「医療を救う医者」になるべく、東大医学部卒の脳外科医が、ベンチャーの経営者に転身。メドレー「代表取締役医師」豊田剛一郎インタビュー

株式会社メドレー
代表取締役医師・豊田剛一郎
(とよだ・ごういちろう)
1984年東京都生まれ。東京大学医学部卒業後、脳神経外科医として国内の病院に勤務。その後、渡米し、ミシガン小児病院にて脳研究に従事。日米での経験を通じて日本の医療の将来に強い危機感を持ち、医療を変革するために臨床現場を離れることを決意。マッキンゼー・アンド・カンパニーにて主にヘルスケア業界の戦略コンサルティングを経験後、2015年2月より株式会社メドレーの共同代表に就任。オンライン医療事典『MEDLEY』、オンライン診療アプリ『CLINICS』を立ち上げる。

ベンチャー企業がスマホを利用した「オンライン診療」の先鞭をつけたことで、日本の医療が変わろうとしている

 病気や怪我が完治するまでに、何度も通院しなければいけないことがある。しかし、症状が治まってくると、途端に医療機関に行くのが億劫になってしまいがちだ。なぜなら予約が取れる時間と仕事の時間を調整することが難しく、しかも移動時間と待ち時間を含めると半日潰れてしまったりするからだ。特に医療機関が少ない地方の場合、遠方の医療機関まで足を運ぶのはけっこうな負担である。それを思うと、ついつい医療機関から足が遠のいてしまうという人も少なくないだろう。

 こうした通院の不便が解消できる画期的なサービスが誕生した。株式会社メドレーが提供するオンライン診療アプリ『CLINICS』である。これはスマホのテレビ電話機能を診療に利用したもので、初診については対面診療が原則だが、症状が安定していて医師が「オンライン診療OK」と判断したらテレビ電話で診療を受けられる。会計はクレジットカードで済ませ、後日、薬や処方箋が送られてくるという流れになる。予約料が発生する場合もあるが、医療機関に行くための電車賃や時間的ロスを考えると、その方がありがたいという患者も多いはずだ。

 この新たな医療サービスを立ち上げたのが、東大医学部卒で元脳外科医という異色の経歴を持つメドレー共同代表の豊田剛一郎氏である。オンライン診療アプリ『CLINICS』を立ち上げた経緯を聞いた。

「もともと脳外科医として働いていて、脳卒中などの患者さんをたくさん見てきたわけですが、高血圧や糖尿病といった生活習慣病を放置している人が非常に多かったんです。40代50代の男性の半数が放置している状況です。生活習慣病の治療は、症状が安定してからも薬を飲み続け、長期間に渡り治療する必要がありますが、忙しさなどで通院を負担に感じて途中で止めてしまう人がけっこういるんです。それで症状が重症化し、脳梗塞になり運ばれてくる方も少なくなく、それは本人にとって望ましいことではありません。これまでは医療機関に行くことが医療を受ける絶対条件になっていましたが、オンライン診療によって必ずしも医療機関に行かなくても医療を享受できる状況になれば、医療との関わり方が多様化するはずです。通院継続率を上げるための仕組みとして、オンライン診療は新しい選択肢になると考えました」

 すでにアメリカではかなりオンライン診療が普及しているそうだ。たとえ技術的に可能であっても、日本では医療機関がないような離島・僻地に限定され、オンライン診療が普及することはなかった。ところが2015年8月に厚生労働省が「遠隔診療の適応範囲は離島・僻地に限らない」と明示する通達を出したことで、流れは大きく変わった。

「以前から離島・僻地で可能だったと言っても、PCをみんなが持っているわけでもないですし、スカイプなどを使いこなせる患者さんも少ない。実際にはごく限られたケースでのみ活用されている状態でした。それがここ数年でスマホが普及して、テレビ電話が当たり前のように使えるようになりました。そうしたデバイスの発達と、ルールの変化という追い風が重なったわけです。これらの動きを踏まえ、会社として参入を決めました」

 患者の側からするとどんどん普及してほしい便利なサービスだが、導入する側の医師の反応はどうだろう? ただでさえ忙しいところにオンライン診療が加わり、さらに負担が増えるといったことにならないだろうか。

「医師は対面と同じように目の前の診療を行うので、仕事量は基本的に増えも減りもしません。ただし待合室で患者さんが長時間待つという状況が改善できるので、医療機関の混雑という問題は解消できるはずです。それ以上に重要なことは、オンライン診療によって患者さんが通院し続けてくれることです。医師としては、ちゃんと治療ができるので喜ばしいことですよね。とはいえ医師として絶対にオンライン診療をやらなければいけないわけではないですし、今までどおり診療を続けていても何ら問題はない。導入するか否かは、医師や医療機関の診療スタイルによってきます。患者さんのためになるから今すぐ導入しようと考える医師もいれば、あくまで対面診療が基本だとする医師もいて、反応は千差万別ですね」

 現在、『CLINICS』の登録医療機関は800を超え、北は北海道から南は沖縄まで、ほぼ全国を網羅しているという。かなり手ごたえを感じているのでは?

