。とにかくすぐに試すことで、表面的には見えなかった核心課題が見つかります。それをまた改善するために試行錯誤することで、誰よりも早くいろいろな発見ができて大きな発明につながります。発明のコツとしては“既成概念の打破”しかないです。ケータイとパソコンのシンクロさせる認証技術にしても、みんなが暗号化の強度で頭を悩ませていたのに対し、私は悩まないで済む方法を考えるんです」

共感する人物は、ガリレオ・ガリレイ

「影響を受けた人物というと、良くも悪くも孫さんからは面白い影響を受けてきましたし、スティーブ・ジョブズにも影響を受けましたが、今の心境でいうと、地動説を唱えたガリレオ・ガリレイに共感しますね。物理的にそれ以外に説明がつかないのに、当時の宗教観や倫理観に否定されたわけですけど、彼は絶対に地動説が正しいと言い続けた。まさに『SoBiC』も同じで、誰にも否定できない仕組みなのに、既存の農業界からは難癖に近い勝手な価値観で否定されてしまうことが多い。偶然、『SoBiC』の仕組みを思いついたわけですけど、自分が考え出したというより、何かに導かれたように感じています」

自分にしかできないことをしたい

「もともと私は絵を描いたり、電気を使った工作が好きで、工業高校の電気科に進学しました。丁稚奉公から経営者に成りあがった父は、私が一流企業のサラリーマンになることを望んでいたのですが、私は人に敷かれたレールにだけは乗っかりたくなかった。大学卒業後、就職せずにアメリカに1年間留学して、帰国後に小さな貿易商社に入りました。しかし、時はバブル絶頂期。大手企業にも入れたのにそれを蹴ってしまったので、父に勘当されて、本当に家を追い出されました(苦笑)。私のポリシーとして、とにかく人と違うことがしたい、という価値観がある。すでに誰かがやったことにあまり価値を感じないんです。誰もが自分にしかできないことを持って生まれてきたと思うのですが、それを追い続けるか、追わなくなるか、その違いだけだと思っています」

取材・文●大寺 明  写真●松隈 健

電気も機械も使わない
SoBiC(ソビック)オーガニックプランター

SoBiCオーガニックプランターに
専用の野菜カプセルと水をセットするだけ。
電気も機械も使わず、
ほうったらかしで安心野菜がどんどん育ちます。

太陽の日射熱による空気の膨張と収縮の圧力を利用して、
自然のリズムで水を循環させています。
自然の摂理によって最適な生育環境が生成されます。

毎日の水やりも土作りも不要で、とにかく簡単。
電気を使っていないので、電気代もかからず、
必要最低限の水だけで栽培できるので経済的。
自分で作るから、もっとも安全な採れたて野菜が収穫できます。

それでいて、とにかく野菜がよく育つ!
ぜひ一度、SoBiCの革新的な野菜作りを体験してみてください。