「10万医療機関のうちの800というと0.8%ですから、まだまだだと思っています。でも、これだけの数の医療機関に登録していただいて、メディアにも取り上げていただいたことで、怪しいものではないないことが伝わりつつあります。政府関係の方が話を聞いてくれたり、医師会が関心を持ってくれるようにもなって、確実にスタート時よりも多くの方からご理解いただけるようになりましたね。多くの人に使ってもらうためにも、まず登録医療機関を増やすことが一番の課題なわけですが、もうひとつの課題としては、国の診療報酬の体系という問題がありました。ですが、これに関しても今年(2018年)の春頃にブレイクスルーを迎えようとしています。国と企業が連携しながら、医療の変化を生み出している感覚はあります」

 どういうことかというと、国の保険制度における費用のルール(診療報酬)は対面診療が基本になっている。これまでになかったオンライン診療は、既存の枠組みで想定されておらず、同じ治療をしたとしても、一部の報酬しか請求できないというデメリットがあった。これが理由でオンライン診療の導入を見送る医療機関があったとしてもおかしくない。これに対し 行政は「オンライン診療」に対する報酬点数を新設し、適切な報酬をつけるという方針を発表。この新たな動きはベンチャーがオンライン診療の先鞭を付け、多くの医療機関での診療事例が示されたからこそ生まれた。これこそ豊田氏が医療現場ではなく、「ベンチャーだからこそできることがある」と考えた動きそのものと言える。

このままでは医療は崩壊する。「医療を救う医者になれ」という先輩医師のアドバイスを受け、医療現場を離れることを決意

 日本の医療を変革したいという豊田氏の意志は、24時間365日患者のことを考え続けていたという医師時代に育まれた。休みもないほど忙しかったが、仕事に対する気持ちは充実していた。しかし、日本の医療はこうした医師たちの善意や奉仕の精神によってかろうじて成立しているギリギリの状態であることを肌身で感じていた。このままいくと日本の医療は崩壊する――。そんな危機感があったという。

「医師の仕事にはやり甲斐を持っていたのですが、このままじゃ持たないと思いました。高齢化や技術の高度化で国の医療費がどんどん膨れ上がっていく一方、少子化で保険料を負担する人口は減っている。現場の医師は必死に働いているけれど、効率化の動きはほとんどない。このままいくと現場が倒れるか、財政が倒れるかのどちらかです。医療現場の誰もが危機感を抱いているのですが、『医療崩壊』といっても未知のことなので、実際どうなるかは誰にもわからないわけです。しかし、このままでは、地方の医療機関が撤退して半径30キロ内に医療機関がなくなる、といった事態も起こりうる。日本の医療システムは世界から見ても高水準なのですが、それが崩壊すると思いながら働くことは本当に辛い……。何か対策を考えようにも、医療現場は目の前の患者さんがもちろん一番ですし、医療全体にアクションする時間などないという状況でしたね」

 それは、ゆっくり沈んでゆく巨大な船に乗っているような感覚だったのではないかと思う。いくら海水をかき出したとしても、いずれは沈んでゆく。医療の未来に対して悶々としていた豊田氏が先輩医師に相談したところ、「医療を救う医師になりなさい」とアドバイスされた。この言葉に突き動かされ、豊田氏は医療現場を離れる決意をする。そして、世界的なコンサルティング企業であるマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社するのだ。思いもよらぬ転身である。

「その言葉を受けて、頑張りますと言ったものの、何をすればいいのかまったくわからなかった(笑)。別の先生がマッキンゼーを勧めてくれたんですけど、当時はマッキンゼーが何の会社かも知りませんでしたが、調べていくうちに興味が湧いてきました。具体的に何をすればいいのかわからないけれど、マッキンゼーに行けば医療のいろいろなプレイヤーと関わる中でやるべきことが見つかるかもしれないし、チャンスが広がりそうだ。そう考えて入社を決めました。研修医だった頃の6年間は医療の教育しか受けていないので、これまで受けたことのない教育を受けに大学院に行くような感覚でしたね」

 元医師として医療の内情がわかっていたこともあって、業務の中心は製薬会社やヘルスケア会社の戦略コンサルテイングだった。そのままいけばコンセルティング業界でも豊田氏は成功を収めることができただろう。しかし、そもそもの目的が違う。いくらこの仕事で成功してもクライアントが求める解決策を提供するだけで、「ゲームチェンジャーにはなれない」と豊田氏は感じたという。こうして豊田氏はマッキンゼーを退職し、ベンチャーに活路を見出すのだ。

「本当に自分がやりたいことをやろうとすると、ベンチャーでなければできないと思いました。ベンチャーの良さとは、自分の〝想い〟で人が集まり、スピード感を持って可能性に挑戦できることです。それに対し大企業の場合は、〝想い〟よりもまず収益性が重視されます。もちろんそれも大事なことなんですけど、収益性の見込みを問われるとチャレンジはできない。これまでにない事業をやろうとすると、誰もやったことがないわけだから当然、誰にもわからないですよね。特にオンライン診療は、法律的に大丈夫なんだっけ?と確認していく作業が非常に多くて、確実性や安全性を求めると、やらないほうがいい、という判断になってしまいます。初期に大企業が参入しなかったのもそのためなんですね。できるかどうかもわからないけれど、世の中のためには絶対にあったほうがいい。そう信じられるものに挑戦できることは、ベンチャー最大の醍醐味だと思います」

 こうして豊田氏は、医療ヘルスケア分野の課題解決をミッションとしたベンチャー企業・メドレーの共同代表としてジョインし、オンライン医療事典『MEDLEY』を立ち上げることに。創業者の瀧口氏は小学校の同級生であり、高校時代に起業したという規格外の人物である。しっかりと治療法を吟味せず、身内のがん治療に際して納得できる選択ができなかったという後悔があり、メドレーを設立したという。豊田氏と瀧口氏はともに「医療リテラシーを向上させたい」という同じ想いを持っていたのである。

「医師だった頃から、みんなの医療の関心が低いと感じていました。実際に自分の身に何かあったとき、はじめて自分事になるのが医療なんですよね。医療はブラックボックスのようなところがあって、医療機関がどのように動いているのかは内部の人間にしかわからないし、医療の財政的な仕組みにしても理解不足のまま毎月給料から保険料が引かれ続けている。仕組みがわからないから、社会保障費がこれだけ膨れ上がって医療システムが崩壊寸前でも、自分たちにとってわかりやすくて身近な消費税を上げるのに反対してしまう。本当はすごく大事なことだけど、自分事として捉えづらいのが現状です。日本の医療を変えるには、まずは一人ひとりのこうした関心、医療リテラシーを上げることが重要だと考えていました。そこでまず正しい医療の情報を発信しようと考えたのが、オンライン医療事典『MEDLEY』のきっかけでしたね」

 マッキンゼーを退職することを決めたときから『MEDLEY』の構想があったそうだ。瀧口氏と話したところ、まさしく彼が創業時からやりたかったサービスだったという。

「患者さんに正確な情報を提供することで、“患者さんを強くする”というサービスですよね。病気のことを知るにはこのサイト、という信頼できる日本語サイトがほとんどない状況を変えたいと瀧口とも話し、オンライン医療事典を作ろうということになった。患者さんが主役の医療にしていくことが、『MEDLEY』を立ち上げたときの想いでした」

医療業界とは別の業界や職種でも、医療のために働くことはできる。自分としては、ずっと同じ問題に向き合っている

 多くの人が医療機関に行く前にまず症状や病気についてネットで調べるようになった。膨大なサイトの中から求めている情報を探しだすのは、なかなか骨の折れる作業である。しかもサイトによって書いてあることが微妙に違っていたり、裏付けが定かでなかったり、あるいはむやみに不安を煽るような情報だったりして、かえって惑わされることも多かった。誰もが信頼できる総合医療情報サイトを求めていただろう。しかし、誰も手を付けようとしなかった。なぜなら正確性を求めると様々な専門医師の知見が必要になるし、医療は日進月歩のため常に最新の情報が求められ、その都度、改訂が必要になるという膨大な手間がかかるからだ。この途方もないオンライン医療事典を豊田氏は短期間で実現した。立ち上げ当初は豊田氏一人で原稿を徹夜で書いていたそうだが、今では600名もの医師の協力が得られるまでになった。

「最初の20人くらいの医師は私が集めたと言えそうですけど、その後はプロダクトの求心力だと思います。実際に形にしていくうちに『MEDLEY』の意義が伝わり、これがもっと大きくなれば、患者さんにとっても医師にとっても有意義なものになると、多くの医師が理解してくれてどんどん協力者が増えていったんです。途中からは雪だるま式に増えていった感じで、たしかに雪だるまの芯は私が作りましたけど、もはや私ひとりの手には収まりきらない規模になっていきましたね」

 現在、『MEDLEY』はフルタイムで社員としてメドレーにジョインしている医師や非常勤の医師を含む数名の編集チームによって運営され、豊田氏はオンライン診療アプリ『CLINICS』に注力している。いずれのプロダクトも「コロンブスの卵」のようなところがある。誰もが「あればいいな」と思いながら、「できっこない」と思い込んでいる領域に挑戦しているのだ。豊田氏がアイデアをかたちにしていく際の考え方とは?

「『MEDLEY』については、患者さんが医療を主体的に捉える、というコンセプトで始まっています。医療を主体的に捉えるってなんだっけ?と思うかもしれませんが、一番身近なところから考えると、やっぱり病気のことですよね。だけど病気っていまひとつわからない。どうやって調べればいいかわからないし、読んでも学術用語ばかりでよくわからない。そうしたときにまず頼れる場所があればいいんじゃないかと思いました。その思いが『MEDLEY』というサービスとして形になったわけです。『CLINICS』についても、医療の仕組みって現状のものから変わらないんだっけ?という発想が原点です。通達以前から、社員同士で『こんな診療スタイルってありえるのか』と議論をしてきました。それを厚生労働省が認めたのであれば、やらない理由はないですよね。ビジネスとして成立するかはひとまず置いておいて、“医療の未来にとってあったほうがいい”というものはやってみる方針です。他にも医療の課題はたくさんあって、打つ手は考えられるものの国の施策やテクノロジーの進歩によって、できることが変わってきます。社会の流れを見ながら、適切なタイミングで実行していこうと考えていますね」

 まさしく豊田氏は「医療を救う医師」として、自分にできることはすべて実践しようとしているかに見える。医療機関の中にいては変えられないことを、民間企業という外部からアプローチすることで変革をもたらそうとしているのだ。脳外科医からコンサルタント、そしてベンチャーの経営者へと二転三転しているようだが、「医療を救う」というテーマは一貫している。

「人からすると変わった生き方のように見えるかもしれないですけど、自分ではまったくそう思わないんですよ(笑)。もともと医療のために働きたいという思いが強くあって、実際に医療現場で働くのもそのひとつですし、医療現場とは別のところでも医療のために働けると思っているので、自分としてはブレている感覚がないんです。選択肢の振り幅が大きく見えるかもしれませんが、自分としては同じ問題に向き合っているつもりなので、違う業種や職種だからといって不安はない。何かが変わるとき、まず外から刺激があることは絶対に必要なことだと思っています。その刺激になれる存在がベンチャーではないでしょうか」

 豊田氏の現在の仕事はマネジメント業務が中心となり、ほかには外部との交渉や広報活動が多くなっている。特に『CLINICS』はオンライン診療を普及させるべく制度面からアプローチしていく必要があるため、政府とのやりとりも増えているそうだ。「オンライン診療」を広く普及さていくために、やるべきことが山ほどある。ところが豊田氏の手にかかると、あれよあれよと物事が前に進んでいく。このスピード感の秘訣とは?

「どうやって『CLINICS』を広めていこうかと考えたとき、頭の中でやるべきことを想定して、仕掛けを作っていく感じです。こういう状況になるとこう動く。タイミングを見てこうしていかなくてはいけない。そのときチームのメンバーのモチベーションはきっとこうなっているだろう、というふうに常にいろんなことを考えていて、早め早めに手を打つようにしていますね。そして、良かれと思ったことは“すぐやる”。面倒だとか苦手だからという理由で、やらないという選択は絶対に取らないようにしています」

 2018年1月に豊田氏は初の著書『ぼくらの未来をつくる仕事』(かんき出版)を上梓した。最終章で豊田氏の仕事観が記されているのだが、豊田氏が仕事において大切にしていることとは?

メドレー代表取締役医師・豊田剛一郎氏の著書『ぼくらの未来をつくる仕事』の写真「自分がやりたいこと、自分がやるべきこと、自分にしかやれないこと。この3つの円が重なるところで働くことにしています。今の仕事は“自分がやりたいこと”で合っているし、“自分がやるべきこと”に関しては、自分を育ててくれた医療業界に感謝の気持ちがあるので、医療をより良くしていくために自分は働かなければいけないと思っています。この2つに関しては自分でも自信を持って言えることなんですが、“自分にしかやれないこと”については、自分がそう思い込めればいいと考えています。あるいは会社のメンバーが決めてくれればいい。もう豊田は必要ない、と言われたら、それは“自分にしかやれないこと”ではなかったということです。今は会社の顔として代表を務めているので、“自分にしかやれないこと”だと信じて仕事をしていますね」

 元医師というバックグラウンドを持ち、さらにコンサルティング業界でビジネスサイドの知見を備え、そして今ではベンチャー企業の代表として未来を切り拓く。こんな生き方をする人は稀有である。「医療を救う医師」は豊田氏にしか務まらないだろう。

豊田剛一郎氏を知る3つのポイント

座右の書/『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎/著

「人生を変えた一冊という意味では、池谷裕二さん(糸井重里との共著)の『海馬』を読んで脳に興味を持ったのが医学部を目指すきっかけでした。すごく好きな本というと、最近ベストセラーになった『君たちはどう生きるか』です。今この本を挙げると、ミーハーみたいに思われるかもしれませんが(笑)、開成中学の1年のときの課題図書で、半年かけて読んだ本なんです。常に社会のためという視点を持ち、しっかり自分で考えて、自分の意志を持って行動することの大切さが書かれていて、卒業後も時折読み返していました。2年ほど前にFacebookで『やっぱりいい本だ』と投稿したら、友人がけっこう「オレも読んだ」とコメントしていて、学校で課題図書になっていることが多かったみたいですね。当時はまったく話題になっていませんでしたが、急に流行り出してうれしく思いますね(笑)」

豊田流「時間術」

「どのみちやらなければいけないことだったら“すぐやる”。そして“ちゃんとやる”ことです。たとえば宿題をやらなきゃ、と思うと嫌じゃないですか。でも、嫌でもやらなければいけない。昔から嫌なことや苦手なことを言い訳にしないで、“ちゃんとやろう”と思って取り組むタイプでした。あとは『わからない』『できない』ということを恐れないことです。それは恥ずかしいことじゃない。自分は知ったかぶりをせず、正直に『わからない』と言います。それが言えないとどんどん遅れていくので、リアルタイムで疑問を解消していったほうがいい。ヘンな距離感をとらず、率直にコミュニケーションをとることがわりと得意ですね」

元医師として、健康について心がけていること

「週1でジムに行くようにして、定期的に運動をしています。基本的ですが、あとはなるべく暴飲暴食はせず、しっかり睡眠をとるようにしています。無理をしない程度にこうした日々を送ることが大事なんですよね。あとはストレスを溜めないことも大切です。仕事を抱え込み過ぎないで、人に頼めるときは頼むようにしていますね。完璧主義で細かいことにこだわる人は、さらにこうしたほうがいい、となって無理をしがちですけど、傍から見ると大差ないといったことがありますよね。私の場合、自分の好みはあったとしても、同じ点数だったらどちらでもかまわない、という考え方で、こだわりがない。そのおかげでストレスが溜まらないのだと思います(笑)」

取材・文●大寺 明  写真●高村征也

メドレー代表取締役医師・豊田剛一郎氏の著書
ぼくらの未来をつくる仕事』が発売中

東大医学部卒業後、多忙ながらも充実した医師生活を送っていた豊田氏。
その一方で、“日本の医療はこのままでいいのだろうか?”という疑問を感じていた。
日本の医療の未来に対して豊田氏が悩んでいたとき、
「医療を救う医者になりなさい」という先輩医師の言葉が突き刺さる。

豊田氏は医療現場を離れ、世界的コンサルティング会社マッキンゼーに入社し、
日本の医療を変えようと試みるが、コンサルティングでできることの限界を感じるように。
そんなとき、小学生時代の同級生と再会し、豊田氏の運命が動き出した。

豊田氏はベンチャー企業「メドレー」に共同代表として加わり、
医師の知恵を集結した「オンライン医療事典」、
医療の新たな診療スタイル「オンライン診療」を立ち上げる!

日本の医療を変えようと奔走するベンチャー経営者が、
予防医療の大切さや、医療現場が直面する課題をリアルなエピソードを交えて紹介。
これからの医療のあるべき「未来」の姿とは?